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3章 混線×混戦
●朝からラブコメ
しおりを挟む「そして、その年に一度の祭りってやつが、今週末の夏祭りなんです」
火恩寺君は話を終え一息つくと、そう言った。
「さっき言ってた最後の花嫁っていうのも、ひょっとして……」
「若者に助けられた末娘のことよね、話しからすれば」
わたしの言葉にゆき姉ちゃんが言葉を重ねる。
「その通りです。お二人とも素晴らしい!」
ぱちぱちぱちと火恩寺君が手をはたく。
「いや、いや大げさだよ」
わたしは恐縮してしまうけれど、ゆき姉ちゃんは満足そうに笑っている。
さすがゆき姉ちゃん……。
「でも凄いわねぇ。そんな昔の物語の花嫁衣裳が今まで残っているなんて。凄いわあ」
お母さんが感慨深そうにそう言うと、火恩寺君が苦笑いをする。
「当時の装束は、そりゃあさすがに残ってないんです」
「あらあ、そうなの?」
「でも、それじゃあ、毎年スペシャルなお守りに入れていたのって?」
そもそも装束自体がなければ、切れ端を入れるなんてことも出来ないと思うけれど。
わたしが言うと、火恩寺君の視線がこちらに向く。
「何年か一度、夏祭りの日に、最後の花嫁に見立てた舞い巫女を立てるんです。話の中で花嫁がしたように舞を舞って、それから木箱に入り、青年に助け出させる。そういうのを儀式的にやるんです。その巫女の着ていた装束を、最後の花嫁の衣装に見立てて、ここ何十年もその切れ端代用しているらしいです」
「そうなんだ。でも、今年も切れ端が終わりそうって、さっき火恩寺君言ってたよね?」
「おお、姐御!俺の言葉を覚えてくれているなんて、ありがたい!」
「さすがに数分前のことは忘れないって……」
ここまでちょっとしたことで褒められると、逆にどれほど物覚えが悪いと思われているのか、と思ってしまう。
「姐御の言うとおり、今年の分で装束の切れ端は終わってしまうと思います。親父に聞いたわけじゃないので、判然としませんが、恐らく今年舞い巫女を立てるでしょう」
そう言いながらも火恩寺君は、何故かわたしの方から視線を逸らそうとしない。
「舞い巫女って、何かいい響きね~」
「はい、いい響きです」
逸らされない視線に不安を感じて、口を開こうとしたその時、
私のスマホが震えた。着信状態だったので、通話ボタンを押す。
『もしもし、ミサキちゃん?』
はきはきしているけれど温かみのある声音が聞こえた。
「あ、コータローのママ!」
『いやだあ~久しぶりね』
「あはは、電話するのは久しぶりかも」
『そうね、この前まほりちゃんが電話くれたけど。ミサキちゃんとは久しぶり』
「今日はどうしたの?」
『コータロー、迷惑かけてない?あの子、ミサキちゃんの前だとはしゃぎすぎるから』
「えーと、まあ……いつもどおりかな」
犬になっても、いつもどおりのテンションというのもすごいけれど。
『そう?はしゃぎすぎたら、どついてあげてね。本当に調子に乗るから』
と言いながら、幸太郎のお母さんは笑う。
『それと、そうそう。うちのお父さんがね、コータローに夏祭りの当日くらい手伝いに来い、って言っておけってうるさくって。一応伝えておいてくれる?』
そういえば、前に幸太郎が言っていたっけ、手伝いに来いって言われているって。
「そのお手伝いって、どうしても、行かないとまずい?」
『平気平気。来いって言っておけ、なんていうのも、あの人なりのコミュニケーションだから。来てくれるに越したことはないと思うけどね』
「そっか、コータローに伝えておくね」
『お願いね。それとミサキちゃん、たまには家に遊びに来て?男連中ばっかりだと、わたし滅入ってきちゃって』
「うん。久しぶりに、ママのごはん食べたいし」
『ミサキちゃんの好きなもの作って待ってるわー。それじゃまたね』
元気な調子で幸太郎のお母さんは通話を切った。
「またー」
わたしも通話を切る。
そして、電話の脇に置かれた卓上カレンダーを見る。
幸太郎が犬になってしまって、もう5日目だ。
そろそろ幸太郎が犬の姿というのにも違和感を覚えなくなってしまっているけれど、このままっていうわけには行かない。
今はまだ夏休みだから良いけれど、学校が始まったら幸太郎の家族にも説明がつかなくなってしまう。
“運命の女になる代わりに、魔法を解く方法を得る”。
松代君との交換条件が頭に浮かんだ。
けれど、あの場に戸田さんが介入したことで、その取引はおじゃんになってしまった。
ドロップスが松代君の手元にない以上、彼はわたしと取引をすることが出来ないわけだし。
だとしても、もし戸田さんが掲げていたあのドロップスさえあれば、魔法が解けるかもしれない。
一粒くらいドロップスを譲ってくれれば、幸太郎を元に戻すことが出来る。
もっとも、あのドロップスにそんな力があればの話だけど。
戸田さんに一粒ちょうだい、ってお願い出来ないかな?
松代君とのやり取りを見ておきながら、そんな風にお願いするのって、図々しいかな、やっぱり。
「どうしたの、ミサ?誰から電話」
電話の前から離れようとしないわたしを見て、怪訝に思ったのか、ゆき姉ちゃんが声をかけてくる。
「コータローのママから、ちょっとした用事」
「ふーん?そういえばコータロー君、最近迎えに来ないね?」
「そうねえ、いつも一緒に学校行っていたのに」
「まー……コータローも、たまには別の人と行きたいんじゃないかな?」
「そうかなー?」
「そうそう」
わたし達のやり取りを見ながら、火恩寺君が首をかしげている。
まずい、と咄嗟に思った。
「姐御、話が少し変じゃないですか?こぉたろぉってのはあの犬――――」
わたしは跳んだ。
電話台から火恩寺君の座る椅子のところまで、約3、4メートルの距離を跳び、彼の口を手で塞いだ。
「はねほ!?」
「何やってんの、ミサ……」
「あらあら幅跳びかしら?」
「こ、コータローのことは、まほり以外には内緒にしてるの」
わたしは火恩寺君にそう囁く。
いや、闇雲に跳んだせいで肺がはぁはぁぜぇぜぇ言っていたので、囁けているかすら怪しいけれど。
「分かりました。ですが姐御、あの……」
火恩寺君が何やら戸惑いがちに、わたしを見ている。
「いくら修行を積んだ身の上とはいえ、女人にここまで密着されると。ましてそれが姐御となると、その……」
「え?」
火恩寺君の言葉に思わず自分の現状を確認する。
わたしの現状……火恩寺君の腿の上に座っている。
「えええっ!?」
驚きのあまり、後ろに重心がかかりのけ反ると、そのまま宙ぶらりんになる。
「うわあああ!?」
手をかいて体勢を立て直そうとするけれどかなわず、
「大丈夫ですか」
火恩寺君が腕を背中の後ろに出してくれて、引き戻してもらう。
「う、うん、大丈夫。ごめん、どくね……」
勢いあまって火恩寺君の足の上に飛び乗ってしまったみたいだ。咄嗟のことでちゃんと認識していなかったけれど。
わたしは急いで火恩寺君の上からどいた。
「何もないところで、危険に陥ってるのよ。そ、れ、に、わたしの火恩寺君とラブコメ開始しないでよね!」
いつからゆき姉ちゃんのものになったのか知らないけれど、言っていることはもっともだ。
何で平穏な朝の食卓で、一人危険になっているんだか。
「楽しそうで良いわね~」
とお母さんは呑気な調子で言い、それから、時計を見て、
「あらあら、もういい時間よ、ミサ~」
とそのままの調子でそう言う。
「え?」
わたしが時計を見たのと、玄関のチャイムが鳴ったのが同時だった。
――――ピーンポ、ピ、ピーンポーン、ピ、ピ、ピ。
という奇妙なチャイムが。
「うっそっ!?もうそんな時間?」
慌てて部屋着のまま玄関に出ると、
『よー、はよーミサキ。って部屋着!?』
足元に幸太郎がいた。
「おはよー、あれ?まほりは?」
『練習が急遽早まったって。ミサキに言ってくれって頼まれた』
「姐御、どうかしましたか?何やら犬の鳴き声が……」
後ろから火恩寺君がやって来て顔を出すや否や、ぞわぞわぞわっと幸太郎が毛を逆立てる。
犬が毛を逆立てるのなんて、始めてみた。
『な、何でタツヒコがミサキんちに!?』
「ん?何だ、この犬吠えてきやがる……」
火恩寺君は目を細め、幸太郎を睨んでいる。
「えーと、まあ、とりあえず着替えてきてからね!?」
『に、逃げんな、ミサキ!説明しろよ!』
面倒な事態から一旦離脱し、スポーツウェアに着替えてくることにした。
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