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06:6月のサカナ
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「え?」
一瞬、頭の中が真っ白になり、すぐに車を止める。
茨城の高速インターを降り、少し走ったあたりに、ひとが立っていたのだ。
すれ違った歩道の上、停止した車の五十メートル後方で立ち止まり、こちらを見ているのは……。
「……こ、子供?」
小柄なふたり連れだった。どちらも大きなリュックを背負い、フードをかぶっている。
「てか、やっぱり、いたの?」
車から降りて、子供の方を見ると、戸惑い怯えている様子が感じられる。
手を振ってみる。ふたりは一度顔を見合わせてから、おずおずと手を振り返してくる。
僕はゆっくり、ふたり連れの子供に近づいてゆく。
……おい、大丈夫か。法も秩序も消えたこの世界では、子供だって何をするかわからない、危険な存在になり得るだろう。いっそ、見なかったことにして、このまま去ってしまえよ。こら。
頭の中で、自分への警戒警報が鳴り響くけれど、僕の足は止まらなかった。
「…………」
ふたりの前に立つ。小学生くらいの男の子がふたり。ひとりが心持ち、もうひとりをかばうようにして立っている。
「やあ、こんにちは」
笑顔を浮かべて、挨拶をする。ふたりともギョッとした様子を見せ、もう一度顔を見合わせてから、少し身体の大きい方の子が、僕に返事を返してくる。
「こんにちは……」
小さく頭を下げ、声変わり前の高い声で言う子も、その後ろに隠れるようにしている子も、どちらも少女のように端正な顔立ちをしていた。
「ええと、……君たちは、ふたりだけ?」
少し間を置き、そうですと、先生に答えるように丁寧に答えてくる。
「そうか。……ひと、いなくなっちゃったよね?」
こくりと頷くふたり。僕も頷く。
「それなのに、よく、無事だったね」
素直にねぎらいの気持ちを伝える。こんな小さな子が、どうやって生き延びてきたのだろうか。
「あの、僕たち、お腹がすいてるんです。ごはん、何かあれば……」
大きな方の子に言われ、そうかと頷き、おいでと車に促す。大丈夫そうだから行こうと、小声で囁き合うふたりは兄弟だろうか。
ブレッドタイプの栄養食品を渡し、ふたりが夢中でそれを食べている間に、カセットコンロでお湯を沸かし、カップラーメンを調理して出す。
よほど空腹だったようで、ふたりとも道路の縁石に座ったまま、あっと言う間にそれらを平らげてしまい、さらに差し出した菓子類も、嬉しそうに口に運んでゆく。
「あ、やべ」
外で調理をしたので、匂いにつられてか、野犬がちらほら姿を見せてくる。それに気が付いたふたりは、怯えた様子を見せる。
「中に入って」
ふたりを車内の後席に乗せ、運転席に乗り込み、少し離れようと車を出す。
「あいつら、ヤバいだろ。これまで、大丈夫だった?」
「怖かった」
「ネズミも、いるよね?」
「はい。食べ物みんな、食べられちゃった」
「そうか。どこもそれは、同じかあ……。あ、僕は晶です。よろしく」
久しぶりに、自分の名前を口にした。誰とも会わず、誰とも話すことがないと、名前というものは必要なくなるのか。
「……トシキです。こっちは、アヤカ」
もうひとりは女の子だったのか。ふたりして初夏なのにフードを被っていたので、見分けがつかなかった。
「いくつ? 僕は、十九歳」
「十一歳。アヤカは、ひとつ下」
小学五年生と、四年生というところか。そのくらいにしては、ふたりとも小柄な方に見える。兄妹かいと聞くと、はいとトシキが答える。
「これまで、どこにいたの?」
「しばらくは、ここからずっと遠くの、自分の家にいました。誰かが助けに来るかなって……。でも、誰もこないし、ご飯がもうなくなっちゃって」
家はどこなのかと聞くと、知らない地名が返ってきた。ここよりもはるか北にある町だとトシキは言った。食料を求めて、ひとのいそうな東京を目指していたのだとも。
ふたりは服も体もひどく汚れ、疲れ果てている様子だった。車の運転もできそうにない小さな体で、ここまで懸命に生き延びてきたのだろう。
「あの、消えちゃったみんな、どこにいるんですか? 僕ら、どこに行けばいいですか?」
そうトシキが聞いてくる。つまり、ようやく見つけたこのふたりも、それは知らないということか。
「僕もわからなくて。君たちはひとが消えてから、僕以外に誰かと会ったかい?」
曖昧に首を振るトシキ。言い辛いことでもあるのだろうか。情報を得たい気持ちもあるけれど、それよりもまず、ふたりを落ち着かせてやりたかった。
「今から、どこかへ行くあてはある?」
「いえ、なんにも……」
「ひとまず、うちに来る?」
兄妹を風呂に入れている間に、食事の支度をする。いくつか残っていた高級肉を、ここぞとばかりに電子レンジで解凍する。お前らいい出番が巡ってきたぞと。
「お、上がったかい。いい湯だったろ」
「はい」
だぼだぼの部屋着に着替えたふたりから、湯上りの匂いがする。なんだかほっとさせられる。家族の匂い、とでもいうのだろうか。
「僕用のだから、上とかサイズ大きかったよな。明日、ちゃんとした部屋着を探してこようか。洗面台の横に、ドライヤーあるから」
兄が優しそうに、妹の髪を乾かしてゆく。その眺めも、音も匂いも、心を穏やかにさせてくれる。
「冷えてるの、久しぶり」
冷蔵庫で冷やしたジュースを出すと、感慨深そうに言うトシキ。
「電気が使える家は、見つからなかったかい?」
「そんなの、あると思わなかったんです。どこも全部、止まっちゃってたし」
もうちょっとだから、テレビ見て待っててくれと言い、調理に戻る。ちらりと窺うと、全く喋らないアヤカが目を輝かせて、アニメ映画に食い入っている。
「……これ、食べていいんですか?」
「まだあるぞ。パスタ、茹ですぎちゃった」
本来、このくらいの人数で使うのが似合っていたのだろう、小林邸リビングの広いテーブルに、ずらりと並べられた料理を前にして、トシキもアヤカも目を丸くする。
とっておきの霜降り肉を焼き、大事にしていた冷凍野菜を炒め、パスタを茹でて、数種類のレトルトソースをあえて並べる。他にもレトルトのミネストローネスープやら、高級缶詰をこれでもかと出してみた。皿や器が全て紙製で、箸は割りばし、スプーンもプラスチック製品の使い捨てであるのは、まあ仕方がない。
昼間と変わらない勢いで、夢中になって料理を口に運んでゆくふたり。山のように盛られたその全てを、きれいに食べきってしまった。
「お互い色々と、聞きたいこともあるだろうけど、今日はもう疲れたろ。ゆっくり休んでくれ。明日な」
温かな風呂と、温かな食事を久しぶりに満喫し、緊張からの疲れもどっと出ただろうふたりを、僕は早めに休ませることにする。
「二階にベッドのある部屋がふたつあるから、好きな方使ってくれ。どこもエアコン効くから涼しくしててな。別々の部屋使ってもいいし」
アヤカがすがるような目で兄を見ると、トシキが照れくさそうに言う。
「あの……、妹と、一緒に寝ます」
「うん、そうしてくれ。優しいな」
ふたりを寝床に案内し終えてから、後片付けにかかる。
洗い物は一切していないので、使った容器をゴミ袋に詰め、二重にして固く密封する。ゴミを焚火で燃やすことも試してみたが、毎回やるのはひどく面倒なので、毎日近くの川べりまで埋めに行っている。
片付けが終わり、電気を消して、ソファで横になる。
「他にも、いたのかあ……」
……自分以外の、生きている人間が。
探していたはずなのに、実際に見つけてしまうと、戸惑うばかりだった。そもそも僕は、どうして保護でもするように、ふたりをここまで連れて来たのだろう。
ふたりの窮状は察せられた。かといって、面倒よく人助けをするような性格では、僕は決してなかった。死ぬことばかり考えていたので、そういう発想がなかったのだ。
「まあ、ほっとけないよなあ。てか、あれ……?」
……なんか僕、忘れてないか? 確か今日は、もう死ぬつもりで……うん?
闇の中に、誰かが立っている。
トシキだった。そっと階段を降りてきて、目の前まで忍び寄っていたのか。
暗闇の中で手に持ち、構えているのが拳銃だとわかる。
……いいの持ってるな。あれなら、何の面倒もなく……。
「ちょっと待って」
手を挙げて言い、ソファから身体を起こす。
「動かないで。もうちょっと動いたら、撃つから」
トシキが言う。声は冷静で、ためらいも無さそうだ。素晴らしい。
「いや、撃って欲しいんだ」
ソファに横向きに腰掛け、こめかみに指を当てて言う。
「角度悪いと、ちゃんと貫通しないで跳ね返ったりするらしくてさ。即死し損なって痛いのはイヤだから、ほら、ここに銃口押し付けてやってくれ」
本当は口にくわえ、斜め上に撃つのが一番確実らしいのだけど、銃身がまずそうで嫌だった。
目を閉じて、あっけない瞬間を待つ。けれども、なかなかそれは来ない。じらすのも適当に済ませてくれと思う。
「……アヤカが目当てで、ここに連れてきたんでしょ。そうは、させないから」
「んー?」
昼間よりも一オクターブほど低い声の、トシキの思いつめた言葉を反芻し、意味を飲み込む。
「え、僕が? ……あー、ありなのかなあ。……いやー、アヤカまだ小さいし、いくらなんでも、そりゃないだろ」
笑いながら言う。怒って撃ってくれないだろうか。むしろ撃たせるように、動いた方がいいのだろうか。
「されてたよ。ずっと、そうされてた」
重い感情のこもった声で、トシキが言う。
「ひとが消えた後に、僕らの面倒を見るとか言って近づいてきたあの男も、……アヤカを、……自閉症で、言葉も感情も上手く出せないアヤカを、毎日……」
「もうひとり、生き残りいたの? そいつ、今どうしてんの?」
「…………」
トシキは答えない。その沈黙が雄弁に語ることを想像すると、さらに期待が膨らむ。
「よし、僕をそいつだと思って、もっぺんやってくれ」
もう一度目を閉じ、待っていると、トシキが聞く。
「死にたいの?」
いい質問だ。答えるしかない。
「死にたいんだ。頼む」
迷っているなら、迷いを取り払ってやればいいだろう。君の行動は間違っていないぞと、自信をつけて背中を押してやろう。
「なあ、やるならさっさとやった方がいいぞ。こんな相手でも、油断してると隙を見て逆襲されるぞ。アヤカを救えないぞ」
早くしろ。いっそ銃を借してもらって、自分でやらせてもらえないかな。
「あ、この家、この通り電気も使えるし、物もいっぱい溜めてあるから、ふたりで使ってくれ。無駄にならなくてよかったよ」
「僕、もう、そんなのしたくない」
銃を握る手がすうと下り、トシキがうなだれる。
「でも、ああするしか。僕じゃ、……アヤカを守れなくて。でも、でも僕、……僕」
激しく嗚咽し、床に崩れ落ちかけるトシキを、僕は抱き止め、震える身体を支える。
闇の中で、僕の胸の中で、トシキはむせび泣く。それでも、二階のアヤカに届かないようにと、声を押し殺しているのがわかる。小さいこの背中で、これまでどれだけのものを背負ってきたのか。
「……大丈夫さ。もう、何も心配するな」
努めて優しく言いながら、僕は思う。
もうちょっとだけ、生きておかないとだめかなーと。
一瞬、頭の中が真っ白になり、すぐに車を止める。
茨城の高速インターを降り、少し走ったあたりに、ひとが立っていたのだ。
すれ違った歩道の上、停止した車の五十メートル後方で立ち止まり、こちらを見ているのは……。
「……こ、子供?」
小柄なふたり連れだった。どちらも大きなリュックを背負い、フードをかぶっている。
「てか、やっぱり、いたの?」
車から降りて、子供の方を見ると、戸惑い怯えている様子が感じられる。
手を振ってみる。ふたりは一度顔を見合わせてから、おずおずと手を振り返してくる。
僕はゆっくり、ふたり連れの子供に近づいてゆく。
……おい、大丈夫か。法も秩序も消えたこの世界では、子供だって何をするかわからない、危険な存在になり得るだろう。いっそ、見なかったことにして、このまま去ってしまえよ。こら。
頭の中で、自分への警戒警報が鳴り響くけれど、僕の足は止まらなかった。
「…………」
ふたりの前に立つ。小学生くらいの男の子がふたり。ひとりが心持ち、もうひとりをかばうようにして立っている。
「やあ、こんにちは」
笑顔を浮かべて、挨拶をする。ふたりともギョッとした様子を見せ、もう一度顔を見合わせてから、少し身体の大きい方の子が、僕に返事を返してくる。
「こんにちは……」
小さく頭を下げ、声変わり前の高い声で言う子も、その後ろに隠れるようにしている子も、どちらも少女のように端正な顔立ちをしていた。
「ええと、……君たちは、ふたりだけ?」
少し間を置き、そうですと、先生に答えるように丁寧に答えてくる。
「そうか。……ひと、いなくなっちゃったよね?」
こくりと頷くふたり。僕も頷く。
「それなのに、よく、無事だったね」
素直にねぎらいの気持ちを伝える。こんな小さな子が、どうやって生き延びてきたのだろうか。
「あの、僕たち、お腹がすいてるんです。ごはん、何かあれば……」
大きな方の子に言われ、そうかと頷き、おいでと車に促す。大丈夫そうだから行こうと、小声で囁き合うふたりは兄弟だろうか。
ブレッドタイプの栄養食品を渡し、ふたりが夢中でそれを食べている間に、カセットコンロでお湯を沸かし、カップラーメンを調理して出す。
よほど空腹だったようで、ふたりとも道路の縁石に座ったまま、あっと言う間にそれらを平らげてしまい、さらに差し出した菓子類も、嬉しそうに口に運んでゆく。
「あ、やべ」
外で調理をしたので、匂いにつられてか、野犬がちらほら姿を見せてくる。それに気が付いたふたりは、怯えた様子を見せる。
「中に入って」
ふたりを車内の後席に乗せ、運転席に乗り込み、少し離れようと車を出す。
「あいつら、ヤバいだろ。これまで、大丈夫だった?」
「怖かった」
「ネズミも、いるよね?」
「はい。食べ物みんな、食べられちゃった」
「そうか。どこもそれは、同じかあ……。あ、僕は晶です。よろしく」
久しぶりに、自分の名前を口にした。誰とも会わず、誰とも話すことがないと、名前というものは必要なくなるのか。
「……トシキです。こっちは、アヤカ」
もうひとりは女の子だったのか。ふたりして初夏なのにフードを被っていたので、見分けがつかなかった。
「いくつ? 僕は、十九歳」
「十一歳。アヤカは、ひとつ下」
小学五年生と、四年生というところか。そのくらいにしては、ふたりとも小柄な方に見える。兄妹かいと聞くと、はいとトシキが答える。
「これまで、どこにいたの?」
「しばらくは、ここからずっと遠くの、自分の家にいました。誰かが助けに来るかなって……。でも、誰もこないし、ご飯がもうなくなっちゃって」
家はどこなのかと聞くと、知らない地名が返ってきた。ここよりもはるか北にある町だとトシキは言った。食料を求めて、ひとのいそうな東京を目指していたのだとも。
ふたりは服も体もひどく汚れ、疲れ果てている様子だった。車の運転もできそうにない小さな体で、ここまで懸命に生き延びてきたのだろう。
「あの、消えちゃったみんな、どこにいるんですか? 僕ら、どこに行けばいいですか?」
そうトシキが聞いてくる。つまり、ようやく見つけたこのふたりも、それは知らないということか。
「僕もわからなくて。君たちはひとが消えてから、僕以外に誰かと会ったかい?」
曖昧に首を振るトシキ。言い辛いことでもあるのだろうか。情報を得たい気持ちもあるけれど、それよりもまず、ふたりを落ち着かせてやりたかった。
「今から、どこかへ行くあてはある?」
「いえ、なんにも……」
「ひとまず、うちに来る?」
兄妹を風呂に入れている間に、食事の支度をする。いくつか残っていた高級肉を、ここぞとばかりに電子レンジで解凍する。お前らいい出番が巡ってきたぞと。
「お、上がったかい。いい湯だったろ」
「はい」
だぼだぼの部屋着に着替えたふたりから、湯上りの匂いがする。なんだかほっとさせられる。家族の匂い、とでもいうのだろうか。
「僕用のだから、上とかサイズ大きかったよな。明日、ちゃんとした部屋着を探してこようか。洗面台の横に、ドライヤーあるから」
兄が優しそうに、妹の髪を乾かしてゆく。その眺めも、音も匂いも、心を穏やかにさせてくれる。
「冷えてるの、久しぶり」
冷蔵庫で冷やしたジュースを出すと、感慨深そうに言うトシキ。
「電気が使える家は、見つからなかったかい?」
「そんなの、あると思わなかったんです。どこも全部、止まっちゃってたし」
もうちょっとだから、テレビ見て待っててくれと言い、調理に戻る。ちらりと窺うと、全く喋らないアヤカが目を輝かせて、アニメ映画に食い入っている。
「……これ、食べていいんですか?」
「まだあるぞ。パスタ、茹ですぎちゃった」
本来、このくらいの人数で使うのが似合っていたのだろう、小林邸リビングの広いテーブルに、ずらりと並べられた料理を前にして、トシキもアヤカも目を丸くする。
とっておきの霜降り肉を焼き、大事にしていた冷凍野菜を炒め、パスタを茹でて、数種類のレトルトソースをあえて並べる。他にもレトルトのミネストローネスープやら、高級缶詰をこれでもかと出してみた。皿や器が全て紙製で、箸は割りばし、スプーンもプラスチック製品の使い捨てであるのは、まあ仕方がない。
昼間と変わらない勢いで、夢中になって料理を口に運んでゆくふたり。山のように盛られたその全てを、きれいに食べきってしまった。
「お互い色々と、聞きたいこともあるだろうけど、今日はもう疲れたろ。ゆっくり休んでくれ。明日な」
温かな風呂と、温かな食事を久しぶりに満喫し、緊張からの疲れもどっと出ただろうふたりを、僕は早めに休ませることにする。
「二階にベッドのある部屋がふたつあるから、好きな方使ってくれ。どこもエアコン効くから涼しくしててな。別々の部屋使ってもいいし」
アヤカがすがるような目で兄を見ると、トシキが照れくさそうに言う。
「あの……、妹と、一緒に寝ます」
「うん、そうしてくれ。優しいな」
ふたりを寝床に案内し終えてから、後片付けにかかる。
洗い物は一切していないので、使った容器をゴミ袋に詰め、二重にして固く密封する。ゴミを焚火で燃やすことも試してみたが、毎回やるのはひどく面倒なので、毎日近くの川べりまで埋めに行っている。
片付けが終わり、電気を消して、ソファで横になる。
「他にも、いたのかあ……」
……自分以外の、生きている人間が。
探していたはずなのに、実際に見つけてしまうと、戸惑うばかりだった。そもそも僕は、どうして保護でもするように、ふたりをここまで連れて来たのだろう。
ふたりの窮状は察せられた。かといって、面倒よく人助けをするような性格では、僕は決してなかった。死ぬことばかり考えていたので、そういう発想がなかったのだ。
「まあ、ほっとけないよなあ。てか、あれ……?」
……なんか僕、忘れてないか? 確か今日は、もう死ぬつもりで……うん?
闇の中に、誰かが立っている。
トシキだった。そっと階段を降りてきて、目の前まで忍び寄っていたのか。
暗闇の中で手に持ち、構えているのが拳銃だとわかる。
……いいの持ってるな。あれなら、何の面倒もなく……。
「ちょっと待って」
手を挙げて言い、ソファから身体を起こす。
「動かないで。もうちょっと動いたら、撃つから」
トシキが言う。声は冷静で、ためらいも無さそうだ。素晴らしい。
「いや、撃って欲しいんだ」
ソファに横向きに腰掛け、こめかみに指を当てて言う。
「角度悪いと、ちゃんと貫通しないで跳ね返ったりするらしくてさ。即死し損なって痛いのはイヤだから、ほら、ここに銃口押し付けてやってくれ」
本当は口にくわえ、斜め上に撃つのが一番確実らしいのだけど、銃身がまずそうで嫌だった。
目を閉じて、あっけない瞬間を待つ。けれども、なかなかそれは来ない。じらすのも適当に済ませてくれと思う。
「……アヤカが目当てで、ここに連れてきたんでしょ。そうは、させないから」
「んー?」
昼間よりも一オクターブほど低い声の、トシキの思いつめた言葉を反芻し、意味を飲み込む。
「え、僕が? ……あー、ありなのかなあ。……いやー、アヤカまだ小さいし、いくらなんでも、そりゃないだろ」
笑いながら言う。怒って撃ってくれないだろうか。むしろ撃たせるように、動いた方がいいのだろうか。
「されてたよ。ずっと、そうされてた」
重い感情のこもった声で、トシキが言う。
「ひとが消えた後に、僕らの面倒を見るとか言って近づいてきたあの男も、……アヤカを、……自閉症で、言葉も感情も上手く出せないアヤカを、毎日……」
「もうひとり、生き残りいたの? そいつ、今どうしてんの?」
「…………」
トシキは答えない。その沈黙が雄弁に語ることを想像すると、さらに期待が膨らむ。
「よし、僕をそいつだと思って、もっぺんやってくれ」
もう一度目を閉じ、待っていると、トシキが聞く。
「死にたいの?」
いい質問だ。答えるしかない。
「死にたいんだ。頼む」
迷っているなら、迷いを取り払ってやればいいだろう。君の行動は間違っていないぞと、自信をつけて背中を押してやろう。
「なあ、やるならさっさとやった方がいいぞ。こんな相手でも、油断してると隙を見て逆襲されるぞ。アヤカを救えないぞ」
早くしろ。いっそ銃を借してもらって、自分でやらせてもらえないかな。
「あ、この家、この通り電気も使えるし、物もいっぱい溜めてあるから、ふたりで使ってくれ。無駄にならなくてよかったよ」
「僕、もう、そんなのしたくない」
銃を握る手がすうと下り、トシキがうなだれる。
「でも、ああするしか。僕じゃ、……アヤカを守れなくて。でも、でも僕、……僕」
激しく嗚咽し、床に崩れ落ちかけるトシキを、僕は抱き止め、震える身体を支える。
闇の中で、僕の胸の中で、トシキはむせび泣く。それでも、二階のアヤカに届かないようにと、声を押し殺しているのがわかる。小さいこの背中で、これまでどれだけのものを背負ってきたのか。
「……大丈夫さ。もう、何も心配するな」
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