37 / 59
4章 近づくもの遠のくもの
●一緒に老いたい
しおりを挟むそして今に至る。
さっき、羽織っていた薄物や着物、袴をほどいて脱ぎ捨て、飾りの鏡をその上に投げて、と軽量化して最終的に長じゅばん一枚になった。
大分動きやすくなって、良かったと思うのもつかの間、脱ぎ捨てたものを追って、何人もの人が追ってきていた。
二度ほど、そういう人たちに捕まりそうになったときに、左右それぞれの草履を投げて凌いだけれど、もう手元に武器はないし、今度捕まりそうになったら確実にまずい。
松代君にとり憑いてまで追いかけてくる龍だから、捕まるとどんなことをされるのか分かったものじゃない。
でも、ランナーズハイなのかなんなのか、すうっと頭が一瞬冷静になると、何で逃げてるんだろう?と素朴な疑問が頭をもたげてくる。
わたし自身は何も悪いことしてないのに、龍の変な求婚のせいで逃げなくちゃいけないなんて、おかしい。
あ、でもあの約束は悪いことの一種なのかな……?
そんなことを考えながら、神社の参道を抜けきり鳥居をくぐったとたん、左右からぐおおっととてつもない声をあげながら、一組の男女が現れた。
「うっそ……!」
薄闇から現れて、捕まえる……うぅぅと呻く姿は恐ろしい以外の何物でもない。
手を伸ばしてきたその間隙をぬって逃げるものの、男性の方の足が速くて徐々に距離が縮まっていることが、その声の距離から分かった。
「もう、何なの!」
まるで対ゾンビのアクション映画みたいだ。
でも、操られている男性は、ゾンビよりも遙かに足が速い。
わたしも足に関しては自信があったのに、その男性は、スタミナというリミッターを完全無視したような走り方なので、敵うべくもない。
自分をだましだまし、走っていたけれど、とうとう男性の声が背後に迫ってきて、戦慄した。
肩越しに振り返ると、完全にあっちの方向に言ってしまったような顔の男性が、ゆらあっと手を伸ばしてくる。
やばい、捕まる、とほとんど絶望的に思った。
その手が触れるかいなかのその刹那に、わたしは誰かに抱きすくめられ、物陰に連れだされた。
「え!?誰!コータロー?」
新手の追っ手か知り合いか、と不安と期待が半々でそう言い、顔をあげる。
すると、そこには、
「しー」
唇の前にひとさし指をかざす穂波君がいた。
それから、穂波君は視線を左右のコンクリート間から伸びる光の方向へ向ける。
どうやら穂波君は、わたしを塀と塀との間に連れ出してくれたみたいで、隙間からは例の男性がぶつぶつと何か呟きながら、去っていくのが見えた。
男性の姿が見えなくなったところでわたしは口を開いた。
「穂波君、ありがとう。もう捕まっちゃうかと思った」
「大したことじゃないよ。カズヒコが戻ってきて、操られていた人をほぼ一掃したせいで、たまたま先回りできただけだし」
「一掃……」
とっても怖い響きなのは何故だろう。わたしの若干の怯えが伝わったのか、
「大丈夫だよ。男は気絶させて女の人は脅かしただけだから」
穂波君はそうフォローをしてくれる。
「いや、十分怖いけどね……」
穂波君の大丈夫のレベルはわたしには高すぎる。
「でも、このまま逃げ回っているわけにはいかないね」
そう言いながら、穂波君はわたしの方を見る。そして何かに反応して視線をそらすと、自分のサマーパーカーをおもむろに脱ぎ始める。
「なっ、穂波君!?」
穂波君まで色ボケ龍に感化されたのか、と思い、身構えようとすると、
「じゅばんのあわせが崩れてるから……これ着てて」
そう言い、視線を泳がせながら、パーカーを羽織らせてくれる。
自分で見てみると、片方の襟ぐりだけ異様に盛り上がっているというとんでもない着崩れ方をしていた。そのせいで、胸の辺りが危険な感じにはだけている。
「あ、ありがとう」
パーカーのチャックを上までしめ、それからパーカーの下でお腹の辺りの布を引っぱって、着物を整える。
あーもう、何やってるんだろ。気まずい。非常に気まずい。
しかも夕闇の中で二人きりというのも、気まずさを助長している。
「も、もう、大丈夫かな?外に出ても……」
いたたまれなくなってわたしが外に出ようとすると、手首をくいとつかまれる。
「待って」
「ぐわあっ!?」
過剰に反応しすぎて、右側の壁にがつんと頭をぶつける。
「本田さん!?」
衝撃で大勢のヒヨコが遊んでいる光景が脳内に見えた。
ああ、ヒヨコ畑だ……。かわいいな。
「ごめん、俺が急に引っぱったから……」
穂波君がおもむろに手を伸ばしてくると、ぶつけた患部を撫でてくれる。
……そうしてくれるのはありがたいけれど、しばし無言で撫でてくるので、無闇に恥ずかしくなった。
「ほ、穂波君、何で黙るの?」
わたしがそう言うと、穂波君は目を丸くする。
「え?言っていいの……?」
「う、うん?」
何のことだか分からないまま、頷くと、
「かわいいなあ、好きだなあ。ずっと撫でていたいなあ」
とたん、穂波君は相好を崩して言う。
「や、やっぱり、言わない方がいいかな」
何のてらいもなく穂波君が言うから、わたしはどう答えていいのか分からなくなる。
それでも、小学生の頃のわたしは、穂波君のこういう爆弾発言も上手くさばいていたのに……。わたし、退化しているのかな。
わたしが勝手に悶々としていると、
「ねえ、本田さん。俺、龍の言っていたことを考えていたんだ」
穂波君の鷹揚だった声の調子が改まる。
自然、わたしもその調子に導かれる。
「龍の言っていたこと?」
「そう。本田さんの焔が燃えていないって龍は言っていたよね?」
「うん……。焔って言われても、何のことだかちょっと分からないんだけどね」
「それってきっと、本田さんが誰にも恋をしてないってことなんじゃないかな」
「こ、恋?」
「うん。龍は、本田さんが恋をしていないから、誰にも心を動かされていないから、自分の妻に迎えたいって言いたかったんだと思う」
穂波君はそう言いながら、物いいたげな視線をこちらに寄こした。視線が交わり、わたしは身動きを失う。眼力が強いんですけど……。
「あ、あの……穂波君、眼差しが痛いんですが……」
「ごめんごめん」
穂波君は笑って、続ける。
「それでね、考えたんだ。本田さんが誰かを好きになれば、龍は諦めるんじゃないかって」
「好きになるって言っても、そんな簡単じゃない気がするけど……」
むしろ龍から走って逃げるより難しいような気がする。
「大丈夫、俺は本田さんが好きだよ」
「文脈が変だよ!」
わたしがそう言うと、穂波君はくすくす笑う。
「折に触れて言っておけば、サブリミナル効果で俺のこと好きになってくれるかなって思って」
「サブリミナルってそういうんじゃないと思うよ……」
「それにね――――」
唐突にぐいっと顔を寄せてきて、
「え?」
「俺の顔、嫌いじゃないんだろ?」
わたしの耳元で穂波君は囁いた。
「はいぃい!?」
耳に触れる息がくすぐったくて、慌てて耳を押さえる。
そんなわたしの様子を見て、穂波君はあはははっと楽しそうに笑う。
穂波君って……穂波君って……こんな人だったっけ?
「本田さんが昔好きだったテレビの中のヒーローに、俺は近づいていると思うよ?今はまだ、見た目だけだけどね」
「え、ちょっと待って、じゃあ……」
ひょっとしなくても、穂波君はあの約束を覚えているってこと……?
「だから、俺と結婚して?」
「また、そのパターン!?ああ、小1のわたしのバカー!」
思わずシャウトすると、
「うそうそ。頭を抱えないで、本田さん」
穂波君はからからと笑う。
「穂波君が変なこと言うからだよ!」
「ごめんごめん。でもね、当面龍を遠ざけるために俺を使ってもいいって思うんだ。付き合うふりでもしてね。あの龍は縁を司る神様だから、縁があるもの同士を引き裂こうとはしないと思うから」
「で、でも……」
付き合うふりなんて、ピンとこない。
「本田さんが今好きになりそうな人がいるなら、話は別だけどね」
そう言って穂波君は一瞬だけ探るような目をむける。
「……」
「俺は本田さんと一緒に老後生活する夢があるから、いつでもオーケーだよ」
「い、いやいや、さすがにそれは、色んな段階すっ飛ばしすぎだよ!」
わたしも穂波君もまだ高校生なのに、老後のことを夢見られても困る。
わたしがそう言うと穂波君はこれまた楽しそうに笑って、
「あまり深刻にならないで、考えておいて」
そう言った。
それじゃ行こうか、と穂波君が路上へと出て行くのでわたしも後に続いた。
『ミサキもさ、もうそろそろ恋愛面倒くさいとか言ってないで、告白されたら付き合ってみるくらいのスタンスで居た方が良いんじゃない?』
穂波君の背中を見ながら、昨日麻美に言われた言葉がなぜか頭に浮かんでいた。
穂波君は平気で好きと言うから、本気なのかどうなのか怪しいけれど、付き合うふりなら、やってみてもいいのかもしれない。
そんな風に思ったのは多分、ちょっと疲れていたからだと思う。
そのあと、追ってきたみんなと合流した。
目を覚ました松代君は、一見、龍にとり憑かれてはいないように見えたけれど、首のところに変な模様が出来ていて、みんな苦笑いをしていた。
事情を話すと、ならば僕は本田に近づかない方がいいかもしれない……と悲しそうに言って、松代君は迎えに来た車に乗り込んでいった。
何かあったら危険だと言って、火恩寺君も含めた他の4人がわざわざわたしを家まで送り届けてくれた。
別れ際、幸太郎が、わたしの名前を呼んだ。
「ん、何?」
とわたしが言うと、奥歯にものがはさまったような顔をして、それから、
「戸締りしっかりしろよ!」
と言った。
直感だけれど、それが言いたかったわけじゃないと分かった。
魔法のせいで言えないのかもしれない。
そう思ったけれどみんなの周りにいたこともあって、
「りょーかい、また明日ね」
そう言ってわたしは家に入っていった。
玄関で、何だか違和感を覚えた右手の甲を見ると、おまじないのあとが光っていた。
幸太郎が元に戻ったのに、まだこの魔法は効いたままらしい。
思わずため息がもれる。
幸太郎も戸田さんに魔法をかけられているし、焔生の龍は暴走を起こすし……解決しなくちゃいけないことが山積みになっていく。
一応普通の高校生にとっては、今は夏休みなのに、全然これっぽっちも休めてない。
それに、すっかり忘れていたけれど、明日からは合同合宿が始まるのだ……。
ああ、これ以上変なことが起らないといいけれど……。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
とある女房たちの物語
ariya
ライト文芸
時は平安時代。
留衣子は弘徽殿女御に仕える女房であった。
宮仕えに戸惑う最中慣れつつあった日々、彼女の隣の部屋の女房にて殿方が訪れて……彼女は男女の別れ話の現場を見聞きしてしまう。
------------------
平安時代を舞台にしていますが、カタカナ文字が出てきたり時代考証をしっかりとはしていません。
------------------
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
もしもしお時間いいですか?
ベアりんぐ
ライト文芸
日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。
2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。
※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる