冷静沈着敵国総督様、魔術最強溺愛王様、私の子を育ててください~片思い相手との一夜のあやまちから、友愛女王が爆誕するまで~

KUMANOMORI(くまのもり)

文字の大きさ
上 下
7 / 51
第一部

7年越しの嫉妬心

しおりを挟む

 氷の角に乗せられて、王の間に連れていかれる。その間に兵士や使いの者たちがフィアに視線を向け、恭しく頭を下げるのだ。
「おかえりなさいませ、フィア様」
 と声をかけてくる者たちの顔色は冴えない。本来ならば、フィアの帰国は国民にとって喜ばしい出来事のはずだ。
「お逃げになった方がよろしいのでは」
 と声をかけてくる者もおり、事態がひっ迫していることを感じさせる。
 城の中の者たちは一様に、テオドールに対して、怯えや恐れを抱いている気配を感じるのだ。


 王の間の扉は開いていた。
 フィアが氷の上から降り、王の間に入ったとき、フィアは一つの時代が終焉したことを知る。
 王座の上で、四肢を杭で打ちぬかれた父の姿を見たとき、フィアは一種の敗北を感じた。

「お父様」
 とフィアは父に声をかける。父は顔を上げ、
「よく帰ったな、フィア」
 と言うのだが、声には一切の覇気が感じられない。父の白金の髪や髭は発光しており、魔法が強制的に放出されているようだ。
 杭は魔法を封じる素材で作られているのかもしれなかった。フィアが駆け寄って杭を外そうとすると、

「来るな」
 と止められた。杭に触れれば魔法が封じられる、と父は言う。
「テオですか?」
 とフィアが言えば、父は少し返答に迷ったようにして、それから頷いた。
「テオドールの行いは、前戦争の罪だ。愚かな争いに巻き込んでしまったことで、私がその罰を受けただけだ」
「だとしても、やりすぎです。こんなのは……」
 フィアは父の静止を振り払い、父の元へ近づいていく。

「お父様、ごめんなさい。私がもう少し早く来ていれば」
 父は首を横に振る。
「私の言う通りに動くようでは、大した器ではないな。お前の自由を求める精神は稀有なものだ。そして、仲間を大切にする心も」
「私では、国を治めることなんて出来ません」
「出来る出来ないではないだろう。お前は王女であり、間もなく女王になる。己の役割として、国を治めるのだ」
 ゴツゴツとした父の手に触れて、その手が想像以上に冷えていたのを感じ、フィアは息を飲んだ。恐らくは、もう長くはない。

「この7年間の振る舞いに関して、フランツから報告は上がっている。お前は、出自のいかんに関係なく、等しく友好関係を結べるようだ。そして自由な発想を持っている。その点を評価して、第一継承者だと思っていた。使えるものは全て使え。そして、国を治めるのだ」
 父が母への思い入れや、フィアの力を評価して後継者にしていたわけではないことを知り、フィアは驚いた。怪力姫だから評価されたわけではなかったのだ。

「お父様、お任せください」
 と言ったとき、背後に圧倒的な冷気を感じた。

 来た、と思い、身構えたときには、すでに首元に氷のナイフを翳されている。辛うじて手刀で振り払った。距離を取り、冷気の持ち主の姿をとらえる。
 当然それは、テオドール・フェルンバッハだった。フィアの国の正装とは正反対の、全身黒衣に身を包んだテオドールがこちらを見すえている。
 深遠な黒い瞳には何の感情も見えない。
「遅かったな、怪力姫。いや、フィア・ティアトタン」
 低く耳に残る声で、テオドールは言った。目に見える程の冷気をまとい、こちらへ向けて放ってくる。極寒の地に放り込まれたように感じ、手の先から凍えていくようだ。

 すぐに手首に氷の爪が刺さり、足首には氷の帯が巻きついてくる。王の間に近づいてくる複数者の足音が聞こえていた。
 父や他の城の者たちにこの冷気をぶつけられては困る、とフィアは思う。
「久しぶりね、テオ。私への文句なら、別の場所で聞くわ」とフィアは言い、場所の移動を提案した。
「端からそのつもりだ」
 テオドールはフィアの腕をきつく掴んだ。
 腕に呪詛の文様が浮かび上がり、魔法をかけられたことを知る。

 7年前に取り逃がした権利を、再び掴みなおすつもりなのね、とフィアは思った。


※※※

 テオドールに大きな天蓋のある部屋へ連れ込まれる。
 王の後継者たちが初夜を過ごしてきた部屋だ。訓練施設でも決闘場でもなく、この場を選ぶということは、テオドールがフィアを自分と同等の立場としては見ていない証拠だ。
 テオドールは自分を女として、もっと言えば利用価値のある女としてしか、見ていないのだろう、フィアは思う。

 扉が閉まった瞬間に、テオドールが扉に封印の魔法を施すのを見て、
「私を殺すわけじゃなさそうね」
 とフィアは嫌味の一つでも言いたくなる。

 テオドールはフィアの顎に手を当て、自分の方を向かせた。
「随分と遊んだようだな。何人と寝た?」
 テオドールの黒い瞳には、嫉妬の炎が燃えている。
 テオドールは昔からフィアの交遊関係にうるさいのだ。テオドールとフィアは恋愛関係にあったこともなければ、契りを結んだこともない。   
 にもかかわらずテオドールは、フィアが誰かと親しくなるたびに、ふさわしくない、と言い張り、あの手この手を使い破局に持ち込むのだ。
 その度に、トロフィーワイフを自分好みに調教するためね、とフィアは内心思っていた。

「それを言わなければ、この部屋から出さないということ?とても悪趣味ね」
「世間知らずのお姫様がガルドに出て、まさか娼婦になって帰って来るとは、王も思わなかっただろうな」
 フィア・リウゼンシュタインの奔放な噂はテオドールまで聞き及んでいるのね、とフィアは思う。少しばかり、苛立ちが生まれた。
「娼婦と姫は類義語だったと思うけど?」
 嫌味をこめれば、
「相変わらず、生意気な女だ」
 と言うのだ。
 テオドールはフィアのことを女、と強調したがる。テオドールがフィアを自分に敵わない存在に位置づけたいたからだろう、とフィアは思っていた。

 テオドールはフィアの腕をねじりあげてくると、フィアの前身を壁に押し付ける。フィアのドレスの襞をめくりあげた。
 挨拶もそこそこに、早々にことを運ぼうとするのが分かって、
「生意気な女がお好きなようで、なりより」
 皮肉を言わずにはおけない。

 ただし、この体勢はフィアからすれば天啓だ。テオドールに見つからないように、袖口に隠し持っていた抑制剤を口に含み、再びビンを袖口に隠した。
 テオドールの思惑の全てが分かるわけではないが、良くない事態になっているのは確実だ。部屋の外が慌ただしくなっているのを感じた。
 父の事が気がかりだが、こうしてテオドールがここにいるうちには、他の被害は広がらないという安堵感もある。

「外が随分と騒がしくない?」
「しっかりと封じてある。お楽しみに邪魔は入らない」
「何が目的なの?」
「躾だよ。地下国の奴らの暴動で目を離した隙に、ヴォルモント公の口添えで、まんまとガルドへ出ただろう?婚姻の話がまとまりかけたところで、水を差された気持ちが分かるか?」

 7年前、フィアの婚約者候補は、テオドールだった。高い魔力を持つという点において、テオドールはラヌスから高く評価されていたからだ。一方で、テオドールは決して、フィアの力を認めない。
フィアが自身の能力を高めるために訓練の必要性を唱えれば、「女が闘う必要はない」と一笑に附してしまう。テオドールからすれば、フィアは父の威光を笠に着ている生意気な女に他ならないようだ。

「素直に、権力を手に入れ損ねて悔しかった、と言えばいいのに」
 そう言えば、首の後ろに噛みつくような口づけがやって来た。
 当たった場所が痺れて、呪詛の魔法を打たれた、とフィアは思う。事実、身体が思うようには動かなくなる。
「間もなく王は崩御する。見ただろう?あれでは助からない。この国で次に力を手にするのは恐らく、お前を手に入れた者だ」
「そう言われて、大人しく指をくわえてみているわけがないでしょ」
「指?」
 くわえこむのは、とテオドールは淫靡なことを述べる。そして、テオドールの強引な振る舞いから、フィアは身体を揺すって逃れようと試みた。

 フィアと呼ぶ、かの声を思い出して、涙がこぼれそうになる。もう二度と会うことは敵わないかもしれないけれど。あれは、夢。だとしても、甘くて素晴らしい夢だった。
 もう一度会えたら、と思うのは、愚かな願望かもしれないけれど。

「淫らな女だ。強引に奪われても、声一つあげないのか」
 フィアを取り崩そうとして煽って来るテオドールに、フィアは首を振る。
「私を殺せばいいじゃない、こんな真似をしないで。私を殺して、あとはお兄様やお姉様を懐柔して乗っ取ればいい。そっちの方がよっぽど楽よ?」
「うるさい」
「これじゃ、女を抱きたいために反乱を起こしたみたい。それじゃ、駄々っ子でわがままなテオのままね」
「黙れ、フィア」
 テオドールはフィアの髪を掴み、乱暴に身体を揺する。フィアは手を噛んで声を堪えた。
 例え、痛めつけられようが、心を渡すことは絶対にしない。父の娘としての誇りはある。

「こんなもの、いくらでもあげる。でも、心は絶対にあげない」
「どうとでも言えばいい。お前はオレのものだ、フィア」
 乱暴に抱かれた後で、寝台に突き落とされるようにして、寝かされた。見せしめのようにドレスをナイフで引き裂かれる。
「あなたのストーリーは、ティアトタン国の怪力姫を凌辱し、傀儡の妻にする。大義名分を得て、強引に権力を手に入れるって感じ?最高に趣味がいいわね」
 負けられないと、フィアが言葉を紡いでいけば、テオドールは不敵に笑う。相変わらず、負けず嫌いな女だなと呟くのだ。

「お前は傀儡の妻ではない、正妻にしてやるよ」
「妻の座に何の意味があるの?娼婦でいいわ。お呼びだていただければ、いつでも参りますよ、テオドール様」
「フィア、オレの子を産め。かの王から強い力を引き継いだお前が産んだ子となれば、国民からの信頼、各方面からの信用も盤石となる」
 言うと思った、と心の中で毒づく。
 位ある女性達の身の振り方については、フィアももちろん知っている。夫を立てて器用に立ちまわれる貞淑さがあればいいが、フィアは自分がそんな従順でいられるとは、思えなかった。

 テオドールの意図がどうであれ、抑制剤を口にしている間は、無事だろうと思う。抑制剤は肉体の能力全般を制御するからだ。
 しかし、抑制剤がなくなったその先に、ビアンカの魔法をも受けられない状態であれば、困ったことになる。
テオドールの言う通り、彼の子どもを産むことになれば、ティアトタン国は完全に乗っ取られる可能性が高い。

 テオドールが寝台の上に乗ってきて、フィアの唇へと口づけをしようとする。手束ねたテオドールの黒髪がフィアの頬に落ち、互いに目が合った。その瞬間だけテオドールの瞳に、迷いのような光が揺れる。

 子どもの頃、ダイヤモンドのバラが欲しいと言い、癇癪を起して周りの家臣を慌てさせ、無理やり他国から取り寄せさせていた、テオドールを思い出す。
 たった今、テオドールが求めているものは、フィアにも分かる。

 それでいい、と言って欲しいのね?
 して、と言って欲しい。
 でもね――――。
 わがままなテオ、言うわけないでしょ。とフィアは心の中で言う。

 フィアが顔を背け避ければ、テオドールは舌打ちをして、再びフィアの元へと身体を沈めてくるのだ。
 慣れていると思われているのは、分かった。
 テオドールがフィアの皮膚に残っていた痕を、自分の肌で上書きしようとしているのも分かる。
 実はほとんど経験がない、と言ってもきっと信じてもらえない。
 何度も繋がってから、その日はやっと解放された。

 大丈夫、しばらくは誤魔化せるはず、とフィアは思う。
 しかし、間もなくしてフィアに懐妊の兆候が表れたことで事態は一変した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...