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第一部
帰国と崩御
しおりを挟む翌朝、屋敷内がにわかに騒がしくなるのを感じた。
部屋を出れば、フィア、ビアンカが来た、今呼びに行こうと思っていたんだ、とアルフレートが焦った様子で告げた。
「どうかしたの?屋敷内の様子が少しおかしい気がするけれど」
アルフレートは頷いた。
「ビアンカは重傷を負っている。それに従者は全滅だ」
「なぜ?ビアンカほどの人が、ガルドで重傷を負うかしら?」フィアの言葉にアルフレートの瞳が悲しい色に染まった。
「それは、つまり」
「そう、ティアトタン国内からの攻撃のようだ」
フィアは心臓を鷲掴みにされたように感じた。
ティアトタン国、つまりフィアの母国である。父、ラヌスが治める国だ。
ビアンカを迎えに出したのは父だと想像できるが、ビアンカを攻撃する者は想像できなかった。
「詳しい事情も気になるし、ビアンカの怪我度合いが気になるわ、案内して」
アルフレートは深くため息をついた。まさか、こんなことになるとは、と言うのだ。そして、フィアをビアンカの休む部屋へと案内する。
ビアンカは既に処置を受け、ベッドに横たわっていた。意識はあったが、頭部に包帯を巻かれている様が痛々しい。
フィアが訪れると、ビアンカは身体を起こす。そのままでいいわ、とフィアは言った。
「久しぶりね、ビアンカ。抱きしめてキスをしたいところだけど」
「やめて。フィアに抱きしめられたら、身体中の骨が折れちゃうわ」
と冗談を言う余裕はあるようだが、表情は固い。
「ごめんなさい、ビアンカ。私を迎えに来たことが原因なの?」
「寧ろ逆。すでに国内は大混乱だったし、私はフィアを迎えに来たからこそ、生かされていたようなものよ」
フィアを迎えに来たからこそ、生かされていた?妙な言い方だ、とフィアは思う。
「では、お父様がなにか?」
「いいえ、ラヌス様は捕らえられているし、寧ろ危険な目に遭っているのは、ラヌス様自身」
「どういうこと?」
「国内の一部の勢力が反乱を起こしたの。ラヌス様や今の王家を、前戦争の戦犯としてまつりあげる勢力がいるの。ラヌス様やフィアの兄弟を捕えている」
「恐らく、テオだ」
とアルフレートが言う。
ビアンカはアルフレートの言葉に頷いた。
「テオが?なぜ?」
「テオは近年国内で力を持ち始めていたの。お父上がご逝去なさってからは、フェルンバッハの家督をテオが継ぎ、軍を仕切りはじめたわ。戦争を起こすつもりみたい」
「戦争?」
「まずは国内。そして国外へと進行するつもりのようだ」
「軍の力を調整するのが、宰相のはず。アルのお父様は?」
アルフレートはうなだれるようにして、首を振る。
「癒着していると思うよ。悪い形で、前戦争に対する意識の違いだ。報復を必要とするかどうか、ラヌス様と、テオ、そして父はいつも揉めていた様子だ。テオは王都を攻め滅ぼすことすら考えているようだ」
「テオは前戦争でお母様を失っているわ。王都に対する憎しみは人一倍強いはず」
とビアンカが言う。前戦争によりテオドールの母親は命を落としていた。
「それを言うなら、フランツもまたそうよ。ガルド人なのにも関わらず、戦争に巻き込まれて家も家族も失っている。権力に興味があるかどうかの違いでしょ」
前戦争により、フィア達は本来の領地を追われて西方へ追い込まれていた。「本来」の王都は西方であった、とフィアの国の国民は信じているようだ。
「テオは権力を求めていたわ。自分には力があると信じているから。手に入れるためには、恐らく何でもする」
フィアの言葉に、ビアンカもアルフレートも顔を見合わせる。
フィア自身も自分の言葉の中に、奇しくも自分の未来を占う言葉が含まれてしまったことに気づいた。
ビアンカが生き残った理由、それは、フィアをテオドールの元に連れていくためだ。権力を手に入れるために手っ取り早い方法は、フィアを妻にすることである。
「フィア。私たち二人の力で、あなたを逃がすことは出来る。今国に戻ることは、自殺行為よ」
「私を逃がしてくれる方法というのは、あなた達二人が無事でなければダメ。その条件を満たせる?」
フィアが問えば二人は口を閉ざした。
王であるラヌスを抜きにすれば、テオドールはティアトタン国で最強だ。
出自により母親と共に迫害されてきたが、強力な魔法を持っていたことから、テオドールはフェルンバッハ家へ引き取られたのだ。
そして今のテオドールは軍を抱えている。恐らく、ビアンカは泳がされているのだ。フィアを連れて行かないとなれば、ビアンカの身が危ないのは明白だった。
「国に帰るわ。それ以外の選択肢はない」
フィアの言葉に、二人はうなだれた。言うと思った、と言うビアンカに、分かってはいた、と言うアルフレート。二人はフィアの性格を十分に承知していた。
「追手が来て望まぬ被害を出される前に、帰りましょう」
フィアは早速フランツに話をつけ、出立する手配をする。
「フィアは誰よりも自由を求めていたのに。本当に、それでいいのかい?」
とフランツは言うのだ。誰よりもフィアの心根を理解してくれていたのは、前戦争で家族を失ってもなお、誰にも与せず自分の道を行く公爵であった。
「今は、友人や家族を救うことに力を注ぐわ。その先の運命は自分で切り開く」
「それでこそ、フィアだ。こちらに戻ってくるときには、協力しよう。なにか」
言付けはあるかい?と指笛で尋ねてきた。
言付け、一体誰に?と思う。
灰褐色の瞳を持つ、精悍な騎士団長へ?
王都にいる彼に言付けをする必要はない。そもそもここへ訪れることすらないだろう。
けれど、フィアは自然とそれを笛に乗せていた。
また会えたら、嬉しい、と。
フランツ・ヴォルモント公爵は頷いた。
※※※
遠くに臨む高い石壁の中央には、一族の紋章が刻まれている。
今は石壁の周りに複数名の兵士が立っており、見張り番をしていた。ここはフィア達の国への正門であり、強力な魔法によってのみ、開門される仕組みになっている。
遠目に見て、石壁の上、そしてぐるりと囲んでいる外郭の四方に見張りがいるのが見えた。
一見普通の兵士だが、魔導の心得があるのは明らかで、門から数十メートル先から結界が貼られている。この場所は本来ならば、幻覚魔法がかかっており、樹木に覆われた高い山が聳え立って見え、石壁は隠されているはずだった。
フィア達の馬車が近づくと、いくつもの紋章が現れてきて、フィアやアルフレート、ビアンカの身体に触れてくる。魔法により索敵してきているのが明らかだ。本来ならば、索敵魔法など跳ね返せばよいはずだが、今は身元を知らせておいた方がスムーズだ。
「降りるわ」
フィアは馬車から降り、兵たちの元へ近づいていく。
騎士団を去った日より、抑制剤を口にしていないため、フィアは自分の身体に力が戻ってきているのを感じていた。
髪の毛がどんどん伸びてきていて、白金の髪は魔法を宿し明るく光っている。見る人が見えれば、この姿だけで、フィアがティアトタン国の姫であることが明らかだ。
フィアが地面に拳を打ちつけてみれば、地面に亀裂が入り、石壁まで到達する。衝撃を受けて石壁がにわかに光り出す。
こんな魔法では壁の封印を解くにはまだ足りない、とフィアは思い、兵が駐屯する場所へと歩を進めていく。
馬車が後を追うが、車窓から外を伺うアルフレートとビアンカは気が気ではない。
王自らが、王位継承権第一位であると公言している姫を、王に歯向かう反逆者へとみすみす手渡すことになるからだ。とはいえ、フィアを力ずくで止めることは、二人には出来ない。
フィアがビロードのドレスの裾を翻しながら、真っすぐに進んでいけば、兵はフィアの存在を認識したのか、にわかに慌ただしく動きはじめていた。
フィアの歩く場所に地割れが起きるため、動かざるを得ないというのが正しい。怪力姫。それが、ティアトタン国でのフィアの愛称だった。
フィアが近づいていくと、その存在を認識した兵たちが地面に頭をつけひれ伏すのだ。
そこまでする必要はないのに、とフィアは思い顔を上げるように、と声をかけようとしたところで、壁の内側から大きな衝撃音がした。
一族の紋章が真っ二つに割れるようにして、壁がひらいていく。その瞬間に、開いた石壁の隙間を縫い、地面を走るようにして、氷が駆け抜けた。
氷は四方へと広がり、兵たちを飲み込みフィアの足元まで地面を這い寄って来る。氷の飲み込まれた兵たちは、ひれ伏した姿のまま、氷漬けにされていた。
「なんてひどいことを……!」
こんなものは、不必要なデモンストレーションだ。フィアは苛立ちのままに、氷を踏みつけた。氷の爪がフィアの足首に絡みついてくる。
「テオ」
とフィアは呟いた。
氷魔法を得意としていたのは、テオドールだ。そしてこんな悪趣味な演出を好むのもまた、テオドールなのだろうと思う。
足首から這い上がる冷気により、フィアは自分の力が吸い取られていく感覚が生まれた。
「フィア!」
後からアルフレートとビアンカがやって来る。アルフレートがフィアの足首の氷と炎で溶かしてくれた。
「ありがとう、アル。でも、兵たちの方が深刻みたい」
とフィアが言えば、アルフレートは頷く。
「兵たちは任せていい?」
「もちろん。ただ、護衛も必要だ」
とアルフレートが言う。
「護衛が必要なら、私が行く」
とビアンカが言うけれど、痛々しい怪我の残る彼女に護衛を任そうとは思えない。
「まず私がテオと話をするわ。そうじゃなければ、きっと、被害は広がるばかりだもの」
テオドール自身が手を下したわけではないとしても、ビアンカを傷付けたことには変わりないのだ。
「テオがフィアを傷付けるとは思わないが……。一人で行かせるのは」
「アルよりも私の方が強いわ。テオと闘えるのは私。でも、アルの方が介助魔法は上手い。適材適所でしょ」
とフィアが言えば、アルフレートが深くため息をつく。
アルフレートは分相応ってことか、呟いた後で、
「すぐに後を追う」
と言って兵たちの介助へ向かった。
「フィア、幸運を祈るわ」
と言ってビアンカも去っていく。
フィアは開いた石壁の間から、母国へと足を踏み入れる。
フィアの母国、ティアトタン国は前戦争以降、石壁に囲まれた城壁都市となっていた。礼拝堂、騎士団の駐屯所、そして城など主要な建物が遠目に臨める。
いずれも石造りの建物だ。
色とりどりの屋根や壁の建物が並ぶ華やかな王都の建物と比べれば、簡素にも見えるが、本来のティアトタンの都市は王都と瓜二つであったと言われている。戦争後に、突貫工事的に再建したために、現在は愛想のない姿をしているのだ。
フィアは一路、城を目指すことにした。氷の道が導くように先を行くので、フィアは後を追うのみだ。
しかし、少し歩いたところで氷が再び手足に巻きついてきて、巨大な氷の角の上にフィアを強引に乗せて運んでいく。そして、城の中へと連れていかれるのだ。
せっかち、とフィアはぼやかざるを得ない。
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