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3章 混線×混戦
●血は見ずに、顔面レシーブ
しおりを挟む逃走は成功したはずだったけれど、
『ど、どーしてタツヒコがいるんだよ!?』
声を裏返して幸太郎が叫ぶ。
わたしのふくらはぎの後ろに隠れながら、というとっても情けない格好で。
「どうしてなんだろうね」
わたしも遠い目になりながら、塀の上を歩く火恩寺君を見る。
家を出た辺りでは一緒じゃなかったはずだったのに、いつの間やら、わたし達の歩くスピードにあわせ、彼は塀の上を歩いている。
「姐御の姉君のお誘いも魅力的でしたが、俺には姐御を守るという使命がありますから」
「う、うん、分かったよ。守ってくれるのはありがたいよ。でもね、何も塀の上歩かなくてもいいと思うんだ」
すれ違った小学生は泣き喚くし、散歩中のご老人は腰を抜かし、ゴミだしに出ていた主婦は目を見開いて走り去っていった。
それもこれも塀の上から注がれる恐ろしい視線のせいだ。
「何をおっしゃいます。もしも俺が地上にいた場合、飛来物が姐御を襲ったとき反応が数秒遅れること必至。姐御の安全を守れません」
「ふぁ~。飛来物が前提なんだね。でも、地上から襲撃されたらどうするの?そっちのほうが可能性高いのに」
まほりが大きなあくびをしながらそう茶々を入れると、火恩寺君は足を止め、目をカッと見開いた。
こ、怖い。
「し、椎名さん!素晴らしい助言ありがとうございます」
そして火恩寺君は、まほりに深々と一礼する。
「おーけーおーけー」
と返事をしながら、まほりは眠そうな目をこすっている。
試合が今週の土曜とのことで、昨日は遅くまで練習があったのだという。
その後、サークルに顔を出したら、金曜〆切の課題を出されてしまい、終わらないから、今日は寝れないかもー、昨日の夜、少しだけやり取りをしたのだった。
「俺、目から鱗が落ちました。さすが姐御のご学友。確かに、地上からの襲撃の方が遙かに多いと今気づきました。山賊しかり、辻斬りしかり」
「ああ、今気づいたんだ?まあ、それ以前に何かが間違ってる気がするけどね」
火恩寺君は塀の上から地上に降り立って、わたし達の横に並ぶ。
並ぶとその背の高さやガタイの良く分かり、なおのこと萎縮してしまう。
悪い人のようには思えないけれど、血みどろ伝説を聞いた限りだとやっぱりわたしにとっては怖い人なのだ。
幸太郎にとっては昨日恐怖の対象に変わったようで、今はわたしやまほりの陰に隠れながら無言で歩いている。
まほりはといえば、魔法の解き方全書という本をぱらぱらめくりながら、器用に片手でメモを取っている。
時々こっくりこっくりを始めるけれど、器用にも歩くのはやめない。
それにしても、会話が、ない。
まほりは半分寝ているし、幸太郎は壁の花だし、火恩寺君とはどんな話をしていいのか分からない。終始無言のまま、学校までの道を行く。
そうしているうちに、
「俺が怖いですか?」
不意に火恩寺君が口にした。
「え、なんで?」
わたしが仰ぐと、
「姐御、居心地悪そうにしてるじゃないですか。そのくらい俺でも分かります」
火恩寺君は苦笑いをもらす。 口の端から八重歯が見え、少し顔の威圧感が薄れた。
そういう表情をする人だとは思わなかったから、その顔をさせてしまったのが自分だと思うと、何だかひどいことをしている気になる。
「居心地が悪いわけじゃないけどね。色々火恩寺君のこと、その、後輩の人たちに聞いてたのを思い出しちゃって。どう接していいのか分からないっていうか」
「親父の言うとおり、髪を黒く染めて固めてくりゃあ良かったんですかね。見てくれだけでもましになりゃ、姐御も少しは怖くなくなるんじゃないですか」
火恩寺君は前髪を指先で摘んでそう言う。
「お前の顔はただでさえ凶悪なんだから、愛らしいキャラクターもののお面でもかぶったら、良いんじゃねえかって親父は言うんですけどね」
「それはもっと怖いから!主に身体との対比で!」
マッチョな身体に可愛いお面なんてシュールな組み合わせ、出来れば拝みたくはない。
わたしがそう言うと、火恩寺君はくくくっと笑う。
何か、わたしは火恩寺君のツボにはまる行動をとったというのだろうか。
「姐御はサイコーです。俺のような奴にもそうやって突っ込みを入れてくれる」
「変なところで喜ぶんだね?」
「そうですか?まともな奴らは、俺みたいな奴を相手してくれませんからね。相手してくれるのは、まあ、ろくでもねぇ奴らばっかりで。ヤルヤラレルの世界で生きてる奴らですよ」
「ヤルヤラレル……怖いなあ」
「大丈夫です、姐御には指一本触れさせませんから。誓いの証として血判状書きましょうか?」
「血判状?」
「指を切ってその血で文書を書くんですよ。そして血のりをつけた拇印を押す。やりましょうか――――」
とわたしの意向をうかがいながらも、もうすでにポケットから取り出したガビシの先で指を切ろうとしている。
「ひやあああ!やめて!」
「大丈夫です。血の気は多く出来ているんで」
ちょん、とガビシの先で突いた皮膚からじわ、と血がにじみ出している。
「そういう問題じゃないの!血、血が、ああ、血が出たら痛い!痛いよ!」
「姐御は優しいんですね」
と笑いながら、指先から血をだらだらと垂らしている。
「血が!血がああ!」
喚くわたしと、どこから取り出したのか一枚の紙に血判状を書いている火恩寺君、そしてそれを青い顔で見守る幸太郎と、放置プレーを決め込むことにしたらしいまほり。
ああ、今日も一日、こんな感じで始まったのでした。
半分気絶しそうになりながら、ようやく学校に着き、下駄箱から上履きを取り出そうとすると、中に何やら紙のようなものが入っているのが見えた。
『「先んずれば即ち負ける」。午後に迎えに参ります』
そんな内容の書かれたはがきサイズのカードが下駄箱の中に置かれ、その傍らには一般のバラの花が添えられていた。
「何だろうこれ?」
と不思議に思ったけれど、
「ぐ~ぐ~……」
「わ!まほり、ちゃんと立って!」
隣にいたまほりが危うく下駄箱に頭をぶつけそうだったので、そっちに気を取られてしまった。
幸太郎はサッカー部の顧問にまた来いと言われたらしくさっきグランドへと走っていったし、火恩寺君はいつの間にかいなくなっている。
犬に練習に参加しろという顧問も珍しいけれど、顧問の渡辺先生は無類の犬好きだと有名だし、ありなのかもしれない。
気になるのは、火恩寺君だ。
散々、わたしの身を守ると言いながらいつの間にかどこかに行ってしまっている。
それはそれで全然構わない、いやそれどころかありがたいけれど、どうも不安が付きまとう。
何か厄介なことが起こる予感……。
いや、気に病みすぎているのかもしれないよね。
変なことが立て続けに起こっているから、ナーバスになっているだけ。
きっとそう。
そう結論付け、わたしはまほりを引きずり、更衣室に向かった。
そしてその時、下駄箱の影からこちらを伺っていたある生徒がいたことなんて、まったく気が付いていなかったのだ。
ここのところ、犬と変わった人とに振り回されて大変なわたしも、部活の間は、リラックスが出来る。
ランニングから始まり、シュート練習、パス回し、小試合、と練習が進む中、ああ、部活って素敵!汗を流すって、何て素晴らしいんだ!と感涙にむせびそうになる。
汗を流して日々の余計なことなんか頭からすっかり追い出して――――。
「ミサ、顔色悪いけど平気?」
小試合の最中、ディフェンスしに下がりがてら、由紀が声をかけてくる。
かく言う彼女も青い顔をしているのは気のせいじゃないはずだ。
コートの中を見まわせば、ほとんどの部員が青い顔をしながら、球を追いかけている。
両チームとも、さっきから打たれたシュートは一本も入っていないし、パスミスがばかりでラインを割るボールが多い。
皆その原因に気づいているけれど、どうして良いか分からず戸惑っているのが分かる。
ただ一人、顧問の鰐淵先生だけは、一旦更衣室に戻って化粧直しをしてくるくらい歓喜していた。
すべての元凶は、コートの周囲や二階の観覧席を埋め尽くす、いかつい集団だった。
目に痛いような派手な服を身にまとう奇抜な頭の彼らは、無言でわたし達の練習の光景を見つめている。
大体の目星はついている、というか、心当たりはありありだったけれど、決定的な証拠がないうちはわたしも見知らぬふりをしているつもりだった。
けれど、わたしは先程、二階に火恩寺君の姿を見つけてしまっていた。
龍の刺繍をされている学ランをまとった彼を。
ここのところ、犬と変わった人とに振り回されて大変なわたしは、部活の間も、変な人に振り回されていた……のだ。
女子バスケ部だけじゃなく、バレー部、バスケ男子部も含め、ボールの打ち合う音、つく音だけが響き渡りしじまが支配していた。
男子部の大塚先生とバレー部の境先生とが、どうしようと目配せをし合っているが、奇抜な軍団の意図が見えないからなのか、下手に動けない様子だった。
この場合、どうしたらいいの?
わたしが動くしかないのかな。
でも、火恩寺君がわたしに用事があるとは限らないし――――
「姐御お!頑張ってください!敵なんかボールで一蹴ですよ!」
火恩寺君の声が響くのをきっかけに、
「姐御!一蹴でさあ!」
野太い声が響く。
あはは、わたしに用事なのね……。
突然の声に、体育館にいた面々はビクーッとして動きを止める。
それから、みんながみんな小動物のようにきょろきょろと周囲を見渡す。
恐らく、みんなの頭には姐御って誰!?という疑問が浮かんでいるのだと思う。
「ば、バスケ部!し、試合に集中しろー!声だしも忘れるな!」
「バレー部もだぞ!」
と大塚先生、境先生の声が響き、辛うじてみんな練習を再開するが、さっきよりも遙かに注意力が散漫になっているのが分かる。
野太い応援の影響力は半端じゃないらしい。
あちらこちらへとボールが飛び交う。
このままじゃ、よくないよね。
非常に面倒くさいけれど、ちゃんと火恩寺君に言っておかないと、まともに部活が出来そうにない。
そう思って、意を決したわたしがコートを出ようとした時、
「危ない本田さん!」
男子生徒の声がし、振り返るとバスケットボールが至近距離にあった。
「え?」
避ける、という選択肢を思い浮かべる前に、ああぶつかる、と理解していた。
顔面に鈍痛がして、わたしの意識は溶けていった。
ああ今日って厄日かなあ?
というガラでもない考えとともに。
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