生きてたまるか

黒白さん

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03:狂っているのは君のほう

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「ない……ないなあ。あれも、……違うな」
 ターミナル駅からもほど近い、見るからに高級住宅地であろうこの一帯を、ノロノロと車を走らせ探し回る。あきらかによそ見運転だが、おまわりさんはいないので、違反を取られる心配はない。そもそも無免許だし。それより、事故を起こしても救急車は来ないので、運転には極力気をつける。
「おっ、あそこ、大きなの乗せてるな」
 コンクリート造りの大きな一軒家には、屋上に大きなタンクと、ソーラーパネルが置かれていた。あれだ。
 小林という表札のある家の前で車を止め、敷地内にそれらしい機器があることを確認し、玄関へ向かう。
「開いてる……?」
 施錠されていた場合、こじ開ける準備もしていたけれど、家のドアは開いていた。おじゃましますと一応声をかけてから、靴を脱いで上がる。
「あった、これだ」
 デパートの家電売り場にあったものと同じ、家庭用ソーラーパネルと、家庭用蓄電システムの操作パネルが、リビングで見つかった。
 タッチパネルをあたりをつけて押してゆき、リビングのスイッチを入れると、天井の照明が点いた。
「すげえ、ついたよ……」
 一週間ぶりの電気の光、室内灯は目にまぶしく、心強かった。
 放送は当然止まっているけれど、テレビも点き、メディアが挿入されていたプレイヤーを再生すると、アニメ映画が映し出された。
 広いリビングには、業務用かと思えるくらいの、大きな冷蔵庫が置かれていて、キッチンは思った通りにオール電化だった。
「よし、ここだ」
 新しい拠点をここ、小林邸に決める。
 嬉々としてデパートまで戻り、大きなリュックを屋上まで背負い、食材を車まで積み込むことを繰り返す。
「……むかし、もう二度と、高いビルには登らないぞって映画が……あれ?」
 屋上の、少し離れた売店のあたりで、何かが動いている。
 何かと思い、そっと近づいてゆくと、放置したままのゴミにたかっている、ネズミだった。
「うわ、マジかよ……。ネズミ、来ちゃうんだな」
 ゴミをかじっていた数匹のネズミは、僕に気がつき、チュウチュウと逃げてゆく。
 気味が悪いので、さっさと残りの食材を運び出そうと売店に入ったところ……。
「うわああ」
 ざあっと、無数の足音と鳴き声を立てて、何十匹ものネズミが、店内から走って逃げて行った。世界が終わってから初めての、大きな悲鳴を情けなく上げていた。
 よく見ると、屋上のあちこちにネズミはたかっており、どれだけいるのか数えきれない。
「だ、だめだ」
 それ以上の食料の回収など思いもよらず、ほうほうの体で屋上から退散し、階段を下りてゆく。
「ここは、大丈夫かな……」
 寝場所にしていた寝具売り場では、菓子程度しか飲食はしていなかったので、大丈夫かと思ったけれど、ライトで照らすと、ネズミはやはりここにもいた。しかも、とんでもない数が、ざわざわと嫌な音と声を立て、光の輪の中から逃げてゆく。背筋を泡立たせながら、僕もデパートから逃げ出す。
 最後に一度だけ、地下の食品売り場へ向かいかけたが、かなり強く匂いがしてくる上に、かさかさと蠢く音が届いてくる。この奥はもう地獄絵図だろう。
 車に戻り、振り返ることなく、ターミナル駅前のデパートを後にする。
「あの世に行く前に、地獄を見つけてどうするんだよ……」

「……極楽だわ~。まだ、死んでないけど」
 一週間ぶりの風呂は、最高のひと言だった。
 ここ小林邸は、バスルームも含めてオール電化であり、そして電気が生きている。
 過去の震災以来、長期の停電に備え、ソーラーパネルでの自家発電と、蓄電池を使用し、電力の自給自足が可能な、オフグリットと呼ばれるこのような家が増えたのだという。
 受水槽はデパートと違って小さく、使えばすぐに空になってしまうけれど、外から水を入れて追い炊きすれば、新しい湯舟が張れる。まさしく風呂の恩恵に、文字通り浴せるではないか。
「ふむふむ。ネズミが、一番やばかったんだな……」
 近くに大きな古本屋があったので、サバイバル関連の書籍を探したところ、そのままの題名のこの漫画が目につき、全冊持ってきて、湯船に浸かりながら読んでいた。
 果たして序盤の段階から、主人公がネズミとの戦いに苦慮しており、注釈では古くから人類は、家屋に侵入してくるネズミと、穀物を守る熾烈な戦いを経てきたというではないか。
「あーそいや、なんかそういう不吉の象徴みたいに、ネズミが描かれてる絵とかあったもんな」
 ネズミが集まってくる原因は、収集されないゴミだった。人間が捨ててゆくゴミに誘引され、ネズミは人間の近くまでやって来るのだ。
 十四世紀に全世界で大流行し、全人類の四分の一を死亡させたペストも、野放図に捨てていたゴミに集まるネズミが主な媒体であり、媒介であるノミがばらまかれた結果だった。
 これはまずいと、やはり近所にあったホームセンターに寄ってみたところ、驚いたことにネズミ対策グッズは山のように置かれていた。そこからネズミよけの忌避剤を持てるだけ持ってきて、小林邸のあちこちに設置した。
 これで少しは、ネズミの侵入は防げると思いたいが、食べ物のゴミを出してしまえば、必ず集まってくるだろう。これからはどこかにまとめて埋めるなりしなければ。
「噛まれるのも、感染症の恐れがあり、非常に危険か。やだなあ……。今度、ホームセンターで、分厚い作業着でも見つけてくるかな。……ほうほう。ネズミの次は、野犬とか猛獣が襲ってくるのかよ」
 読み進める漫画の内容は、自分の先々に起こる危険を暗示しているようで、それに対する準備が急務に思えてくる。
「自然の次、動物の次の、ラスボスはやっぱり、人間かあ……」
 さっぱりして風呂から上がり、リビングにあるソファで寝転がり、映画を流しながら、漫画の続きを最後まで読みきった。
 純粋な生存サバイバルは中盤までで、最後の脅威は自然や動物ではなく、悪意を持った人間に移っていった。崩壊した文明の中では、物資が限られることから、必然的に奪い合いの争いになってしまうのだろう。
「まあ、それは大丈夫だろ。他に人間いないんだし。……しかし、すげえなあ、電気」
 冷蔵庫で冷やした飲み物を飲み、置かれていた家庭用ゲームを、何インチあるのかわからない大きなテレビでプレイする。今度、やりたかったソフトやハードを、まとめて集めてこようと思う。
「世界が終わる前よりも、優雅で快適じゃん。……ふわあ、もう、寝ますか」
 二階の寝室にベッドもあったけれど、リビングのソファでそのまま寝ることにした。
「最後のひとりだもん。このくらいの贅沢してもいいよね。ありがたいことで」
 人間がたどり着いた、文明の英知の結晶を、独り占めさせてもらうことにしよう。
「…………」
 ふと、思う。
 本当に、自分が最後なのだろうか。
 そもそも、他の人間は、消えたにしても、どうやって消えたのか。
 煙のように、ふっと消失したのではないだろう。そんなことは物理的にあり得ない。
「もしかしてこれ、夢?」
 それならばそれでいいのだ。夢ならこのまま覚めて欲しくない。狂っているなら甘い狂気の中で死なせて欲しい。でも死んだら目が覚めてしまうということはないだろうか、などというジレンマに苛まされながら、新しい住処での夜は更けてゆく。
 思えばこの夜が、一番穏やかで、心休まる時だったのかもしれない。
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