FBI連邦捜査官: file3 prayer1 FBI連邦捜査官シリーズ Ⅳ

蒼月さわ

文字の大きさ
上 下
4 / 5

2

しおりを挟む
 男は空港のゲートを通りすぎ、敷地の外へ出て、もうすぐ車のそばまで来ていた。

「失礼、ミスター」

 ロイドは軽い調子で正面から声をかける。両脇から挟むような形で、カートも笑顔で近づく。
 男は無造作に足を止めた。

「何かお困りですか?」

 ロイドは自然な様子で男の行く手を遮る。
 男は立ち止まったまま、前触れなく目の前に現れた二人を黒いサングラス越しに見返した。その態度は、保安官の制服を身につけた男性たちを注意深く観察しているようだった。

「どうして俺が困っているとでも?」

 少しして、男は言った。面白がっているようだった。

「我々のホスピタリィが、あなたが困っているとキャッチしたんです。強盗とでも勇敢に闘ったような格好をされていらっしゃるので」

 ロイドはジョークで指摘する。カートもにやにやと笑う。

「鋭いな」

 自分が揶揄されても、男は怒りもしなかった。

「さすがテキサスだ。俺の服装にもケチつける温かいホスピタリィに感動する。あとで州法を教えてくれ。カウボーイハットをかぶっていないと、保安官にジョークの刑にされるのか?」
「それは知事が共和党に代わってから、廃止になりました」

 カートが自分のカウボーイハットに手をおいて、愉しそうに言い返す。
 男は二人が全く引き下がる気配がないことを感じ取ると、仕方なさそうに大仰にため息をついた。

「わかった。一体何が保安官たちの機嫌を損ねたのか知らないが、俺は確かに今困っている。よかったら聞いてくれ」
「何でしょう」

 ロイドは保安官助手時代に習得したお愛想笑みを貼りつける。
 男は肩をすくめた。

「おんぼろな飛行機に無理やり乗せられた。ようやくここに到着したら、すぐに放り出された。気分悪く歩いていたら、保安官たちに包囲された。人生最悪だ。どうすればいいんだ?」
「ここへ来た目的は何ですか?」

 ロイドは副保安官の声で質問する。

「仕事だ。強盗と闘ったり、追いかけたり」
「真面目に答えてもらえますか?」

 男は心外だというように首をかしげる。

「本当に仕事だ。今回は強盗じゃなくて、殺人犯だけどな」

 その言葉に、副保安官と保安官助手は妙な表情になった。

「苛々しているのはよくわかった」

 男はなだめるように言う。

「だが、俺も苛々しているんだ。時間が遅れたのは、おんぼろな飛行機が墜落しないように、恐る恐る操縦していたからだ。なんせ、くそったれの連邦機関のくせに金がないからな。使えるものは、スクラップ寸前でもこき使えっていうのが、俺たちのモットーだ」
「……」

 ロイドとカートはまるで示し合わせたように横目でちらっと視線を合わせた。瞬時に様々な言葉が互いの目だけで交わされる。――おい、どういうことだ?――まさか嘘だろう?――タイミングはぴったりだ――でもこんな胡散臭そうな奴――元々胡散臭い連中だからな――

「で、予定時刻より一時間以上も遅れた俺はどうなるんだ?」

 男は無言で視線を交わす二人を、興味津々で眺めている。
 保安官たちは小さく頷きあうと、ロイドが尋ねた。

「で、あなたはどちらからいらしたんですか?」

 その慇懃無礼な口調に、男が笑った。

「ワシントンだ。知っているだろう? 全米一の悪の巣窟さ」
「勿論です。で、あなたのご職業は?」
「ああ、今見せる」

 男は黒いサングラスを外した。表れたのは二十代後半の精悍な容貌だが、その顔が何やらいたずらを仕掛ける小僧のようにニヤッと笑った。

「俺の目の中を見てみろ」

 男は自分を指して、二人に顔を寄せる。
 ロイドとカートは、不審そうに男のダークブラウンの瞳を覗き込んだ。

「目の中から、三つのアルファベットが見えてきただろう?」

 まるでマジックショーでもやっているかのように、男は饒舌だ。

「そのアルファベットはお前たちの嫌いな文字だ。つまり、くそったれ野郎のFとBとIってわけさ」

 そう言うと、トラヴィスは不敵に笑って二人へ握手を求めた。




 前日、トラヴィスは上司のパトリックから呼び出された。

「君に、テキサスヘ行ってもらう」

 パトリックは書類が溜まっているデスクの向こうから、穏やかに告げた。

「テキサス?」

 トラヴィスは朝に同僚のヒースから寝癖をからかわれた後頭部を撫でながら、意外そうに聞き返した。

「そう、テキサス。南部の州だ」
「OK。この俺でも知っている有名な場所だな」

 パトリックは調子のよいジョークに口元で微笑む。

「そこのフォートストックトンという町で、殺人事件が起きた。その捜査に行ってもらう」
「大変な事件ってわけか」

 トラヴィスはテロ対策班に所属している。通常、他の管轄へ回されるのは人手が足りないときだ。それはすなわち、捜査が大規模になっているということである。

「そうかもしれない」

 だがパトリックは曖昧に返事をして、事件の概要を簡潔に説明した。それを聞いたトラヴィスは違和感を覚えた。

「ちょっと待ってくれ、リック。それは俺たちの管轄なのか?」
「そうだ、テキサス州知事の要請があったからね」

 パトリックはパイプ椅子から立ち上がると、デスクの一番上にあった書類を手に取った。

「我々は州知事の要請を受けて捜査をする。それを忘れないように」
「忘れたら、俺がひどい目にあうってわけか?」
「その通りだ」

 パトリックは穏やかなまま容赦なく頷く。

「今回は君一人での行動になる。十分に気をつけて行きたまえ」
「了解」

 トラヴィスはなぜ自分一人だけが呼ばれたのかわかった。パートナーのミリアムは数日前にシカゴ支局へ派遣され、シカゴから始まった連続殺人事件の捜査の応援にあたっている。なぜ自分はその捜査から外されたのか腑に落ちなかったが、今パトリックの説明で謎が解けた。

「つまり、この事件は厄介だってことだな」
「否定はしない」

 パトリックは苦笑いしながら、書類をトラヴィスへ手渡す。

「これに詳しく記載されている。今日中に読み終えるように」
「了解」

 書類の厚みを手で確かめながら、トラヴィスはおどけるように言った。

「お望みどおり、ひどい目にあってくる」
「君なら大丈夫だ、トラヴィス」 

 パトリックは気安く請け負う。

「今回、君が派遣されるのは上層部の意向だ。君の熱心な仕事ぶりに期待しているんだよ、トラヴィス」
「俺に期待するなら、心臓発作を覚悟しとけと言っといてくれ、リック」

 散々本部内で文句を言われているトラヴィスは、その上層部の嫌がらせのような捜査命令に悪態を吐きまくる。

「こんな厄介そうな事件をFBI期待のまぬけ野郎に押しつけるなんて、最高のジョークだ。いつ誰に訴えられてもいいように、今から法律顧問を用意しとけってちゃんと言っといてくれ。そうすれば、俺も安心してくそったれの期待に応えられるってもんだ」

 びっしりと文章で埋まっている書類を睨みつけると、面白くなさそうに指先で弾く。

「了解だ、トラヴィス」

 パトリックは絶好調に回る舌に、満足そうに相槌を打った。

「君の要望はちゃんと伝えておくよ、ギャロウェイ副長官へ」

 トラヴィスはその意外な名前に、驚いたように顔をあげた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

FBI連邦捜査官: The guard FBI連邦捜査官シリーズ Ⅲ

蒼月さわ
BL
脅迫状が届いたニューヨーク市長を護衛するためFBIから派遣された3人の捜査官たちの活躍を書いた表題作他、表向きは犬猿の仲、けれど裏では極秘に付きあっているクールで美形な金髪碧眼のエリート系×ジョーク好きな男前のセクシィ天然イタリア系の二人を中心とした本編「FBI連邦捜査官シリーズ」の番外編や登場人物たちの短いエピソードなど。 以前にアルファさんで連載していたアメリカを舞台に事件を捜査する連邦捜査官たちの物語、Amazon kindleで個人配信中の電子書籍の試し読みです。 表紙イラストは長月京子様です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

FBI連邦捜査官: file 2 real friends FBI連邦捜査官シリーズ Ⅱ

蒼月さわ
BL
トラヴィスは数年前にFBIを辞職したベンと再会する。ベンは弁護士をしていて、依頼人の息子の失踪の件を話す。その後、ミリアムと一緒にニューヨークへ捜査の応援に向かい、そこで三週間ぶりにジェレミーと会うが、捜査対象となった男を知ると、ニューヨーク出身のトラヴィスは愕然となる。幼馴染みのジャレッド。ニューヨークを去ってから一度も会ってはいなかったが、忘れられない大切な友人だった。苦悩するトラヴィス。そしてその幼馴染みの存在を知っているジェレミーが取った行動はトラヴィスにとって信じられないものだった…… 表向きは犬猿の仲、けれど裏では極秘に付きあっているクールで美形な金髪碧眼のエリート系×ジョーク好きな男前のイタリア系。 以前にアルファさんで連載していたアメリカを舞台に事件を捜査するFBI連邦捜査官たちの物語、第二弾、Amazon kindleで個人配信中の電子書籍の試し読みです。 表紙イラストは長月京子様です。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

代わりでいいから

氷魚彰人
BL
親に裏切られ、一人で生きていこうと決めた青年『護』の隣に引っ越してきたのは強面のおっさん『岩間』だった。 不定期に岩間に晩御飯を誘われるようになり、何時からかそれが護の楽しみとなっていくが……。 ハピエンですがちょっと暗い内容ですので、苦手な方、コメディ系の明るいお話しをお求めの方はお気を付け下さいませ。 他サイトに投稿した「隣のお節介」をタイトルを変え、手直ししたものになります。

FBI連邦捜査官: Arizona vacation FBI連邦捜査官シリーズ Ⅵ

蒼月さわ
BL
アリゾナ州セドナで久しぶりの休暇を楽しむトラヴィスとジェレミー。 休暇の目的の一つは、トラヴィスが子供の頃に両親と必ず行こうと約束したグランドキャニオンだった。雄大で壮大な世界屈指の大峡谷に、トラヴィスは両親との約束を果たせたとジェレミーへ感謝をし、ジェレミーもまたトラヴィスが喜んでくれたことを嬉しく思った。 その後二人は滞在地のセドナで何てことのない日常を満喫するが、トラヴィスが立ち寄ったコーヒーショップで謎めいた男ヴィオと出会う。ヴィオは「君の身に危険なことが起きる。すぐにここを立ち去るように」とトラヴィスに警告し、やがて事件が発覚する…… 表向きは犬猿の仲、けれど裏では極秘に付きあっているクールで美形な金髪碧眼のエリート系×ジョーク好きな男前のセクシィ天然イタリア系の二人を中心に織り成す、アメリカを舞台に事件を捜査する連邦捜査官たちの物語、エピソードセドナです(「FBI連邦捜査官: file3 prayer2」に収録されている「真夜中の目撃者」はアリゾナへ向かう二人の前日譚です) 以前にアルファさんで連載していたアメリカを舞台に事件を捜査するFBI連邦捜査官たちの物語の最新作、Amazon kindleで個人配信中の電子書籍の試し読みです。 表紙イラストは長月京子様です

処理中です...