13 / 24
chapter5 撮影準備
3
しおりを挟む
「……ありがとう」
背中に回した手が、肌の感触を確かめるように下りてゆく。その手が、フランツの腰に巻いてあるバスタオルを掴んだ。
「さあ、アダムとイブになろう、フラ……」
少しかすれた声で囁くと、フランツのイチジクの葉を浚い、床に落とした。
二つの男の肉体が、生まれたての姿でベッドのそばに立ち、見つめあっている。その光景は非常にエロチックだった。
「……大丈夫か、フラ?」
「……あ、ああ……」
フランツはほとんど聞いていなかった。パウロの衣服を脱がせた時点でもう力尽きて、その場にぶっ倒れてしまいたくなっている。しかもパウロの全裸を前にして、自分の中でいったん押し返したものが、小波のようにうち寄せてきていた。
「……パウ」
脅えた声が、唇の端からこぼれ落ちる。
パウロは腕を引いて、優しくフランツの頬を両手で包んだ。
「大丈夫だ、フラ……」
「……パウ」
ドイツ連邦軍に所属する軍人が、今にも泣き出しそうな顔になっている。
パウロはフランツの不安を拭い取るように、手のひらで撫でた。
「大丈夫だ……」
そう囁くと、顔を近づけた。けれど……とフランツは言いかけたが、その泣き言は封じられた。
パウロはフランツに唇を重ねる。
突然の行為に、フランツの全身が氷のように固まった。自分の口に触れる柔らかいクッションのような感触がパウロの唇だと自覚すると、心臓が停止しそうになった。
だがパウロはすぐにキスをやめた。途端にフランツはその場に崩れ落ちそうになって、パウロに支えられた。
「大丈夫か? フラ」
「……ああ、だ……い……」
じょうぶだよと言いたかったが、パウロの心配そうな顔に、舌が回らなくなった。
――パウとキスをした……
胸が急激に高まり、汗が出てきた。それと呼応するように、下半身が疼きはじめた。
フランツは恥ずかしくなった。パウロに見られたらと思うと、銃で頭を撃ちぬきたくなった。
――パウに欲情するなんて……
これは任務なんだ、と自分に強く言い聞かせた。パウと裸になってキスをするミッションなんだ……
「ここでやめるか? ひどい顔をしている」
パウロはフランツの腕を取った。
「……いや、平気だ。このまま遂行しよう」
フランツは急いで喋った。任務、任務と頭の中で繰り返したので、軍人の口調になってしまった。
「私は、問題ない」
また下半身が疼いた。お願いだから黙ってくれ! と祈った。
パウロはフランツの様子を診察医のように注意深く見ていたが、わかったというように頷いた。
「フラ、俺の腰に腕を回してくれ」
フランツはイタリア語があまり理解できないような仕草で、不器用に腕を回す。腰の括れにドキリとして、また汗が出た。
「しっかりと腰を抱いてくれ……」
フランツは忠実に任務を遂行した。両腕で腰を抱いた。自分の下半身が、パウロの下半身と擦れあう。
パウロはフランツの首に腕を絡めると、顔をそっと引き寄せた。
「……恥ずかしがらなくていい」
どこか耐えるように眉を寄せたフランツに、パウロは小さく首を振る。
「俺とフラは裸だ。感じあって、当然なんだ」
「……すまない」
フランツは居たたまれなくなって目を逸らした。自分とパウロのペニスが触れあっている。自分が感じているものを、おそらくパウロも感じている。それがショックだった。
「俺たちは抱きあっている。恥ずかしがることじゃない。前を向くんだ、フラ」
「……すまない」
フランツは自分の胸の内までパウロに見透かされているような感じがして、裸姿でもいいからこのまま逃げ出したくなった。しかしそうすればパウロが困る――
フランツは何度目かの息を呑み込んで、パウロを向いた。パウロのチョコレート色の瞳が、夕闇を映しているかのように翳っていた。
「フラ、俺が悪かった。だから、泣くな……」
「泣いてなんか……」
フランツの言葉が途切れた。
パウロはあらゆる声も言葉も感情も、全て自分が浚っていこうとするかのように、再びフランツの唇に接吻をした。
フランツは二度目のキスに、びくりと体が動いた。だが首に回されたパウロの腕が、それをとどめた。
キスは長かった。
先程とは違い、ふっくらとした唇が磁石のようにくっつきあい、深く吸いついている。まるでプラスとマイナスが繋がりあうように、北と南が呼びあうように、二つの唇は他者を拒んで重なりあった。
緊張で死にそうだったフランツだったが、徐々に動悸が鎮まってきた。パウロのキスはチョコレートのように甘くて美味しくて、今までキスをした女性たちの誰よりも温かかった。それはまるで母親から頬にキスをされたような感触を思い起こさせ、どこか懐かしかった。
――いい子ね、フランツ。
幼い頃、母親のレギーナはそう頭を撫でながら、ほっぺにキスをした。
――さあ、涙をふかなきゃ……
フランツは母の手触りを思い出した。自分を慰める優しい手とキス……
一緒だ……
同じ温かさが、触れあっている唇から感じられる。
――パウは自分を慰めているんだ……
キスをして……
フランツはパウロの腰を、ぎゅっと抱き寄せた。互いのペニスがさらに擦れあう。下半身の疼きはいよいよ本格的になってきたが、フランツはパウロを抱きしめたかった。
やがて、魔法の時間は終わったようにパウロは唇を離した。
「……パウ」
フランツは置いていかれた子供のような顔をした。
「フラ……」
パウロはフランツの髪に手を入れて、指で梳く。
「……良かった。涙がとまったようだ」
ちょっぴりからかうような声の響きに、フランツの頭の中で何かが弾けとんだ。
「……パウ」
フランツの腕がパウロの腰から背中へと動く。
「……パウ……」
喉の奥から哀願するように洩れる。
パウロは指で梳いた金髪を、丁寧に撫でた。
「……もう一度、キスをしたいか? フラ」
「……ああ」
「それじゃあ、今度はフラがしてくれ……」
パウロは歌うように呟く。
「……フラのキスを味わいたい……」
フランツは小さい息をつきながら、パウロを見つめた。言葉を刻んだ唇が、まるで誘うように艶めいて見える。
「さあ、フラ……」
その声に呼ばれるように、フランツは動いた。パウロを強く抱きしめると、その唇に自らの口を重ねた。それはフランツにとって、生涯忘れられないキスとなった。
背中に回した手が、肌の感触を確かめるように下りてゆく。その手が、フランツの腰に巻いてあるバスタオルを掴んだ。
「さあ、アダムとイブになろう、フラ……」
少しかすれた声で囁くと、フランツのイチジクの葉を浚い、床に落とした。
二つの男の肉体が、生まれたての姿でベッドのそばに立ち、見つめあっている。その光景は非常にエロチックだった。
「……大丈夫か、フラ?」
「……あ、ああ……」
フランツはほとんど聞いていなかった。パウロの衣服を脱がせた時点でもう力尽きて、その場にぶっ倒れてしまいたくなっている。しかもパウロの全裸を前にして、自分の中でいったん押し返したものが、小波のようにうち寄せてきていた。
「……パウ」
脅えた声が、唇の端からこぼれ落ちる。
パウロは腕を引いて、優しくフランツの頬を両手で包んだ。
「大丈夫だ、フラ……」
「……パウ」
ドイツ連邦軍に所属する軍人が、今にも泣き出しそうな顔になっている。
パウロはフランツの不安を拭い取るように、手のひらで撫でた。
「大丈夫だ……」
そう囁くと、顔を近づけた。けれど……とフランツは言いかけたが、その泣き言は封じられた。
パウロはフランツに唇を重ねる。
突然の行為に、フランツの全身が氷のように固まった。自分の口に触れる柔らかいクッションのような感触がパウロの唇だと自覚すると、心臓が停止しそうになった。
だがパウロはすぐにキスをやめた。途端にフランツはその場に崩れ落ちそうになって、パウロに支えられた。
「大丈夫か? フラ」
「……ああ、だ……い……」
じょうぶだよと言いたかったが、パウロの心配そうな顔に、舌が回らなくなった。
――パウとキスをした……
胸が急激に高まり、汗が出てきた。それと呼応するように、下半身が疼きはじめた。
フランツは恥ずかしくなった。パウロに見られたらと思うと、銃で頭を撃ちぬきたくなった。
――パウに欲情するなんて……
これは任務なんだ、と自分に強く言い聞かせた。パウと裸になってキスをするミッションなんだ……
「ここでやめるか? ひどい顔をしている」
パウロはフランツの腕を取った。
「……いや、平気だ。このまま遂行しよう」
フランツは急いで喋った。任務、任務と頭の中で繰り返したので、軍人の口調になってしまった。
「私は、問題ない」
また下半身が疼いた。お願いだから黙ってくれ! と祈った。
パウロはフランツの様子を診察医のように注意深く見ていたが、わかったというように頷いた。
「フラ、俺の腰に腕を回してくれ」
フランツはイタリア語があまり理解できないような仕草で、不器用に腕を回す。腰の括れにドキリとして、また汗が出た。
「しっかりと腰を抱いてくれ……」
フランツは忠実に任務を遂行した。両腕で腰を抱いた。自分の下半身が、パウロの下半身と擦れあう。
パウロはフランツの首に腕を絡めると、顔をそっと引き寄せた。
「……恥ずかしがらなくていい」
どこか耐えるように眉を寄せたフランツに、パウロは小さく首を振る。
「俺とフラは裸だ。感じあって、当然なんだ」
「……すまない」
フランツは居たたまれなくなって目を逸らした。自分とパウロのペニスが触れあっている。自分が感じているものを、おそらくパウロも感じている。それがショックだった。
「俺たちは抱きあっている。恥ずかしがることじゃない。前を向くんだ、フラ」
「……すまない」
フランツは自分の胸の内までパウロに見透かされているような感じがして、裸姿でもいいからこのまま逃げ出したくなった。しかしそうすればパウロが困る――
フランツは何度目かの息を呑み込んで、パウロを向いた。パウロのチョコレート色の瞳が、夕闇を映しているかのように翳っていた。
「フラ、俺が悪かった。だから、泣くな……」
「泣いてなんか……」
フランツの言葉が途切れた。
パウロはあらゆる声も言葉も感情も、全て自分が浚っていこうとするかのように、再びフランツの唇に接吻をした。
フランツは二度目のキスに、びくりと体が動いた。だが首に回されたパウロの腕が、それをとどめた。
キスは長かった。
先程とは違い、ふっくらとした唇が磁石のようにくっつきあい、深く吸いついている。まるでプラスとマイナスが繋がりあうように、北と南が呼びあうように、二つの唇は他者を拒んで重なりあった。
緊張で死にそうだったフランツだったが、徐々に動悸が鎮まってきた。パウロのキスはチョコレートのように甘くて美味しくて、今までキスをした女性たちの誰よりも温かかった。それはまるで母親から頬にキスをされたような感触を思い起こさせ、どこか懐かしかった。
――いい子ね、フランツ。
幼い頃、母親のレギーナはそう頭を撫でながら、ほっぺにキスをした。
――さあ、涙をふかなきゃ……
フランツは母の手触りを思い出した。自分を慰める優しい手とキス……
一緒だ……
同じ温かさが、触れあっている唇から感じられる。
――パウは自分を慰めているんだ……
キスをして……
フランツはパウロの腰を、ぎゅっと抱き寄せた。互いのペニスがさらに擦れあう。下半身の疼きはいよいよ本格的になってきたが、フランツはパウロを抱きしめたかった。
やがて、魔法の時間は終わったようにパウロは唇を離した。
「……パウ」
フランツは置いていかれた子供のような顔をした。
「フラ……」
パウロはフランツの髪に手を入れて、指で梳く。
「……良かった。涙がとまったようだ」
ちょっぴりからかうような声の響きに、フランツの頭の中で何かが弾けとんだ。
「……パウ」
フランツの腕がパウロの腰から背中へと動く。
「……パウ……」
喉の奥から哀願するように洩れる。
パウロは指で梳いた金髪を、丁寧に撫でた。
「……もう一度、キスをしたいか? フラ」
「……ああ」
「それじゃあ、今度はフラがしてくれ……」
パウロは歌うように呟く。
「……フラのキスを味わいたい……」
フランツは小さい息をつきながら、パウロを見つめた。言葉を刻んだ唇が、まるで誘うように艶めいて見える。
「さあ、フラ……」
その声に呼ばれるように、フランツは動いた。パウロを強く抱きしめると、その唇に自らの口を重ねた。それはフランツにとって、生涯忘れられないキスとなった。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
総長の彼氏が俺にだけ優しい
桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、
関東で最強の暴走族の総長。
みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。
そんな日常を描いた話である。
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる