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2章 蒔かれたよ、変の種
●穂波の内臓捕獲計画
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「魔法3日目(友引)」
その後のわたしはとっても忙しかった。
まず落とした箒を取りに行って、箒をぶつけてしまった男の先輩に、お詫びに一緒にカラオケ行こう、としつこくナンパされ続けながらも何とか交わしつつ謝った。
チャラくて有名な先輩に当たってしまったのが運のつきだ。
次に「マルチーズ見ませんでしたか?」と掃除中の校内を聞いてまわり、用務技師室に逃げ込んでいた幸太郎をやっと探し出した。
幸太郎にデコピンを食らわしたあと、幸太郎を放課になるまで預かってくれるように用務技師さんに頼んで教室に帰ると、SHRの時間に大幅に遅れていた。
結局、遅刻と犬のこととで、後で職員室に来るように、と笠井先生にお説教の宣言を受けてしまった。
そんなこんなで、体が空いたのは11時半をまわった頃だった。
2階の職員室から3階の教室の階段をのぼる途中、
「今日こそは、ボーイミーツガールを上手く演出しなければなるまい。そこのき――いや、今日は友引、昼は凶と出ている……。駄目だな」
昨日聞いたのと同じ声を背後から聞いた。
昨日のように振り向くと、サッと影が動いて誰かが去っていく気配がする。
「……」
わたしは何も聞かなかった。
うん、何にも聞かなかったし、見なかった。
そう自分に暗示をかけて、教室へと向かう足を速めた。
教室に戻ると、まほりが1人残って机で本をめくっていた。
「ごめん待たせちゃって……」
「あ、ミサ。おかえりー」と言って本から顔を上げる。
「しぼられた?」
「うん、ペットを大切にするのはいいけど、学校まで連れてくるのはいただけないって」
「今日は生徒も先生も多いしね。明日になればまた楽に連れて来れると思うけど」
「でも、それより早く元に戻すことを考えないとだね」
「じゃ、さっそくコータロー君迎えに行く?」
まほりは本を閉じる。
「あ、でもちょっと待ってその前に、穂波君と約束が――」
がらがらと教室の引き戸を開け、穂波君が入ってくる。
タイミングがあまりにも良すぎる。
ひょっとして話、聞かれた?
けれど、
「ちょうど良かった。本田さんに椎名さん。朝のことで、ちょっと話させてもらえないかな」
と特に変わった様子もなく穂波君はそう言った。
聞かれてないみたいだ。
「魔界との交信のことだね。もちろん聞かせてもらいたいな」
「まだそのネタ引っ張るのか」
「じゃあ、少し場所移動しようか。ここだと誰か荷物を取りに帰ってくるし」
「そうだね」
誰かに聞かれたくないことなのかな。
わたし達3人は、昨日まほりと幸太郎とわたしとでお昼をしていた東屋へと向かった。
今日もたまたま誰も使っていなかったので、使うことにしたわけだけれど。
「……」
わたしとまほりを対面にして座った穂波君は、先ほどから、とても切り出しづらそうにして手で口を押さえている。
主に、じぃっとものすごい目力で見つめているまほりが原因だと思うけれど。
「ところで、穂波君?あの話きかせて?」
この状態で膠着してもらちがあかないので、わたしがそう言うと、少し間をおいて、
「どう説明していいか良く分からないけど」
と穂波君は切り出した。
「俺、女の子が好きなんだ。たぶん、他の男より」
とたん、空気が冷えしまって、凍るのを感じた。
「男の子が好きなんだって言われなかっただけ、ましだね」
とまほりは言う。
「いや、そういう問題!?」
「2人とも、どうしたの。俺、何か変なこと言ったかな」
「変っていうか、しょっぱなから爆弾落としたっていうか……」
女の子2人目の前にして、女の子が好きなんだ、と告白することにどんな意図が?
「穂波君、今のだとわたし達のこと口説いてるようにしか見えないよ?」
「く、口説く?」
まほりがそう言うと、穂波君は弾かれたようにしてわたし達を見ると、それから見る見るうちに顔を赤くしていった。
「ただ、女の子の持つ柔らかそうな髪とか、着ている可愛い服とかグッツとかそういうのが好きってことが言いたくて……」
「変態?」
しどろもどろの穂波君にまほりは追い討ちをかける。
「どうしてここでドSになるの、まほり!?」
「気分で?」
小首をかしげてまほりは言う。
ああ、可愛い、可愛い。
突っ込むのもめんどくさい。
向かいの穂波君を見ると、額に手を当てうな垂れていた。
このポーズ、穂波君の定番になりつつあるな……。
「そ、そんなに落ち込まないで。可愛いもの好きなのって別におかしいことじゃないと思うよ?」
「本田さん……」
「けど、それがどうして朝のことに関係あるの?」
「それは……」
穂波君の視線がわたしの顔の方に向く。というより多分、髪の方に。
おもむろに手が伸びてきて、わたしの予想通り、わたしの髪をすく。
「好みの髪を見ると、触らずにいられなくなるんだ。なるべく我慢しようとはしているんだけど」
「だから、わたしの髪を?」
穂波君は頷く。
「そして更に気分がのってしまうと――」
穂波君はどこから取り出したのか、櫛を手にするとわたしの髪をすいて、手早く編みこみを作るとカチューシャのような形にしてピンで留めた。
まあ見えたわけじゃないから、そうやってるんだろうな、と思っただけだけれど。
「わお、ミサ可愛い」
「……こんな風に勝手に髪をアレンジしてしまうんだ」
と言いながら、これまたどこから取り出したのか手鏡をわたしに向ける。
綺麗な編みこみが額の上を横断している。
「すごい!手先、器用なんだね」
「ありがとう。でも、そういってくれるのは本田さんくらいだよ」
穂波君はそう言って微笑むけれど、表情に力がない。
「どういうこと?」
「前にも何度か、リミッターが振りきれて今みたいなことをクラスの子や委員会が一緒の子にしてしまったことがあったんだけど。そのときは、みんな決まってその場で顔を真っ赤にして怒って、次の日になるとまともに口を利いてくれなくなる」
「変な話だね」
とまほりは言う。
「でも確かに、どうして怒るんだろう」
突然髪を触られるのは嫌な子は嫌かもしれないけれど、可愛くアレンジしてもらってそこまで怒るかな?
「俺もわからなくて。でも、失礼なことしているのは確かだしね。親しくない人に髪を触られるのを、女性は嫌うっていうし」
穂波君はそう言って一息ついてから、続ける。
「今朝の集会の前に会ったあの子も、前に俺が髪をアレンジさせてもらった子で。また君の髪を触りたいなって言ったら、喜んでくれたんだ。比較的親しく話をすることも増えたし、今度は休みの日に遊びに行こうという話になっていたかな。彼女は、昨日の帰りに俺が本田さんといるところを見たらしくて。何で他の子と帰るの!て怒られたんだ。そして、他の子の髪を触るなんて、最低、と言われてレバーをドスン……」
「だんだん話が見えてきたね」
「うん……」
穂波君を取り巻く変な状況の全体像が見えてきた。
ようするに、自業自得だということが。
「ひょっとして、穂波君。今朝みたいなやり取りって今まで何度もある?」
わたしがそう尋ねると穂波君は目を丸くする。
「すごいな、何で分かるの?2年生になってからだと、もう今朝ので30回目くらいかな」
「……」
予想よりも遙かに大きな数字にコメントを失う。
「なんか、不潔だね」
とまほりが呟く。
それはあまりにもひどいけれど、言わんとしていることは分かる気がする。
「多分俺は、女子に嫌われているんだと思うんだ。バスケ部でも女子部の先輩が俺のことたまに睨んでいるし」
それはたぶん……高塚先輩だろうな。
「穂波君は多分、嫌われてるんじゃないと思うよ」
「え?」
「好かれすぎて厄介なことになってるんだと思うな」
この場合、恋愛事に鈍いわたしでもさすがに分かる。
「みんな、髪をアレンジしてもらって、穂波君のこと好きになっちゃったんじゃないかな」
「好き?でも、みんな顔を赤くして怒っていたし、話かけてもそっけなくなったよ」
「穂波君、女心分かってなさすぎだよ!ドッキドキだから、顔が赤くなるし上手く話も出来なくなるんだよ!」
にわかにいきり立って、まほりが身を乗り出す。
「まほりもそんな経験が?」
わたしが聞くとまほりは頬をぽっと赤らめる。
「わたしは、黒魔術研究会の極黒謎男先生にメロメロだもん~」
「あ、そう。うん、そっち系の人ね」
話が大幅にずれそうなので、あまり深入りはしない。
「けど、まほりが言ってたの、多分当たってると思う。穂波君って髪の毛の触り方優しいし、アレンジしてもらっている間に好きになっちゃうっていうのも分からなくないもん」
幸太郎基準で男子を見ているせいか、穂波君の所作ひとつひとつが新鮮な面はたしかにある。
「本田さんは?」
一般論を言ったつもりが、思いがけない突っ込みが入る。
「え?わたし?」
「本田さんは好きになってくれる?」
穂波君は柔らかい表情で、でも、どこか強引さがある雰囲気をかもしながら聞いてくる。
「わたしそういうの鈍いからな。恋愛でっていうなら、正直ね、あんまり興味ないし」
「そう」
「でも、もしもわたしが穂波君のこと好きで、他の女の子の髪の毛を触っているの見たら、いい気はしないかも。ま、経験あるわけじゃないし、漫画とかドラマレベルの感覚で話してるけど」
「じゃあ、逆に、もしも俺に好きな人がいたなら、その人以外にはしないほうが良いってことなのかな」
「そうだね、たぶん」
穂波君って意識していないだけで、髪の毛を使ってナンパしているようなものだし。
その数が今年度になって、30回なら、どんだけのナンパ師なんだよって話だ。
「そっか。それだったら、本田さん。気が向いたときでいいから俺に髪の毛をアレンジさせて欲しいんだ。出来れば服も含めてトータルコーディネートまで。いや、食事から、ひいては内臓のコーディネートまで」
「え、内臓!?いや、穂波君。変だよ。だって好きな人にしかしないって――」
「好きだよ、本田さん」
「な……」
「椎名さんも、話を聞いてくれてありがとう。明日お礼にお弁当作ってくるから、食べてくれないかな」
「オッケー。イカ入れてねイカ。イカ天でも、するめでも、可」
「うん、分かった。本田さんはどんなのが良い?ハムでハートマーク作って、お花畑サラダ作ってもいいかな?」
「ミサ、ハム好きだよ。ミサはハムで出来てるといっていい」
「そう。なら良かった。可愛いお弁当が出来る」
何これ、今とんでもないことをさらっと言われた気がするのに、何でもないように会話が流れていく。
でも、ああそっか。友達として好きってことなのかも。
好きだなんて言われたことなかったから、つい焦っちゃったけ――
「本田さんが俺のお弁当食べて、内臓からぎゅっと捕獲して、俺のこと好きになってくれると嬉しいな。そうすれば、一緒に手を繋いで帰れるし」
「は、はい!?」
内臓から捕獲されるの、わたし?
「乙女っぽい願いだね」
「ああ、同じ部活の奴と約束しているから、行かないとだ」
穂波君は腕時計を確認すると、ため息をつきつつ席を立つ。
「名残惜しいけど、またね、本田さん。また明日会えるの楽しみにしてるよ」
穂波君はわたしににっこりと笑いかけ、去っていった。
その背後に、お花畑が見えたような気がした。
「ミサ、モッテモテだね。おまじない効いたのかな」
「そ、そんなバカな……。おまじないははね返されたんじゃなかったの?」
「あはは」
明らかな棒読みでまほりは笑う。
「まほりぃ」
まさかこんなかたちで、人生初めての告白をされるとは思わなかった。
ん……初めて、だよね。
金の――――。
また今朝の嫌な予感がして考えるのを中断した。
何だろう、ものすごく嫌な予感がする。
その後のわたしはとっても忙しかった。
まず落とした箒を取りに行って、箒をぶつけてしまった男の先輩に、お詫びに一緒にカラオケ行こう、としつこくナンパされ続けながらも何とか交わしつつ謝った。
チャラくて有名な先輩に当たってしまったのが運のつきだ。
次に「マルチーズ見ませんでしたか?」と掃除中の校内を聞いてまわり、用務技師室に逃げ込んでいた幸太郎をやっと探し出した。
幸太郎にデコピンを食らわしたあと、幸太郎を放課になるまで預かってくれるように用務技師さんに頼んで教室に帰ると、SHRの時間に大幅に遅れていた。
結局、遅刻と犬のこととで、後で職員室に来るように、と笠井先生にお説教の宣言を受けてしまった。
そんなこんなで、体が空いたのは11時半をまわった頃だった。
2階の職員室から3階の教室の階段をのぼる途中、
「今日こそは、ボーイミーツガールを上手く演出しなければなるまい。そこのき――いや、今日は友引、昼は凶と出ている……。駄目だな」
昨日聞いたのと同じ声を背後から聞いた。
昨日のように振り向くと、サッと影が動いて誰かが去っていく気配がする。
「……」
わたしは何も聞かなかった。
うん、何にも聞かなかったし、見なかった。
そう自分に暗示をかけて、教室へと向かう足を速めた。
教室に戻ると、まほりが1人残って机で本をめくっていた。
「ごめん待たせちゃって……」
「あ、ミサ。おかえりー」と言って本から顔を上げる。
「しぼられた?」
「うん、ペットを大切にするのはいいけど、学校まで連れてくるのはいただけないって」
「今日は生徒も先生も多いしね。明日になればまた楽に連れて来れると思うけど」
「でも、それより早く元に戻すことを考えないとだね」
「じゃ、さっそくコータロー君迎えに行く?」
まほりは本を閉じる。
「あ、でもちょっと待ってその前に、穂波君と約束が――」
がらがらと教室の引き戸を開け、穂波君が入ってくる。
タイミングがあまりにも良すぎる。
ひょっとして話、聞かれた?
けれど、
「ちょうど良かった。本田さんに椎名さん。朝のことで、ちょっと話させてもらえないかな」
と特に変わった様子もなく穂波君はそう言った。
聞かれてないみたいだ。
「魔界との交信のことだね。もちろん聞かせてもらいたいな」
「まだそのネタ引っ張るのか」
「じゃあ、少し場所移動しようか。ここだと誰か荷物を取りに帰ってくるし」
「そうだね」
誰かに聞かれたくないことなのかな。
わたし達3人は、昨日まほりと幸太郎とわたしとでお昼をしていた東屋へと向かった。
今日もたまたま誰も使っていなかったので、使うことにしたわけだけれど。
「……」
わたしとまほりを対面にして座った穂波君は、先ほどから、とても切り出しづらそうにして手で口を押さえている。
主に、じぃっとものすごい目力で見つめているまほりが原因だと思うけれど。
「ところで、穂波君?あの話きかせて?」
この状態で膠着してもらちがあかないので、わたしがそう言うと、少し間をおいて、
「どう説明していいか良く分からないけど」
と穂波君は切り出した。
「俺、女の子が好きなんだ。たぶん、他の男より」
とたん、空気が冷えしまって、凍るのを感じた。
「男の子が好きなんだって言われなかっただけ、ましだね」
とまほりは言う。
「いや、そういう問題!?」
「2人とも、どうしたの。俺、何か変なこと言ったかな」
「変っていうか、しょっぱなから爆弾落としたっていうか……」
女の子2人目の前にして、女の子が好きなんだ、と告白することにどんな意図が?
「穂波君、今のだとわたし達のこと口説いてるようにしか見えないよ?」
「く、口説く?」
まほりがそう言うと、穂波君は弾かれたようにしてわたし達を見ると、それから見る見るうちに顔を赤くしていった。
「ただ、女の子の持つ柔らかそうな髪とか、着ている可愛い服とかグッツとかそういうのが好きってことが言いたくて……」
「変態?」
しどろもどろの穂波君にまほりは追い討ちをかける。
「どうしてここでドSになるの、まほり!?」
「気分で?」
小首をかしげてまほりは言う。
ああ、可愛い、可愛い。
突っ込むのもめんどくさい。
向かいの穂波君を見ると、額に手を当てうな垂れていた。
このポーズ、穂波君の定番になりつつあるな……。
「そ、そんなに落ち込まないで。可愛いもの好きなのって別におかしいことじゃないと思うよ?」
「本田さん……」
「けど、それがどうして朝のことに関係あるの?」
「それは……」
穂波君の視線がわたしの顔の方に向く。というより多分、髪の方に。
おもむろに手が伸びてきて、わたしの予想通り、わたしの髪をすく。
「好みの髪を見ると、触らずにいられなくなるんだ。なるべく我慢しようとはしているんだけど」
「だから、わたしの髪を?」
穂波君は頷く。
「そして更に気分がのってしまうと――」
穂波君はどこから取り出したのか、櫛を手にするとわたしの髪をすいて、手早く編みこみを作るとカチューシャのような形にしてピンで留めた。
まあ見えたわけじゃないから、そうやってるんだろうな、と思っただけだけれど。
「わお、ミサ可愛い」
「……こんな風に勝手に髪をアレンジしてしまうんだ」
と言いながら、これまたどこから取り出したのか手鏡をわたしに向ける。
綺麗な編みこみが額の上を横断している。
「すごい!手先、器用なんだね」
「ありがとう。でも、そういってくれるのは本田さんくらいだよ」
穂波君はそう言って微笑むけれど、表情に力がない。
「どういうこと?」
「前にも何度か、リミッターが振りきれて今みたいなことをクラスの子や委員会が一緒の子にしてしまったことがあったんだけど。そのときは、みんな決まってその場で顔を真っ赤にして怒って、次の日になるとまともに口を利いてくれなくなる」
「変な話だね」
とまほりは言う。
「でも確かに、どうして怒るんだろう」
突然髪を触られるのは嫌な子は嫌かもしれないけれど、可愛くアレンジしてもらってそこまで怒るかな?
「俺もわからなくて。でも、失礼なことしているのは確かだしね。親しくない人に髪を触られるのを、女性は嫌うっていうし」
穂波君はそう言って一息ついてから、続ける。
「今朝の集会の前に会ったあの子も、前に俺が髪をアレンジさせてもらった子で。また君の髪を触りたいなって言ったら、喜んでくれたんだ。比較的親しく話をすることも増えたし、今度は休みの日に遊びに行こうという話になっていたかな。彼女は、昨日の帰りに俺が本田さんといるところを見たらしくて。何で他の子と帰るの!て怒られたんだ。そして、他の子の髪を触るなんて、最低、と言われてレバーをドスン……」
「だんだん話が見えてきたね」
「うん……」
穂波君を取り巻く変な状況の全体像が見えてきた。
ようするに、自業自得だということが。
「ひょっとして、穂波君。今朝みたいなやり取りって今まで何度もある?」
わたしがそう尋ねると穂波君は目を丸くする。
「すごいな、何で分かるの?2年生になってからだと、もう今朝ので30回目くらいかな」
「……」
予想よりも遙かに大きな数字にコメントを失う。
「なんか、不潔だね」
とまほりが呟く。
それはあまりにもひどいけれど、言わんとしていることは分かる気がする。
「多分俺は、女子に嫌われているんだと思うんだ。バスケ部でも女子部の先輩が俺のことたまに睨んでいるし」
それはたぶん……高塚先輩だろうな。
「穂波君は多分、嫌われてるんじゃないと思うよ」
「え?」
「好かれすぎて厄介なことになってるんだと思うな」
この場合、恋愛事に鈍いわたしでもさすがに分かる。
「みんな、髪をアレンジしてもらって、穂波君のこと好きになっちゃったんじゃないかな」
「好き?でも、みんな顔を赤くして怒っていたし、話かけてもそっけなくなったよ」
「穂波君、女心分かってなさすぎだよ!ドッキドキだから、顔が赤くなるし上手く話も出来なくなるんだよ!」
にわかにいきり立って、まほりが身を乗り出す。
「まほりもそんな経験が?」
わたしが聞くとまほりは頬をぽっと赤らめる。
「わたしは、黒魔術研究会の極黒謎男先生にメロメロだもん~」
「あ、そう。うん、そっち系の人ね」
話が大幅にずれそうなので、あまり深入りはしない。
「けど、まほりが言ってたの、多分当たってると思う。穂波君って髪の毛の触り方優しいし、アレンジしてもらっている間に好きになっちゃうっていうのも分からなくないもん」
幸太郎基準で男子を見ているせいか、穂波君の所作ひとつひとつが新鮮な面はたしかにある。
「本田さんは?」
一般論を言ったつもりが、思いがけない突っ込みが入る。
「え?わたし?」
「本田さんは好きになってくれる?」
穂波君は柔らかい表情で、でも、どこか強引さがある雰囲気をかもしながら聞いてくる。
「わたしそういうの鈍いからな。恋愛でっていうなら、正直ね、あんまり興味ないし」
「そう」
「でも、もしもわたしが穂波君のこと好きで、他の女の子の髪の毛を触っているの見たら、いい気はしないかも。ま、経験あるわけじゃないし、漫画とかドラマレベルの感覚で話してるけど」
「じゃあ、逆に、もしも俺に好きな人がいたなら、その人以外にはしないほうが良いってことなのかな」
「そうだね、たぶん」
穂波君って意識していないだけで、髪の毛を使ってナンパしているようなものだし。
その数が今年度になって、30回なら、どんだけのナンパ師なんだよって話だ。
「そっか。それだったら、本田さん。気が向いたときでいいから俺に髪の毛をアレンジさせて欲しいんだ。出来れば服も含めてトータルコーディネートまで。いや、食事から、ひいては内臓のコーディネートまで」
「え、内臓!?いや、穂波君。変だよ。だって好きな人にしかしないって――」
「好きだよ、本田さん」
「な……」
「椎名さんも、話を聞いてくれてありがとう。明日お礼にお弁当作ってくるから、食べてくれないかな」
「オッケー。イカ入れてねイカ。イカ天でも、するめでも、可」
「うん、分かった。本田さんはどんなのが良い?ハムでハートマーク作って、お花畑サラダ作ってもいいかな?」
「ミサ、ハム好きだよ。ミサはハムで出来てるといっていい」
「そう。なら良かった。可愛いお弁当が出来る」
何これ、今とんでもないことをさらっと言われた気がするのに、何でもないように会話が流れていく。
でも、ああそっか。友達として好きってことなのかも。
好きだなんて言われたことなかったから、つい焦っちゃったけ――
「本田さんが俺のお弁当食べて、内臓からぎゅっと捕獲して、俺のこと好きになってくれると嬉しいな。そうすれば、一緒に手を繋いで帰れるし」
「は、はい!?」
内臓から捕獲されるの、わたし?
「乙女っぽい願いだね」
「ああ、同じ部活の奴と約束しているから、行かないとだ」
穂波君は腕時計を確認すると、ため息をつきつつ席を立つ。
「名残惜しいけど、またね、本田さん。また明日会えるの楽しみにしてるよ」
穂波君はわたしににっこりと笑いかけ、去っていった。
その背後に、お花畑が見えたような気がした。
「ミサ、モッテモテだね。おまじない効いたのかな」
「そ、そんなバカな……。おまじないははね返されたんじゃなかったの?」
「あはは」
明らかな棒読みでまほりは笑う。
「まほりぃ」
まさかこんなかたちで、人生初めての告白をされるとは思わなかった。
ん……初めて、だよね。
金の――――。
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