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第二部
溺愛生活
しおりを挟むシルバーブロンドの髪が風に舞う。庭園の椅子に腰かけ、フィアは空を見上げていた。雲の形を見て、気まぐれに名前を付ける遊びをしている。
フィア・ティアトタンは貞淑な妻だ。
城の中を出ることなく、宮廷内の施設を訪れながら大人しく暮らしている。王宮図書館や庭園がフィアの遊び場だ。時々やって来る客人への応対はフィアの役目として許されている。テオドールは、フィアに国事の話を一切しない。フィアが耳に出来るのは、城に出入りする商人や役人、侍女たちの噂話だ。
とはいえ、フィアが特定の者と仲良くなれば、テオドールが指摘してくるのは目に見えていた。テオドールは妻の交友関係にうるさいのだ。
重々承知であるフィアは、誰かと直接的には交流しない。取引相手に手紙を渡して、何か動きがあったら教えて欲しいと、こっそり伝えるのだ。
フィアは国の外への関心が強かった。一度も国の外には出たことはないけれど、どんな世界が広がっているのか、知りたくてたまらないのだ。
この頃は特に、城内部の動きが騒がしいので何か動きがあるのは感じていた。
気になってたまらないけれど、テオドールの機嫌を損ねれば一切の交流を禁止されるため、貞淑な妻でいると決めていた。
大人しく夫を送り出し、迎え入れる妻でいるのだ。
城を出る夫であるテオドールを「行ってらっしゃいませ、旦那様」と送り出すフィアを見るにつれ、「寒気がするわね」とビアンカは言い、「奇遇だな、オレもだよ。震えて仕方ない」とアルフレートは答える。
テオドールはティアトタン国の政権と軍事を牛耳った。アルフレートの父である宰相はテオドールの政権を支え、ラヌス政権では緩和されていた地下国の国民へ圧政をしく。そして、ティアトタン国内にも新しい階級制度を設けたのだ。
これまでの爵位を廃し、国への貢献度による階級を採用するとした。
王族もまた例外ではない。
ラヌスの子どもたちであり、現王子や王女であるフィアの兄や姉もまた、テオドールが階級を与えることになる。戦いに出陣させられることとなったフィアの兄弟たちは軍や騎士団とともに近隣の小国へ進行し、次々に制圧していった。
ただ唯一、テオドールが階級外においたのが、フィア・ティアトタンだ。
息子であるノインの生育のみに従事せよと告げて、王宮に閉じ込めておく。ビアンカとアルフレートの二人との接触は許されていたが、二人にはある言葉を告げれば喉が焼き切れる封印がかかっていた。
フィアは15の頃にテオドールと婚姻し、妻として連れ添っている。
前ティアトタン国王・ラヌスの逝去より、テオドールは事実上の王だ。7年の婚姻を経てテオドールとの間に子どもが誕生し、乳母の手を借りながらも自分の元で育てていた。
ノインは灰褐色の瞳を持ち、感情を高ぶらせると瞳を赤に光らせる。赤い瞳は地下国出身でフィアの母である、ライアに似たのだろうとテオドールは告げたが、灰褐色の瞳は誰にも似ていない。突然変異だろう、とテオドールはにべもなく言う。
ノインはティアトタン国の者がそうであるように、幼児までの成長が異様に早い。誕生して1年もたたずに3歳ほどの身体に育つ。
フィアはテオドールが城を去ったのを見計らい、ノインを中庭に連れていく。
「もう少し重い剣を持ってみない?」と言い、大人用の剣を持たせてみた。フィアの部屋に飾られていた剣だ。
「母上、重いよ」
と言う息子に、剣を握らせてみる。ノインは重いと言いつつもすぐに慣れて、素振りを始めた。この剣は魔法を乗せれば光り輝く、不思議な剣だった。
ノインが剣を振るえば、黄金に光る。
「お父様がいると、剣を取り上げられるわ。今がチャンスなの」
フィアは細身の剣をノインが持つ剣にぶつけてみせる。
ノインには首座りよりも前に、手にナイフを持たせていた。腰が座った頃には細身剣を持たせ、剣に慣らせる。テオドールに見つかれば、やめろ、と言われて剣を取り上げられるので、彼がしばらく城を空けるときがチャンスだ。
ノインは地下国の血を濃く引いており、特別な力がある。その力は、フィアのみが知っていた。
「ノイン、今日は何人まで出来た?」
「八人まで。でも疲れてしまう。力も凄く弱くなっちゃうんだ」
「そう。おばあ様も、九人までだったみたい。そんな風におじい様が話していた」
「九人まで、僕も頑張る」
「あなたの別の姿のことは、お父様も知っているけれど。この力だけは、お父様には内緒ね」と言ってフィアはノインの口元に人差し指を当てる。
ノインと軽く剣を打ち合わせて、フィアは鬱屈した気分を多少緩和させる。
フィア・ティアトタンは大変退屈していた。
夫であるテオドール・フェルンバッハは、フィアが王宮から出ることを許さずに、籠の中の鳥として寵愛している。身体に封印魔法を施され、力も制御されていた。
テオドールは城に帰ればまずフィアの元へ来て、心ゆくまで愛を注ぐ。
テオドールは、
「ノインに兄弟を作りたい」
と言うが、フィアはまったく乗り気ではない。ビアンカに懐妊を避けるために抑制魔法をかけてもらい、その口で、
「何人か側室を作れば、お早い誕生が望めるわ」と言う。
「お気に入りの方を何人か迎え入れて、ノインに弟や妹を作ってあげてはどう?」
と皮肉を込めて言えば、
「お前との子でなければ意味がない」とテオドールは一蹴するのだった。そして、肌を重ねてくるのだ。
毎晩フィアの名を呼び、極まっていくテオドールを見るにつれ、フィア自身はなぜか心がどんどん冷えていくのを感じた。
テオは支配できる妻が欲しいだけ。さらに毎夜、お楽しみできればいいだけね、と冷ややかに思う。
幼い頃のように反抗しようものならば、女が口出しするな、生意気だ、と度々言われるので、この頃では抵抗するのも面倒だ。機嫌を損ねてビアンカたちとの交流を禁止されても困る。
面倒を避けるうちに、旦那様と呼び、従順に努めるようになっていった。
こんな風にして、7年の結婚生活を続けてきていたのだ。
フィアは退屈でたまらなかった。
フィアがテオドールの不満を口にするたびに、ビアンカもアルフレートも二人して同じ表情をする。
まるで、フィアを労わるような顔をしてから、
「王妃業も中々大変ね」
「テオの執心ぶりは相変わらずだな」
と薬にも毒にもならない言葉をかけてくるのだ。二人ともどこか奥歯にものが挟まったかのような言いぶりだった。
フィアの兄や姉の貢献により、ティアトタン国は領地を広げていく。
フィアの元には行商人がやって来て、各小国で手に入れたものを紹介してくれた。
どこかで見たことがあるような薔薇や衣装が運ばれてくるのを見て、フィアは不思議な思いがする。スカーレットカラーを基調としたどこかの正装だ。
そして、虹色に光る薔薇は鼓動するかのように、光る。
「どこのものなの?」
とフィアが訪れると、行商人は黙って首を横に振った。フィア様のお気に召すのでは、とビアンカ様からお聞きしていただけです、と言うのだ。
度々通ってくる行商人により品物を紹介されるたびに、フィアはどこか懐かしい思いを抱いていた。
ティアトタン国は領地を広げていき、元々王家の門で護られていた地域よりも東方へ進行していた。前戦争で西方の未開の地域に追いやられたというティアトタン国は、東方地域を制圧し王都の奪還を目指している。
テオドールはここへ来て、正式に階級を授けると大々的に告知した。即位戴冠式を行うと言うのだ。
つまりそれは、フィアがテオドールに冠位を譲り、王位を継承させる式でもある。
フィアからすれば、いよいよやって来た機会だ。テオドールは権威を掴めば、自分を捨て置くに違いない、とフィアは思った。
地下国にでも追いやるか、追放するか、あるいは斬首か。利用価値のないただの女である、自分をそばに置くとは思えない。
捨て置かれたなら、自由にさせてもらおう、とフィアは思う。
唯一気がかりなのは、テオドールの取り仕切る王政だ。テオドールの採用した階級制度により、身分差別を加速させていった。
武力による貢献度の足りない国民や領主たちは、どんどん下の階級に追いやられ、住む場所を追われていく。まるでそれは、かつて、テオドール自身が受けた冷遇の焼き直しだった。
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