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14.ディランの気持ち

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「ディラン様に近寄られると、澱みが溜まるそうよ」

「まぁ、気をつけなくては」

「触られると消滅すると聞いたわ」

「まぁ! こわい。見た目は麗しいのにもったいないことね」





 ディランが天界にいたころ、そんな噂が流れた。
 ディランは澱みへの耐性が強い。ただ、それだけであったが、憶測が憶測を呼んだ。





 そんな中、悲劇が起きた。最高神と共にディランが歩いていた時であった。ちょうど曲がり角に差し掛かったところで、反対側から曲がってきた一柱の神がディランにぶつかった。

「ひぃ! 澱みがうつる!」

 悲鳴をあげて逃げ出した、その神のあまりの無礼さに、最高神は激怒した。
 そうして、その神は消されたのだった。しかし、デ・ィ・ラ・ン・に・ぶ・っ・か・っ・て・一・柱・の・神・が・消・さ・れ・た・という事実が残ってしまった。しかも、“澱みがうつる”という発言と共に。
 ますます、ディランは忌み嫌われるものとなっていってしまったのだ。



「ディラン。もしも望むのならば、地獄の神になるか?」

「最高神。お気遣いありがとうございます。ここにいたら、皆様を不安にさせてしまうでしょう。私も一人の方がいいので、地獄に向かいます」

 最高神は苦渋の決断を下した。兄弟を地獄に送るのだ。当時は管理者もおらず、もっと澱みが多かった地だ。ディランなら治められるであろうという信頼。そして、口さのない噂話からディランの心を守るため。贖罪のため。

 好きな生物を連れて行っていいという最高神に、ディランは断りを入れた。しかし、一羽のカラスがこっそりとついていってしまったのだ。





ーーーー
 地獄の神となり、地獄から天界に出てくることもあるディラン。

「まぁ。地獄の神よ」

「澱みが移ったら大変だわ」

「早くあちらに行きましょう」

 表面上では、神々への礼をとる者たちも、心の奥底の考えは表情に現れている。
 前回の反省から、最高神は何もしないことをディランに約束していた。
 ディランが暴君であれば、自らの権力を傘に着て神々を消したかもしれない。穏やかな性質のディランは何もしないが故に、ますます距離が開いていく。

「孤高のディラン様。素敵。近寄るものは許さないわ」

 加えて、業務上仕方なく関わった神々も日陰の神から攻撃を受ける。もっとも、ディランは上位の神と関わることが多かったため、無意味な攻撃であった。しかし、ディランと関わると悪いことが起きるという印象は、より一層深まってしまった。

「別に、構わない。放っておけ。基本的には、クロウが代わりに天界に行ってくれたらそれでいい」

 処刑の神と化したクロウが憤っても、ディランはそう言い含めて聞かせた。


 そんな折、テラスとディランは衝突した。

「大丈夫か?」

 思わず差し出してしまった己の手を、引っ込めようとする。クロウが手を取れと騒いでいるが、それは難しいだろう。謝り倒しているその少女が慌てて手を取ろうとした時には、“こんな自分に触らせてしまって”という罪悪感に苛まれた。
 だが、その少女が手を取った時には、驚きが打ち勝った。耐性はあるといえども、多少地獄の澱みのダメージを受けていたディランの手から清涼な空気を感じたのだ。
 クロウを叱り、気をつけて、と声をかけながらも心は少女の力に疑問を抱いたままであった。



 かの少女は何者なのか、クロウに秘密裏に調査させた。
 テラスという名の少女は、浄化魔法が使える。その事実を知った時に、テラスへの興味を失うことはなかった。むしろ、執着と言っていいほどの関心を持ってしまっていた。
 テラスの不遇を知り、周囲を恨んだ。そんな主人を心配したクロウが、テラスを地獄に堕とすように最高神にこっそりと手紙を送ったのだった。

 ディランの人となりを知り、今の地獄で過ごせば、テラスも地獄を気にいるだろうという最高神の判断から、テラスは地獄に堕とされた。本来、異動前には打診があるはずだが、それがないことも異例中の異例の人事であった。
 その後、テラス本人の意思や体調については、ディランから定期的な報告が上がっており、想定以上の浄化力に最高神はテラスの採用過程に疑念を抱いていた。





ーーーー
「近くにいた者から聞くと、報告よりも凄惨な職場だったことがわかるな」

 ミコからテラスの業務状況を聞いたディランは、最高神に報告に行こうと決断した。普段だったら、クロウに手紙を持たせるだけで済ませていたはずだが、テラスのためなら直接自ら天界に行こうと判断したのだった。
 そのことに、周囲の者は大変驚いた。本来、最高神がテラスが大聖女として生まれ変わるべきであった事実を知ったら、即座にその世界に転移させなければならなかった。それでも、テラスの気持ちを優先させたことには、ディランにプラスに働く存在と判断されたことも大きい。


「テラスが大聖女、か」

 テラスが地獄からいなくなってしまうかもしれない、そう思うとディランは胸が張り裂けそうに痛んでいたのだった。



「私は…………地獄で働きたいです」

 テラスの言葉を聞いて、その場にいた者は全員胸を撫で下ろした。
 ディランにとっても、それは同じであった。いや、誰よりも大きく安心したかも知れない。

 安心したのも束の間、日陰の神にテラスが消滅させられそうになって、ディランは激怒した。
 ディランは怒りから即座に日陰の神を消したかった。ただ、神を消し、下手に噂が流れると面倒臭いことを誰よりも自分が知っている。そして、自分よりもか弱い神の使い人という立場のテラスだ。何をされるかわかったものではない。また、心優しいテラスもそのようなことは望んでいないだろう。そのため、警告という形で済ませることにした。

「二度とテラスにあんな目に合わせない」

 そう誓ったディランは、テラスに危害を与える可能性のある自身の関係者を全て洗ったのだった。
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