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chapter1 再会
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一瞬パウロかと思ったが、それにしては若かった。十代だろうか、彫りの深い顔立ちをしている。肌はラテン系らしく浅黒い。髪は豊かな黒髪で、肩のあたりでゆるく揃っている。瞳は地中海のエメラルド色だ。
背はそれほど高くはないが、スタイルは良かった。ぴっちりとした白いTシャツに、足をなぞるようなジーンズを履いている。その辺で見かける普通の服を着ていても、まるでドルチェ&ガッパーナのポスターから抜け出したかのような派手な印象を与えるのは、美青年だからだろう。
フランツは相手を観察している自分に気がついて、軽く咳払いをした。軍人としての癖がつい出てしまう。まずは名乗らないと。
ここで、さらに気がついた。相手の若者も、ドアにもたれながら自分を観察していた。それもかなり露骨に、上から下まで舐めるように見ている。まるで商品の出来具合を見定めるかのように。
再びフランツは咳払いをした。今度のは、相手への警告だ。
「ふーん」
若者は、フランツの不愉快さなど知ったことではないというように、薄く笑った。
「金髪碧眼か。悪くないな」
顎をしゃくった。
「入れよ。正直、来るとは思わなかった」
「……失礼だが」
誰かと間違えているのではないかと思った。
だが若者はドアから体を起こすと、親指を家の中を向けた.。
「早くしろよ。パウロも待っている」
「えっ?」
フランツは驚いた。なぜ、パウロが? しかしエリザベッタが喋ってしまったと考えれば、納得できる。
しかし……
フランツは首をひねりながらも、家の中へ足を踏み入れてしまった。背後でドアが閉まり、若者がついてこいと手振りで示す。
「こういうのは初めて?」
「……どういうことが?」
フランツには意味がさっぱりわからない。だが、家の中はさりげなくは確認した。裕福な人間が住むようなところだ。どっしりと落ち着いた雰囲気を感じる。廊下に飾ってある絵画もいい。
「もしかして、何も聞かされていないのか?」
若者は廊下の奥にあるドアを開けた。
フランツはきっぱりと言った。
「君は誰かと勘違いしている。私は自分の意思でここへ来たんだ」
パウロに会いに――
若者の後に続いて、フランツは部屋へ入った。
まっさきに目に飛び込んできたのは、大きなベッドだった。中世の貴族が使用していたような豪奢な天蓋付きのベッド。白いシーツは真新しく、枕もふかふかである。
次に気づいたのは、そのベッドの周りに置かれている機材だった。どこをどう見ても、スタジオで使われるような三脚のカメラである。それが二つ、ベッドの前と後ろで、レンズを向けている。黒いコードは壁のコンセントまで伸びている。
ここは一体なんだ……中世の骨董品と現代の技術が混ざり合ったコントラストな光景に、フランツは唖然となって、立ちすくんでしまった。
フランツを案内した若者は、部屋を横切ると、続き部屋のドアを開けた。
「パウロ! あんたのお客さんみたいだぜ!」
ドアを押さえた状態で、若者が親指をフランツへ向けながら叫んでいる。
少し待って、続き部屋で人の動く気配がした。
フランツは我に返って、そのドアの方を見る。
ほどなく現れたのは、白のワイシャツに革製のズボン姿の男だった。
おそらくイタリア人だろう――黒みかかった茶色の髪、ラテン系の甘くて色気のある顔立ち、日に焼けたような肌の色、高くもなければ低くもない背、均整のとれた体つき……フランツは素早く相手の特徴を認識し、ごくんと息を呑んだ。
パウロだ。
駅構内で別れた時と同じチョコレート色の瞳が、自分をまっすぐに見つめている。
なんて、いい男になったんだ! フランツは興奮する気持ちを必死になって抑えた。イタリア人男性は色々な意味で色男として有名だが、目の前にいる男はそれを裏づけ、さらに深めるほどにハンサムだった。
フランツは急に自分の姿が気になった。自分はその辺に転がっているような普通のドイツ人である。パウロに笑われないだろうかと、まるで女性が思うようなことを考えてしまった。
「パ……」
フランツは一歩足を踏み出す。だが、ドアに立つその男は微動だにしなかった。
どうしたんだ……まるで見知らぬ異邦人の訪問を出迎えるかのような態度に、フランツは焦った。私がわからないのか? 自分はひと目見てパウロだとわかったのに……
段々と哀しくなってきた。そうだ、早く名乗るべきなのだと察した。この静かで重たい空気を、爽やかな再会の場にするために。
「パ……」
再び口に仕掛けて、ふと閉じた。男がふいに動いたからだ。
若者が何か言いかけるのを制するかのように左手をあげると、男はフランツの目の前まで近寄ってきた。
フランツはドキッとした。手を伸ばせば届く近さから男に見つめられて、なぜか胸の鼓動が速くなった。
パウロ、と心の中で呼んだ。私だ、フランツだ。
すると、まるでそれが聞こえたかのように、じっと見つめていたチョコレート色の瞳が、春風のように和らいだ。
「フラだろう?」
容姿同様に、とても良い声が沈黙を破った。
「フラだ。ひと目見てわかった」
「……パウ」
フラ、と呼ぶのは、パウロだけだった。フランツもまた、パウ、との呼び名を思い出す。
「パウロ……パウだろう?」
「そうだ、お前のパウロだ」
パウロ・ビアンチはしっかりと頷く。
フランツは、次の瞬間、全身で抱きついた。
「パウ! ……久しぶりだ! 会いたかった!!」
「フラ……俺もだ、会いたかった」
「パウ!」
フランツは夢中になってパウロを抱きしめる。
「ああ! ドイツに帰ってから、何度会いに行こうと考えただろう! パウに会いたくて会いたくて、泣いてばかりだった! 手紙がきて、一回だけ電話をしたよね!? あのあとで、両親に禁止されてしまったんだ! あまりにもイタリアを恋しがって、ドイツに馴染めないと困るからって……それを恨んだりしたけれど、両親の心配は今なら理解できるよ! ……ああ、本当に会いたかった……」
「フラ、俺も会いたかった」
パウロはゲルマン人特有の頑強な肉体に抱きしめられながら、優しくフランツの頭を撫でた。
「お前を見て、びっくりした。ここに、フラがいるわけがないと思った。だが、この俺が間違えるわけがないと思い直した。大事なフラのことをな」
「パウ……」
フランツは感激のあまり全身が震えた。
パウロもフランツを抱きしめて、背中や頭をあやすように撫でた。それがフランツの心を落ち着かせた。
「大きくなったな、フラ」
やがて互いに体を離し、正面から向き直った。
「いい男になった」
フランツは頬が火照るのを感じた。
「そんなことはない……パウの方がよほど格好いい」
「馬鹿を言うな。ちゃんと鏡を見ているのか?」
パウロは手を伸ばして、フランツの髪にそっと触れる。
「ブロンドの髪、青い瞳、白い肌」
その手は顔の輪郭をなぞって、頬に落ちる。
「綺麗だ」
パウロは囁くように言った。
そんなことはない、とフランツは繰り返そうとした。しかし口がうまく動かなかった。
パウロは手を裏返して、手の甲でフランツの頬を軽く撫でる。パウロの肌や指の骨格が、フランツの気持ちと擦れあった。
「あ……ところで、ここで何をしているんだい?」
フランツはわけもなく恥ずかしくなって、話題を変えた。
「何か撮影をしているような感じだね」
「まあな」
パウロは手を離すと、肩越しに背後を振り返った。続き部屋のドアには、先程の若者がまだ立っている。パウロと目があうと、何やら大袈裟に両手を開き、肩を竦める仕草をして、続き部屋へ入りドアを閉めてしまった。
背はそれほど高くはないが、スタイルは良かった。ぴっちりとした白いTシャツに、足をなぞるようなジーンズを履いている。その辺で見かける普通の服を着ていても、まるでドルチェ&ガッパーナのポスターから抜け出したかのような派手な印象を与えるのは、美青年だからだろう。
フランツは相手を観察している自分に気がついて、軽く咳払いをした。軍人としての癖がつい出てしまう。まずは名乗らないと。
ここで、さらに気がついた。相手の若者も、ドアにもたれながら自分を観察していた。それもかなり露骨に、上から下まで舐めるように見ている。まるで商品の出来具合を見定めるかのように。
再びフランツは咳払いをした。今度のは、相手への警告だ。
「ふーん」
若者は、フランツの不愉快さなど知ったことではないというように、薄く笑った。
「金髪碧眼か。悪くないな」
顎をしゃくった。
「入れよ。正直、来るとは思わなかった」
「……失礼だが」
誰かと間違えているのではないかと思った。
だが若者はドアから体を起こすと、親指を家の中を向けた.。
「早くしろよ。パウロも待っている」
「えっ?」
フランツは驚いた。なぜ、パウロが? しかしエリザベッタが喋ってしまったと考えれば、納得できる。
しかし……
フランツは首をひねりながらも、家の中へ足を踏み入れてしまった。背後でドアが閉まり、若者がついてこいと手振りで示す。
「こういうのは初めて?」
「……どういうことが?」
フランツには意味がさっぱりわからない。だが、家の中はさりげなくは確認した。裕福な人間が住むようなところだ。どっしりと落ち着いた雰囲気を感じる。廊下に飾ってある絵画もいい。
「もしかして、何も聞かされていないのか?」
若者は廊下の奥にあるドアを開けた。
フランツはきっぱりと言った。
「君は誰かと勘違いしている。私は自分の意思でここへ来たんだ」
パウロに会いに――
若者の後に続いて、フランツは部屋へ入った。
まっさきに目に飛び込んできたのは、大きなベッドだった。中世の貴族が使用していたような豪奢な天蓋付きのベッド。白いシーツは真新しく、枕もふかふかである。
次に気づいたのは、そのベッドの周りに置かれている機材だった。どこをどう見ても、スタジオで使われるような三脚のカメラである。それが二つ、ベッドの前と後ろで、レンズを向けている。黒いコードは壁のコンセントまで伸びている。
ここは一体なんだ……中世の骨董品と現代の技術が混ざり合ったコントラストな光景に、フランツは唖然となって、立ちすくんでしまった。
フランツを案内した若者は、部屋を横切ると、続き部屋のドアを開けた。
「パウロ! あんたのお客さんみたいだぜ!」
ドアを押さえた状態で、若者が親指をフランツへ向けながら叫んでいる。
少し待って、続き部屋で人の動く気配がした。
フランツは我に返って、そのドアの方を見る。
ほどなく現れたのは、白のワイシャツに革製のズボン姿の男だった。
おそらくイタリア人だろう――黒みかかった茶色の髪、ラテン系の甘くて色気のある顔立ち、日に焼けたような肌の色、高くもなければ低くもない背、均整のとれた体つき……フランツは素早く相手の特徴を認識し、ごくんと息を呑んだ。
パウロだ。
駅構内で別れた時と同じチョコレート色の瞳が、自分をまっすぐに見つめている。
なんて、いい男になったんだ! フランツは興奮する気持ちを必死になって抑えた。イタリア人男性は色々な意味で色男として有名だが、目の前にいる男はそれを裏づけ、さらに深めるほどにハンサムだった。
フランツは急に自分の姿が気になった。自分はその辺に転がっているような普通のドイツ人である。パウロに笑われないだろうかと、まるで女性が思うようなことを考えてしまった。
「パ……」
フランツは一歩足を踏み出す。だが、ドアに立つその男は微動だにしなかった。
どうしたんだ……まるで見知らぬ異邦人の訪問を出迎えるかのような態度に、フランツは焦った。私がわからないのか? 自分はひと目見てパウロだとわかったのに……
段々と哀しくなってきた。そうだ、早く名乗るべきなのだと察した。この静かで重たい空気を、爽やかな再会の場にするために。
「パ……」
再び口に仕掛けて、ふと閉じた。男がふいに動いたからだ。
若者が何か言いかけるのを制するかのように左手をあげると、男はフランツの目の前まで近寄ってきた。
フランツはドキッとした。手を伸ばせば届く近さから男に見つめられて、なぜか胸の鼓動が速くなった。
パウロ、と心の中で呼んだ。私だ、フランツだ。
すると、まるでそれが聞こえたかのように、じっと見つめていたチョコレート色の瞳が、春風のように和らいだ。
「フラだろう?」
容姿同様に、とても良い声が沈黙を破った。
「フラだ。ひと目見てわかった」
「……パウ」
フラ、と呼ぶのは、パウロだけだった。フランツもまた、パウ、との呼び名を思い出す。
「パウロ……パウだろう?」
「そうだ、お前のパウロだ」
パウロ・ビアンチはしっかりと頷く。
フランツは、次の瞬間、全身で抱きついた。
「パウ! ……久しぶりだ! 会いたかった!!」
「フラ……俺もだ、会いたかった」
「パウ!」
フランツは夢中になってパウロを抱きしめる。
「ああ! ドイツに帰ってから、何度会いに行こうと考えただろう! パウに会いたくて会いたくて、泣いてばかりだった! 手紙がきて、一回だけ電話をしたよね!? あのあとで、両親に禁止されてしまったんだ! あまりにもイタリアを恋しがって、ドイツに馴染めないと困るからって……それを恨んだりしたけれど、両親の心配は今なら理解できるよ! ……ああ、本当に会いたかった……」
「フラ、俺も会いたかった」
パウロはゲルマン人特有の頑強な肉体に抱きしめられながら、優しくフランツの頭を撫でた。
「お前を見て、びっくりした。ここに、フラがいるわけがないと思った。だが、この俺が間違えるわけがないと思い直した。大事なフラのことをな」
「パウ……」
フランツは感激のあまり全身が震えた。
パウロもフランツを抱きしめて、背中や頭をあやすように撫でた。それがフランツの心を落ち着かせた。
「大きくなったな、フラ」
やがて互いに体を離し、正面から向き直った。
「いい男になった」
フランツは頬が火照るのを感じた。
「そんなことはない……パウの方がよほど格好いい」
「馬鹿を言うな。ちゃんと鏡を見ているのか?」
パウロは手を伸ばして、フランツの髪にそっと触れる。
「ブロンドの髪、青い瞳、白い肌」
その手は顔の輪郭をなぞって、頬に落ちる。
「綺麗だ」
パウロは囁くように言った。
そんなことはない、とフランツは繰り返そうとした。しかし口がうまく動かなかった。
パウロは手を裏返して、手の甲でフランツの頬を軽く撫でる。パウロの肌や指の骨格が、フランツの気持ちと擦れあった。
「あ……ところで、ここで何をしているんだい?」
フランツはわけもなく恥ずかしくなって、話題を変えた。
「何か撮影をしているような感じだね」
「まあな」
パウロは手を離すと、肩越しに背後を振り返った。続き部屋のドアには、先程の若者がまだ立っている。パウロと目があうと、何やら大袈裟に両手を開き、肩を竦める仕草をして、続き部屋へ入りドアを閉めてしまった。
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