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chapter1 再会
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「もしかして、邪魔をしてしまったのかな?」
玄関でのやりとりを思い出したフランツだが、パウロは首を横に振った。
「気にしなくていい。もうどうしようもないんだ」
パウロはベッドの端に腰かけた。フランツも気になってその隣に腰を下ろす。
「どうしたんだい? 何か問題でも?」
「いや、大したことじゃない」
パウロは小さく笑った。
「本当に? 元気がないじゃないか」
「フラに会えて、喜びすぎたんだ。今日の俺はもうこれで閉店だ。また明日オープンするさ」
「何があったんだい? 教えてくれ」
フランツはこの妙な室内の光景が気になった。それ以上に、パウロが沈んでいるように見えるのが心配だった。このままローマへ帰ることなどできないと思った。それこそ赤信号で停止して、背後から追突されるかもしれない。
「何か困っているのなら、遠慮なく言ってくれ。私でよければ、絶対に力になる」
パウロはフランツを見た。その眼差しは、十数年ぶりに再会した幼馴染みに対する優しさでいっぱいだった。
「言っちまえよ! パウロ!」
閉じたと思った続き部屋のドアがいきなり開いて、若者が顔を覗かせて叫ぶ。
「そいつにやってもらえ! それしか助かる手段はないぜ!」
派手な音をたてて、またドアが閉まる。
「……いったい、何があったんだ?」
助かる手段? フランツは物騒な言葉に、敏感に反応した。
「命を狙われているのかい? 教えてくれ!」
もしパウの命が危ないのだとしたら、私が何としてでも守らなければ……軍人意識がにわかに甦り、咄嗟に周辺を警戒する。
しかし、パウロは黙ってフランツを見つめるだけだ。
「パウロ! お願いだから言うんだ!」
幼馴染みに再会してはにかんでいたフランツの姿は失せ、ドイツ連邦軍に所属しているフランツ・ツェーゲラー少尉になる。
「パウロ、私を信じて欲しい」
フランツはパウロの手を取ると、かたく握りしめる。子供の頃は、何でもパウロの後を追いかけて、パウロに助けてもらっていた。みんなで追いかけっこをして一人転んだときも、パウロだけが戻ってきてくれて、膝のすり傷を「痛くない、痛くない」と撫でてくれた。今度は私がパウを助ける番だ!
「――フラ」
「何だい!?」
「ありがとう」
パウロは静かに言った。
「だが、まずこの手を離してくれないか? 痛いんだ」
フランツは慌てて手を離した。いつの間にか、力を入れすぎていたらしい。
「す、すまない……」
つい銃のグリップを握るように、パウロの手を掴んでしまっていたようだ。握力が強くなるのは、真剣な時のフランツの癖である。
「変わっていないな、フラは」
パウロは両手をさすりながら、懐かしげに笑った。
「すまない」
フランツは恥ずかしそうにもう一度謝った。
「けれど、パウが心配なんだ。大したことじゃないなら、私に喋っても構わないだろう?」
パウロは何も言わず、小首を傾けた。ちょっとした仕草なのに、フランツはドキンとした。
「パウロ……」
黙ったままなので、フランツも頑固になってきた。私は絶対に引き下がらないぞ――まるでライン河を前線にして、河向こうにいる敵と対峙する将校のように固く誓う。
「さあ、言うんだ、パウロ」
軍人特有の命令口調になっているのに、フランツは気がついていない。本人は今、大好きな幼馴染みを助けるという気持ちでいっぱいなのである。
パウロはまた小首を傾げた。そして、苦笑した。
「どうして、ドイツ人はそんなに頑固なんだ? それとも、イタリア人の言葉は信用できないのか?」
「私は信用しているよ。けれど、パウのためなら、頭の硬いドイツ人になってどこまでも疑うつもりだ」
「フラ、もっと人生を楽しめ」
「ああ、パウの話を聞いたら、めいいっぱい楽しむつもりだ」
フランツは一時代を築いたテニスの女王シュテフィ・グラフの強打のショットのように言い返した。それがコートに決まったのか、パウロの表情が降参というようにゆるんだ。
「だから、どうってことのない話なんだ。本当だ」
「それで、何だい?」
「ちょっとしたトラブルが起きて、仕事が困っている。それだけだ」
「パウの仕事?」
フランツは周囲を見渡した。
「何かの撮影かい?」
「ああ」
「パウは、監督をしているの?」
「まあな」
パウロはなぜか苦笑いをした。
「すごいじゃないか! どんな映画を撮っているんだい?」
フランツは青い目をきらきらさせる。幼馴染みの職業に純粋に感動した様子だ。
「パウにぴったりだよ! 映画監督なんて!」
フランツは十代の少女のように興奮した。憧れだった人がアイドルをやっていると聞いたときの反応そのものだ。
「ああ、素晴らしいよ! どんな映画を撮っているんだい? 絶対見に行くよ!」
だがパウロは肩を竦めた。そのブラウンの瞳には、どこか謎めいた色が浮かんでいる。
「でもトラブルって何だい? 機材が壊れているとか?」
「いや、出演するはずだった相手が来ないんだ」
「パウの映画に?」
「そう、俺の相手役」
フランツはゴージャスなイタリア人女性を思い浮かべた。地中海色の肌、豊満な肉体、ブルネットの髪、濡れた睫、ふくよかな唇。美しさと艶やかさではヨーロッパでも一、二を争うイタリア人女性たちである。パウロにぴったりだとフランツは一人で納得した。きっとラファエロの絵画のような麗しい映像が撮れるに違いない……
「相手役がいないと、撮影できない映画なのかい?」
「そうだな」
パウロは頷くように小首を傾げる。
相手役がいれば、パウロは助かるのか。
なるほど、とフランツは思った。相手役が来なくて、撮影が進まないから困っているのだ。
フランツは何とかしてあげたいと小さく唸った。しかし自分に気の利いた女性の知り合いなどいない。ドイツでもあまりモテた記憶がない。女性に関しては自慢にならない経歴の持ち主だと、自分でも自覚している。
腕を組んで考えていたフランツだが、ふと、思い当たった。
――そいつにやってもらえ。
先程の若者の言葉。
私が?
どうやって?
フランツはパウロを振り返った。パウロはまるで幼馴染みの胸の疑問を読んだかのように、首を振った。
「違う、フラ。女性じゃないんだ」
「……しかし」
パウロの相手役が女性でないのなら、誰なんだ?
フランツは腕を組んだまま、しばらく考えた。考えて考えて、思考が段々と白くなっていった。
「……パウロ」
やがて、フランツはある一つの質問をした。
「ところで、何の映画を撮るんだい?」
「ポルノ映画だ」
パウロは何やらニヤッと笑った。楽しそうに続けて言った。
「ゲイポルノ映画」
玄関でのやりとりを思い出したフランツだが、パウロは首を横に振った。
「気にしなくていい。もうどうしようもないんだ」
パウロはベッドの端に腰かけた。フランツも気になってその隣に腰を下ろす。
「どうしたんだい? 何か問題でも?」
「いや、大したことじゃない」
パウロは小さく笑った。
「本当に? 元気がないじゃないか」
「フラに会えて、喜びすぎたんだ。今日の俺はもうこれで閉店だ。また明日オープンするさ」
「何があったんだい? 教えてくれ」
フランツはこの妙な室内の光景が気になった。それ以上に、パウロが沈んでいるように見えるのが心配だった。このままローマへ帰ることなどできないと思った。それこそ赤信号で停止して、背後から追突されるかもしれない。
「何か困っているのなら、遠慮なく言ってくれ。私でよければ、絶対に力になる」
パウロはフランツを見た。その眼差しは、十数年ぶりに再会した幼馴染みに対する優しさでいっぱいだった。
「言っちまえよ! パウロ!」
閉じたと思った続き部屋のドアがいきなり開いて、若者が顔を覗かせて叫ぶ。
「そいつにやってもらえ! それしか助かる手段はないぜ!」
派手な音をたてて、またドアが閉まる。
「……いったい、何があったんだ?」
助かる手段? フランツは物騒な言葉に、敏感に反応した。
「命を狙われているのかい? 教えてくれ!」
もしパウの命が危ないのだとしたら、私が何としてでも守らなければ……軍人意識がにわかに甦り、咄嗟に周辺を警戒する。
しかし、パウロは黙ってフランツを見つめるだけだ。
「パウロ! お願いだから言うんだ!」
幼馴染みに再会してはにかんでいたフランツの姿は失せ、ドイツ連邦軍に所属しているフランツ・ツェーゲラー少尉になる。
「パウロ、私を信じて欲しい」
フランツはパウロの手を取ると、かたく握りしめる。子供の頃は、何でもパウロの後を追いかけて、パウロに助けてもらっていた。みんなで追いかけっこをして一人転んだときも、パウロだけが戻ってきてくれて、膝のすり傷を「痛くない、痛くない」と撫でてくれた。今度は私がパウを助ける番だ!
「――フラ」
「何だい!?」
「ありがとう」
パウロは静かに言った。
「だが、まずこの手を離してくれないか? 痛いんだ」
フランツは慌てて手を離した。いつの間にか、力を入れすぎていたらしい。
「す、すまない……」
つい銃のグリップを握るように、パウロの手を掴んでしまっていたようだ。握力が強くなるのは、真剣な時のフランツの癖である。
「変わっていないな、フラは」
パウロは両手をさすりながら、懐かしげに笑った。
「すまない」
フランツは恥ずかしそうにもう一度謝った。
「けれど、パウが心配なんだ。大したことじゃないなら、私に喋っても構わないだろう?」
パウロは何も言わず、小首を傾けた。ちょっとした仕草なのに、フランツはドキンとした。
「パウロ……」
黙ったままなので、フランツも頑固になってきた。私は絶対に引き下がらないぞ――まるでライン河を前線にして、河向こうにいる敵と対峙する将校のように固く誓う。
「さあ、言うんだ、パウロ」
軍人特有の命令口調になっているのに、フランツは気がついていない。本人は今、大好きな幼馴染みを助けるという気持ちでいっぱいなのである。
パウロはまた小首を傾げた。そして、苦笑した。
「どうして、ドイツ人はそんなに頑固なんだ? それとも、イタリア人の言葉は信用できないのか?」
「私は信用しているよ。けれど、パウのためなら、頭の硬いドイツ人になってどこまでも疑うつもりだ」
「フラ、もっと人生を楽しめ」
「ああ、パウの話を聞いたら、めいいっぱい楽しむつもりだ」
フランツは一時代を築いたテニスの女王シュテフィ・グラフの強打のショットのように言い返した。それがコートに決まったのか、パウロの表情が降参というようにゆるんだ。
「だから、どうってことのない話なんだ。本当だ」
「それで、何だい?」
「ちょっとしたトラブルが起きて、仕事が困っている。それだけだ」
「パウの仕事?」
フランツは周囲を見渡した。
「何かの撮影かい?」
「ああ」
「パウは、監督をしているの?」
「まあな」
パウロはなぜか苦笑いをした。
「すごいじゃないか! どんな映画を撮っているんだい?」
フランツは青い目をきらきらさせる。幼馴染みの職業に純粋に感動した様子だ。
「パウにぴったりだよ! 映画監督なんて!」
フランツは十代の少女のように興奮した。憧れだった人がアイドルをやっていると聞いたときの反応そのものだ。
「ああ、素晴らしいよ! どんな映画を撮っているんだい? 絶対見に行くよ!」
だがパウロは肩を竦めた。そのブラウンの瞳には、どこか謎めいた色が浮かんでいる。
「でもトラブルって何だい? 機材が壊れているとか?」
「いや、出演するはずだった相手が来ないんだ」
「パウの映画に?」
「そう、俺の相手役」
フランツはゴージャスなイタリア人女性を思い浮かべた。地中海色の肌、豊満な肉体、ブルネットの髪、濡れた睫、ふくよかな唇。美しさと艶やかさではヨーロッパでも一、二を争うイタリア人女性たちである。パウロにぴったりだとフランツは一人で納得した。きっとラファエロの絵画のような麗しい映像が撮れるに違いない……
「相手役がいないと、撮影できない映画なのかい?」
「そうだな」
パウロは頷くように小首を傾げる。
相手役がいれば、パウロは助かるのか。
なるほど、とフランツは思った。相手役が来なくて、撮影が進まないから困っているのだ。
フランツは何とかしてあげたいと小さく唸った。しかし自分に気の利いた女性の知り合いなどいない。ドイツでもあまりモテた記憶がない。女性に関しては自慢にならない経歴の持ち主だと、自分でも自覚している。
腕を組んで考えていたフランツだが、ふと、思い当たった。
――そいつにやってもらえ。
先程の若者の言葉。
私が?
どうやって?
フランツはパウロを振り返った。パウロはまるで幼馴染みの胸の疑問を読んだかのように、首を振った。
「違う、フラ。女性じゃないんだ」
「……しかし」
パウロの相手役が女性でないのなら、誰なんだ?
フランツは腕を組んだまま、しばらく考えた。考えて考えて、思考が段々と白くなっていった。
「……パウロ」
やがて、フランツはある一つの質問をした。
「ところで、何の映画を撮るんだい?」
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