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4章 近づくもの遠のくもの
●ふたつの焔とふたつの約束
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「?年前~魔法7日目(赤口)」
その番組を見ているとたいてい、わたしと幸太郎は喧嘩になって、しまいにはそれぞれがそれぞれの言い分を言い合いながら、泣き出す始末だった。
原因は、わたしが好きだったキャラクターを幸太郎が気に入らないというだけの、些細なことだった。
幸太郎はいつだって、情に厚く、熱血でちょっとバカという、多くのメディアの中で一般化しているヒーロー像にマッチするようなキャラクターが好きだった。
わたしも特にそういうキャラクターが嫌いなわけじゃなかったけれど、その番組の場合は違った。
ノーブルな顔で一見クールに見えるけれど心優しい、いわゆるイケメンのキャラクターをカッコいいな、と思った。
というよりもまず、そのキャラクターを演じる俳優をいいな、と思ったのが大きかったのだと思う。
それは端正な甘い顔立ちをした青年で、優しそうな笑顔がいいと思った。
もっとも、園児の頃のあやふやな記憶だから、そのときのわたしの目には本当はどんな顔に映っていたのかは分からないけれど。
とにかく、どちらかの家でその番組を見ると、必ずと言っていいほど喧嘩になるので、別々に見なさい、と両方の母親が言い出すほどだった。
今でこそ腐れ縁のように思うけれど、当時は仲が良かったこともあって、喧嘩したことも忘れて、一緒に見てはまた喧嘩を繰りかえしていた。
今までそんなことはすっかり忘れていた。
それなのに今思い出しているのは、さっきまでその喧嘩を目の前で再現していたからだった。
目の前でまだ小さくて可愛い頃の幸太郎がまっすぐな眼差しでこっちを見ながら、怒っていた。
幸太郎はぎゅうっと眉根を寄せて、
「ドッグブルーなんてかっこよくない!」と怒る。
そしてわたしも、
「かっこいいもん!レッドなんかより、ずっとかっこいいもん!」と応戦する。
この日は幸太郎の家で見ていたようで、幸太郎のお母さんがどっちもかっこいいわよ、と妥協案をあげるけれど、そんな心づかいも幼稚園児には届かず、喧嘩はヒートアップするばかりだった。
わたしは昔から意地っ張りだったけれど、幸太郎はそこまで自分を押し通すことはなくて、わたしに合わせてくれることが多かったのに、このやり取りだけはなぜかいつも決まって喧嘩になってしまった。
わたしは、そんなやり取りを当時の自分の目線から眺めていた。
お互い言葉足らずで、わたしはただ自分の好きなキャラクターの方がかっこいい、と言い、幸太郎はかっこよくない、というやり取りがえんえんと続くだけなのに、本人達は勝手にどんどん熱くなっていき、最後にはわんわん泣き出してしまった。
ただ、幸太郎がブルーよりレッドの方がかっこいい、とは言わないのが不思議だった。
幸太郎はその番組、“超犬戦隊(チョウケンセンタイ)ドッグファイブ”のドッグレッドが好きだったので、てっきりそういうと思った。
レッドのほうがかっこいいのに、ブルーがいいなんて変だ、という意味で怒っていると思ったからだ。
けれど、いつだってブルーはかっこよくない、の一点張りだった。
レッドのレの字も出さない。
そしてなぜか、今こうして見ているだけのわたし自身の胸が痛くなるくらい、必死にそれを訴えかけてくる。
何が何でも、レッドのほうがかっこいい、ではなくて、ブルーはかっこよくないのだ、と幸太郎はわたしに伝えたかったらしかった。
及ばぬ舌で。
当時は自分も今より遙かに小さかったから、気づかなかったけれど、今こうして見てみると、幸太郎はわたしに何か伝えたかったのかもしれない、と思う。
そのドッグブルーというキャラクターを嫌がる意味がきっとそうなのかもしれない。
ドッグブルー。
穂波君を見て幸太郎がそう言ったのはまだ記憶に新しい。
その時は、何のことだか思い出せなかったけれど、今なら思い出せる気がする。
それは多分そう――――
あの夢に繫がるのだ。
幸太郎のお父さんは地元自治体のフィルムコミッションの仕事をしている。
わたしと幸太郎が小学校1年生になった夏休み、映画製作会社から龍尾山の山腹にある焔生神社の本宮でロケーション撮影がしたい、という依頼が来たらしい。
くしくも、地元の出身である程度の土地勘のあるhitoshiという俳優がその映画に参加していること、その俳優が幸太郎とわたしのお父さんの共通の知り合いであること、その映画がわたしと幸太郎の好きな番組の映画版であることなどが重なり、映画の撮影の見学に来ないか、という誘いも同時にやって来た。
当時は知るよしもなかったけれど、実は地元に本社のある企業がスポンサーになったことも、龍尾山での撮影の決め手になったらしかった。
わたしは、その話を幸太郎のお父さんから聞いて、二つ返事で一緒に連れて行ってもらうことになった。
麓の駅でロケ隊と待ち合わせて、そこからのバス移動に同行させてもらうかたちになった。
一日目は幸太郎のお父さんや焔生神社の管理者やその他もろもろの自治体の人たちと、メインスタッフとの打ち合わせで終わった。
夜は龍尾山中腹にあるカルデラ湖沿いのペンションに泊まることになっていた。
昨日見た、妙にリアルな夢はこのときのものだったようで、今、わたしは当時のわたしの中にいた。
夕涼みと観光がてら、カルデラ湖に行っていたときだった。
湖の水面を眺めていると、幸太郎に、落っこちる、と手を引かれる。
そして幸太郎がズボンを脱ぎかけて止められ、それから一人の男性がやって来た。
すべてあの夢の通りだった。
ただ違うのは、わたしがその人に見覚えがあるどころか、ついさっきまで見ていた顔だと気づいたことだった。
さっきの変な世界にいた穂波君そのものだったからだ。
ただ、雰囲気が大分落ち着いていて、さっきの穂波君より少し年かさはいっていそうだとは思った。
どういうことなんだろう、この人は穂波君のお兄さんか何かなのかな。
そうやって浮かんだ疑問の答えは、その人とお父さん達との会話が教えてくれた。
「この人が“超犬戦隊ドックファイブ”でドッグブルーの役をやっている穂波斉史(ヒトシ)さんだよ。今回の映画版でもブルー役を演じるらしい。ミサキ、ブルー好きだろう?」
お父さんがその人を紹介してきたので、わたしはその人の顔を見上げる。
穂波さんは柔らかな笑顔で、わたしにありがとうと言う。幸太郎が何か言いたそうな顔でじっとこっちを見ていた。
「でも、恥ずかしいな。もういい年なのに学生の役だし」
「似合うからいいんだよ、それにまだぎりぎり二十代だろ」
幸太郎のお父さんがそんな風に冗談めかしていうと、恥ずかしそうに穂波さんは笑う。
それは、わたしの記憶の中におぼろげにあったドッグブルーのイメージにぴったりはまった。
今まで穂波君にいだいていた既視感はすべてここにつながっていたのだ。
穂波君そっくりのこの人に。
「そういえば、うちの和史も連れてきたんだ。俺の出ていた番組は絶対見たくないって言ってたらしいけど、この番組だけは見ていたみたいで」
そう言ってから後ろを振り返って声をかけた。
そして夢の中でも出てきた少年が、その人の背後からやって来る。
この子が穂波君?
その子は仏頂面でわたしと幸太郎とを交互に見て、それから視線をそらした。
「穂波和史っていうんだ。君達と同じ年だと思う。ミサキちゃんもコータロー君も今年小学校に入ったんだよね?」
そう言われてわたしも幸太郎もうなずいた。
「良かったら仲良くしてやってくれないかな?」
幸太郎はわたしとその人とを交互に見てから何やら納得したような顔をして、仲良くするーと言い、わたしも続けてそう言った。
そして夢の通り、少年は一言も話さないまま少し離れたところへ行ってしまう。
わたしの知っている穂波君の雰囲気とは大分違った。
「随分と雰囲気が変わったな」と呟いた松代君の言葉がなぜか脳裏に浮かんだ。
それにしても、どうして龍はこんな場所にわたしを連れてきたんだろう?
夢の中の少年が穂波君だとか、わたしの昔好きだった俳優さんが穂波君のお父さんだとか……そんなことをすっかり忘れていて、わたしがどれだけ忘れっぽいのかは分かったけれど、それに何か大きな意味があるんだろうか。
そんなことを考えていたら、いつの間にか場面は変わり、ペンションのロビーで明日の予定についてスタッフを名乗る人から説明をされていた。
その人は物語の撮影場所やそのシーンの書かれた紙と台本をお父さんに、わたしと幸太郎にはカラー刷りのキャラクターかかれた紙を渡して説明を始めた。
幸太郎のお父さんは、機材の運搬の仕事があるからといって、技術スタッフ達とどこかに行ってしまった。
“映画版超犬戦隊ドッグファイブ”は、テレビ版で黒猿という悪事をはたらく猿達とドッグファイブとが和解し、大団円を迎えたその先の物語らしい。
一時期の安寧を得たものの新たなる刺客が現れて、街を混乱に巻き込んだため、再びドッグファイブが動き出す、というストーリーになっている。
渡された写真とキャラクター説明のある紙を見ると、「いぬずきのごにんがあつまって、ドッグファイブだ!」と大きく書かれていた。
そしてその下にそれぞれの人物の写真入りの相関図がある。
犬飼焔(ドッグレッド)と犬飼爽(ドッグブルー)というのが兄弟で、犬吠埼小百合(ドッグホワイト)と犬吠埼小春が姉妹。
犬吠埼師匠というのが小百合と小春の祖父でその四人の武道の師範。
その他、犬吠埼家代々の家臣という狗神家の墨心(ドッグブラック)、犬吠埼道場とライバル関係ある道場の師範代の黄和田乾(ドッグイエロー)。
ドッグファイブと敵対する悪の一族、黒猿。
という内容が、すべて平仮名か片仮名で書かれている。
ことごとく名前に犬が名前に入っているのもすごいけれど、犬吠埼師匠というのが黒猿の呪いで、猿になってしまったらしく、猿の写真が使われていのもまたシュールですごかった。
スタッフの人の説明が思ったより長くて、最初はちゃんと聞いていたわたしも幸太郎も飽きてきてしまい、周囲をきょろきょろ見回し始める。
すると、ロビーの椅子に座りながら本を読んでいる見知った少年を見つけた。
同時に幸太郎もあ、あいつだー、と声をあげ、何の躊躇もなく少年のところへ近づいていった。
わたしも幸太郎の後を追った。
「何読んでるんだよ?」
と幸太郎が声をかけると、やおら顔をあげて、少年は幸太郎とわたしを見た。
「答える必要ある?」
つっけんどんな言い方でその子は言う。でも、幸太郎はまったくひるむことなく、
「ある。俺が知りたい」
と言う。
わたしはその本の表紙を見て、正直戸惑っていた。
“全国の寺社仏閣全書”と書いてあったからだ。随分と渋い趣味だ。
もっとも当時のわたしにはそんな難しい漢字は読めないみたいで、
「この本、神社の絵が描いてある」
と呟く。
わたしがそう言うと少年もとい穂波君は、
「明日行く焔生神社も出てるから」
とこちらに水を向けてくる。見た感じよりも、話しやすいと思った。
「ずりぃミサキには教えんのかよ!」
幸太郎がぶうぶう言うと、
「別に教えないとは言ってないし」
と穂波君は言う。口調は淡白だけれど、決して冷たい感じではない。
やっぱり穂波君は穂波君なんだな、と思ったけれど――――。
「あ、和史君。久しぶり。明日お父さんの撮影楽しみだね」
説明を終え、やって来たわたしのお父さんが何の気なしに声をかけたが最後、
「は!?あんなの楽しみなわけないじゃん!ドッグブルーなんて一番かっこ悪いし!」
逆巻く怒涛のようにそう言って、立ち上がると二階へ上がっていってしまった。
わたしと幸太郎は呆然としてしまい、お父さんは、
「失敗したな……」
と呟いた。
どうやらお父さんのことは彼にとって禁句になっているようだった。
けれど、場面が変わった焔生神社での撮影のときには、わたしも幸太郎もすっかり穂波君と仲良くなっていた。
子ども同士だとお父さんのこととなると云々……。
という厄介な事情もあまり問題にならないようだった。
そこでの撮影はドッグレッドが修行の末に新しい技を覚えるというシーンらしく、レッドが活躍してスタッフの人たちとモニターを見ている間、幸太郎は歓喜していた。
わあわあ言って喜ぶ幸太郎を穂波君がからかって、静かに、とスタッフに怒られる。
ただ、ブルーがレッドやその他のメンバーとの考え方の違いから、一時的に戦線離脱するというシーンも一緒に撮られていて、緊迫感のある言い合いのシーンもあった。
そんなシーンではみんな水を打ったように静まり返り、モニターをじっと見つめていたけれど、特に穂波君が真剣な顔でモニターを見ていたのが印象的だった。
そのシーンの撮影が終わり次の撮影の準備に移ったとき、
「ねえ、さっき、お父さん見てたの?」
幼いゆえにチャレンジャーなわたしがそう聞くと、特にいきり立つ様子もなく、
「別に」
と少し悲しそうな顔で穂波君は言った。
「和史君のお父さんかっこいいね。わたし好きだよ」
そんな表情を読み取ったのかいないのか、わたしがそう言うと穂波君は、何か文句がありそうに口をとがらせかけた。
けれど結局、
「そっか」
とだけ言って、柔らかく笑った。
あ、ドッグブルーだ、と思った。
そんな穂波君の笑顔を見て、なぜかほっとした。
けれど、その後の穂波君の言葉でそんな感情もふっとんでしまった。
「俺はミサキちゃんが好きだよ」
はいぃぃ!?
小学一年生のわたしは、ふぅん?と相づちを打つけれど、高校二年生のわたしは、思わず吹き出してしまいそうだった。
というか、何でそんな簡単に流せるの、昔のわたし!?
「父さんが写真見せてくれて、可愛いって思ってた」
「コータローのも見た?」
わたしがそう聞くと、穂波君は一瞬眉を寄せて、それから、
「コータローは写真だとパンツ姿でかっこつけてたから、変って思ってた」
からから笑ってそう言った。
「そーそーちょっと変でおバカ」
わたしもそう言って笑う。今のわたしも幸太郎のことをそういうことが多いけれど、当時のわたしもたいがいひどい。
見れば、当の本人は手の空いたスタッフ相手にヒーローごっこをしている。
明らかに撮影の邪魔になっているような気がするよね……。
「ミサキちゃんはコータローが好き?」
「うん。ブルーの話すると怒るし、おバカだけど時々かっこいい」
「けっこんする?」
「えーけっこんしないよー」
「じゃあ大人になったら、俺とけっこんしよ?」
「うん。和史君がドッグブルーみたいになってたらけっこんするー」
「うん、約束」
そして穂波君に促されるまま指切りをした。
軽い……非常に軽い。
ナニコレ、こんなのわたしじゃない。
なんていうマセガキだろう……。
「君たち……そういう話は別のところで大人になってからしようね……」
見かねた様子のスタッフの男性が苦笑いをたたえ、突っ込みを入れてくる。
わたしも穂波君も注意されてからは話すことがなくなったのか、幸太郎の一緒にヒーローごっこに混ざりにいった。
遊んでいる間、穂波君と目が合うことが多々あり、わたしは嫌な想像をしていた。
まさかとは思うけれど、穂波君はこんな些細な約束を覚えてはないよね?
ものすごく軽~いノリだったし。
いやしかし、と穂波君の乙女チックな面を少しだけ知っているわたしは、一概にそう言ってしまえない気もしていた。
だとしても、こんな子どものころの可愛らしい約束なんて、本気にはしていないと思うけれど……。
再び、穂波君と目が合い、彼は甘い目で笑いかけてくる。小学校一年生にしては反則なレベルで色っぽい。
本気にしていないと……思うけれど……。
ぐんにゃりと目の前の光景が歪み、またどこか別の場所に連れていかれるんだな、と覚悟をした。
その番組を見ているとたいてい、わたしと幸太郎は喧嘩になって、しまいにはそれぞれがそれぞれの言い分を言い合いながら、泣き出す始末だった。
原因は、わたしが好きだったキャラクターを幸太郎が気に入らないというだけの、些細なことだった。
幸太郎はいつだって、情に厚く、熱血でちょっとバカという、多くのメディアの中で一般化しているヒーロー像にマッチするようなキャラクターが好きだった。
わたしも特にそういうキャラクターが嫌いなわけじゃなかったけれど、その番組の場合は違った。
ノーブルな顔で一見クールに見えるけれど心優しい、いわゆるイケメンのキャラクターをカッコいいな、と思った。
というよりもまず、そのキャラクターを演じる俳優をいいな、と思ったのが大きかったのだと思う。
それは端正な甘い顔立ちをした青年で、優しそうな笑顔がいいと思った。
もっとも、園児の頃のあやふやな記憶だから、そのときのわたしの目には本当はどんな顔に映っていたのかは分からないけれど。
とにかく、どちらかの家でその番組を見ると、必ずと言っていいほど喧嘩になるので、別々に見なさい、と両方の母親が言い出すほどだった。
今でこそ腐れ縁のように思うけれど、当時は仲が良かったこともあって、喧嘩したことも忘れて、一緒に見てはまた喧嘩を繰りかえしていた。
今までそんなことはすっかり忘れていた。
それなのに今思い出しているのは、さっきまでその喧嘩を目の前で再現していたからだった。
目の前でまだ小さくて可愛い頃の幸太郎がまっすぐな眼差しでこっちを見ながら、怒っていた。
幸太郎はぎゅうっと眉根を寄せて、
「ドッグブルーなんてかっこよくない!」と怒る。
そしてわたしも、
「かっこいいもん!レッドなんかより、ずっとかっこいいもん!」と応戦する。
この日は幸太郎の家で見ていたようで、幸太郎のお母さんがどっちもかっこいいわよ、と妥協案をあげるけれど、そんな心づかいも幼稚園児には届かず、喧嘩はヒートアップするばかりだった。
わたしは昔から意地っ張りだったけれど、幸太郎はそこまで自分を押し通すことはなくて、わたしに合わせてくれることが多かったのに、このやり取りだけはなぜかいつも決まって喧嘩になってしまった。
わたしは、そんなやり取りを当時の自分の目線から眺めていた。
お互い言葉足らずで、わたしはただ自分の好きなキャラクターの方がかっこいい、と言い、幸太郎はかっこよくない、というやり取りがえんえんと続くだけなのに、本人達は勝手にどんどん熱くなっていき、最後にはわんわん泣き出してしまった。
ただ、幸太郎がブルーよりレッドの方がかっこいい、とは言わないのが不思議だった。
幸太郎はその番組、“超犬戦隊(チョウケンセンタイ)ドッグファイブ”のドッグレッドが好きだったので、てっきりそういうと思った。
レッドのほうがかっこいいのに、ブルーがいいなんて変だ、という意味で怒っていると思ったからだ。
けれど、いつだってブルーはかっこよくない、の一点張りだった。
レッドのレの字も出さない。
そしてなぜか、今こうして見ているだけのわたし自身の胸が痛くなるくらい、必死にそれを訴えかけてくる。
何が何でも、レッドのほうがかっこいい、ではなくて、ブルーはかっこよくないのだ、と幸太郎はわたしに伝えたかったらしかった。
及ばぬ舌で。
当時は自分も今より遙かに小さかったから、気づかなかったけれど、今こうして見てみると、幸太郎はわたしに何か伝えたかったのかもしれない、と思う。
そのドッグブルーというキャラクターを嫌がる意味がきっとそうなのかもしれない。
ドッグブルー。
穂波君を見て幸太郎がそう言ったのはまだ記憶に新しい。
その時は、何のことだか思い出せなかったけれど、今なら思い出せる気がする。
それは多分そう――――
あの夢に繫がるのだ。
幸太郎のお父さんは地元自治体のフィルムコミッションの仕事をしている。
わたしと幸太郎が小学校1年生になった夏休み、映画製作会社から龍尾山の山腹にある焔生神社の本宮でロケーション撮影がしたい、という依頼が来たらしい。
くしくも、地元の出身である程度の土地勘のあるhitoshiという俳優がその映画に参加していること、その俳優が幸太郎とわたしのお父さんの共通の知り合いであること、その映画がわたしと幸太郎の好きな番組の映画版であることなどが重なり、映画の撮影の見学に来ないか、という誘いも同時にやって来た。
当時は知るよしもなかったけれど、実は地元に本社のある企業がスポンサーになったことも、龍尾山での撮影の決め手になったらしかった。
わたしは、その話を幸太郎のお父さんから聞いて、二つ返事で一緒に連れて行ってもらうことになった。
麓の駅でロケ隊と待ち合わせて、そこからのバス移動に同行させてもらうかたちになった。
一日目は幸太郎のお父さんや焔生神社の管理者やその他もろもろの自治体の人たちと、メインスタッフとの打ち合わせで終わった。
夜は龍尾山中腹にあるカルデラ湖沿いのペンションに泊まることになっていた。
昨日見た、妙にリアルな夢はこのときのものだったようで、今、わたしは当時のわたしの中にいた。
夕涼みと観光がてら、カルデラ湖に行っていたときだった。
湖の水面を眺めていると、幸太郎に、落っこちる、と手を引かれる。
そして幸太郎がズボンを脱ぎかけて止められ、それから一人の男性がやって来た。
すべてあの夢の通りだった。
ただ違うのは、わたしがその人に見覚えがあるどころか、ついさっきまで見ていた顔だと気づいたことだった。
さっきの変な世界にいた穂波君そのものだったからだ。
ただ、雰囲気が大分落ち着いていて、さっきの穂波君より少し年かさはいっていそうだとは思った。
どういうことなんだろう、この人は穂波君のお兄さんか何かなのかな。
そうやって浮かんだ疑問の答えは、その人とお父さん達との会話が教えてくれた。
「この人が“超犬戦隊ドックファイブ”でドッグブルーの役をやっている穂波斉史(ヒトシ)さんだよ。今回の映画版でもブルー役を演じるらしい。ミサキ、ブルー好きだろう?」
お父さんがその人を紹介してきたので、わたしはその人の顔を見上げる。
穂波さんは柔らかな笑顔で、わたしにありがとうと言う。幸太郎が何か言いたそうな顔でじっとこっちを見ていた。
「でも、恥ずかしいな。もういい年なのに学生の役だし」
「似合うからいいんだよ、それにまだぎりぎり二十代だろ」
幸太郎のお父さんがそんな風に冗談めかしていうと、恥ずかしそうに穂波さんは笑う。
それは、わたしの記憶の中におぼろげにあったドッグブルーのイメージにぴったりはまった。
今まで穂波君にいだいていた既視感はすべてここにつながっていたのだ。
穂波君そっくりのこの人に。
「そういえば、うちの和史も連れてきたんだ。俺の出ていた番組は絶対見たくないって言ってたらしいけど、この番組だけは見ていたみたいで」
そう言ってから後ろを振り返って声をかけた。
そして夢の中でも出てきた少年が、その人の背後からやって来る。
この子が穂波君?
その子は仏頂面でわたしと幸太郎とを交互に見て、それから視線をそらした。
「穂波和史っていうんだ。君達と同じ年だと思う。ミサキちゃんもコータロー君も今年小学校に入ったんだよね?」
そう言われてわたしも幸太郎もうなずいた。
「良かったら仲良くしてやってくれないかな?」
幸太郎はわたしとその人とを交互に見てから何やら納得したような顔をして、仲良くするーと言い、わたしも続けてそう言った。
そして夢の通り、少年は一言も話さないまま少し離れたところへ行ってしまう。
わたしの知っている穂波君の雰囲気とは大分違った。
「随分と雰囲気が変わったな」と呟いた松代君の言葉がなぜか脳裏に浮かんだ。
それにしても、どうして龍はこんな場所にわたしを連れてきたんだろう?
夢の中の少年が穂波君だとか、わたしの昔好きだった俳優さんが穂波君のお父さんだとか……そんなことをすっかり忘れていて、わたしがどれだけ忘れっぽいのかは分かったけれど、それに何か大きな意味があるんだろうか。
そんなことを考えていたら、いつの間にか場面は変わり、ペンションのロビーで明日の予定についてスタッフを名乗る人から説明をされていた。
その人は物語の撮影場所やそのシーンの書かれた紙と台本をお父さんに、わたしと幸太郎にはカラー刷りのキャラクターかかれた紙を渡して説明を始めた。
幸太郎のお父さんは、機材の運搬の仕事があるからといって、技術スタッフ達とどこかに行ってしまった。
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一時期の安寧を得たものの新たなる刺客が現れて、街を混乱に巻き込んだため、再びドッグファイブが動き出す、というストーリーになっている。
渡された写真とキャラクター説明のある紙を見ると、「いぬずきのごにんがあつまって、ドッグファイブだ!」と大きく書かれていた。
そしてその下にそれぞれの人物の写真入りの相関図がある。
犬飼焔(ドッグレッド)と犬飼爽(ドッグブルー)というのが兄弟で、犬吠埼小百合(ドッグホワイト)と犬吠埼小春が姉妹。
犬吠埼師匠というのが小百合と小春の祖父でその四人の武道の師範。
その他、犬吠埼家代々の家臣という狗神家の墨心(ドッグブラック)、犬吠埼道場とライバル関係ある道場の師範代の黄和田乾(ドッグイエロー)。
ドッグファイブと敵対する悪の一族、黒猿。
という内容が、すべて平仮名か片仮名で書かれている。
ことごとく名前に犬が名前に入っているのもすごいけれど、犬吠埼師匠というのが黒猿の呪いで、猿になってしまったらしく、猿の写真が使われていのもまたシュールですごかった。
スタッフの人の説明が思ったより長くて、最初はちゃんと聞いていたわたしも幸太郎も飽きてきてしまい、周囲をきょろきょろ見回し始める。
すると、ロビーの椅子に座りながら本を読んでいる見知った少年を見つけた。
同時に幸太郎もあ、あいつだー、と声をあげ、何の躊躇もなく少年のところへ近づいていった。
わたしも幸太郎の後を追った。
「何読んでるんだよ?」
と幸太郎が声をかけると、やおら顔をあげて、少年は幸太郎とわたしを見た。
「答える必要ある?」
つっけんどんな言い方でその子は言う。でも、幸太郎はまったくひるむことなく、
「ある。俺が知りたい」
と言う。
わたしはその本の表紙を見て、正直戸惑っていた。
“全国の寺社仏閣全書”と書いてあったからだ。随分と渋い趣味だ。
もっとも当時のわたしにはそんな難しい漢字は読めないみたいで、
「この本、神社の絵が描いてある」
と呟く。
わたしがそう言うと少年もとい穂波君は、
「明日行く焔生神社も出てるから」
とこちらに水を向けてくる。見た感じよりも、話しやすいと思った。
「ずりぃミサキには教えんのかよ!」
幸太郎がぶうぶう言うと、
「別に教えないとは言ってないし」
と穂波君は言う。口調は淡白だけれど、決して冷たい感じではない。
やっぱり穂波君は穂波君なんだな、と思ったけれど――――。
「あ、和史君。久しぶり。明日お父さんの撮影楽しみだね」
説明を終え、やって来たわたしのお父さんが何の気なしに声をかけたが最後、
「は!?あんなの楽しみなわけないじゃん!ドッグブルーなんて一番かっこ悪いし!」
逆巻く怒涛のようにそう言って、立ち上がると二階へ上がっていってしまった。
わたしと幸太郎は呆然としてしまい、お父さんは、
「失敗したな……」
と呟いた。
どうやらお父さんのことは彼にとって禁句になっているようだった。
けれど、場面が変わった焔生神社での撮影のときには、わたしも幸太郎もすっかり穂波君と仲良くなっていた。
子ども同士だとお父さんのこととなると云々……。
という厄介な事情もあまり問題にならないようだった。
そこでの撮影はドッグレッドが修行の末に新しい技を覚えるというシーンらしく、レッドが活躍してスタッフの人たちとモニターを見ている間、幸太郎は歓喜していた。
わあわあ言って喜ぶ幸太郎を穂波君がからかって、静かに、とスタッフに怒られる。
ただ、ブルーがレッドやその他のメンバーとの考え方の違いから、一時的に戦線離脱するというシーンも一緒に撮られていて、緊迫感のある言い合いのシーンもあった。
そんなシーンではみんな水を打ったように静まり返り、モニターをじっと見つめていたけれど、特に穂波君が真剣な顔でモニターを見ていたのが印象的だった。
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「ねえ、さっき、お父さん見てたの?」
幼いゆえにチャレンジャーなわたしがそう聞くと、特にいきり立つ様子もなく、
「別に」
と少し悲しそうな顔で穂波君は言った。
「和史君のお父さんかっこいいね。わたし好きだよ」
そんな表情を読み取ったのかいないのか、わたしがそう言うと穂波君は、何か文句がありそうに口をとがらせかけた。
けれど結局、
「そっか」
とだけ言って、柔らかく笑った。
あ、ドッグブルーだ、と思った。
そんな穂波君の笑顔を見て、なぜかほっとした。
けれど、その後の穂波君の言葉でそんな感情もふっとんでしまった。
「俺はミサキちゃんが好きだよ」
はいぃぃ!?
小学一年生のわたしは、ふぅん?と相づちを打つけれど、高校二年生のわたしは、思わず吹き出してしまいそうだった。
というか、何でそんな簡単に流せるの、昔のわたし!?
「父さんが写真見せてくれて、可愛いって思ってた」
「コータローのも見た?」
わたしがそう聞くと、穂波君は一瞬眉を寄せて、それから、
「コータローは写真だとパンツ姿でかっこつけてたから、変って思ってた」
からから笑ってそう言った。
「そーそーちょっと変でおバカ」
わたしもそう言って笑う。今のわたしも幸太郎のことをそういうことが多いけれど、当時のわたしもたいがいひどい。
見れば、当の本人は手の空いたスタッフ相手にヒーローごっこをしている。
明らかに撮影の邪魔になっているような気がするよね……。
「ミサキちゃんはコータローが好き?」
「うん。ブルーの話すると怒るし、おバカだけど時々かっこいい」
「けっこんする?」
「えーけっこんしないよー」
「じゃあ大人になったら、俺とけっこんしよ?」
「うん。和史君がドッグブルーみたいになってたらけっこんするー」
「うん、約束」
そして穂波君に促されるまま指切りをした。
軽い……非常に軽い。
ナニコレ、こんなのわたしじゃない。
なんていうマセガキだろう……。
「君たち……そういう話は別のところで大人になってからしようね……」
見かねた様子のスタッフの男性が苦笑いをたたえ、突っ込みを入れてくる。
わたしも穂波君も注意されてからは話すことがなくなったのか、幸太郎の一緒にヒーローごっこに混ざりにいった。
遊んでいる間、穂波君と目が合うことが多々あり、わたしは嫌な想像をしていた。
まさかとは思うけれど、穂波君はこんな些細な約束を覚えてはないよね?
ものすごく軽~いノリだったし。
いやしかし、と穂波君の乙女チックな面を少しだけ知っているわたしは、一概にそう言ってしまえない気もしていた。
だとしても、こんな子どものころの可愛らしい約束なんて、本気にはしていないと思うけれど……。
再び、穂波君と目が合い、彼は甘い目で笑いかけてくる。小学校一年生にしては反則なレベルで色っぽい。
本気にしていないと……思うけれど……。
ぐんにゃりと目の前の光景が歪み、またどこか別の場所に連れていかれるんだな、と覚悟をした。
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