その格子窓の向こうを覗いてみたら―BL掌編・短編集―

蒼月さわ

文字の大きさ
上 下
3 / 3

プロフェッサーと誘拐犯 3

しおりを挟む
 ウィンストンは腕から逃れようと手足で暴れて抵抗するが、オックスフォード大学からウィンストンを車に連れ込んだ時と同様に、アドリーの動きはプロの軍人のように強力で無駄がなかった。

「私の話を聞いて下さい」
「断る」

 だがアドリーは耳に入っていないように、強引にウィンストンをずるずると引き摺っていく。

「まずは、貴方のスフィンクスと同じくらいに重要なことをしましょう。さあ、椅子に座って私を見て下さい」

 元の椅子に無理やり座らせると、眼鏡を外してテーブルに置いた。元々眼鏡は変装用にと掛けていただけに過ぎない。それと眼鏡を掛けていれば知的に見え、バートン教授からの好意を得られるだろうという目論見もあった。しかし、それは目論見だけで燃え尽きてしまった。

 アドリーは仏頂面のウィンストンの前でおごそかに片膝をつくと、顔を上げて囁く。

「どうですか? 胸がときめきませんか、プロフェッサー」
「ときめくどころか、君を蹴飛ばしてやりたいんだが。その頭は大丈夫なのか」

 教授は腕を組んで、アドリーの頭の中身を心配するように首を傾げる。

「誘拐犯に心がときめくわけがないだろう」
「確かに、そうかもしれません。ですが一分後には変わっています。人生とはそういうものです」
「君の人生はそうだろうが、私は違うんだよ。わかってもらえたら、心から感謝するんだがね」
「わかっていますよ、プロフェッサー。貴方の人生を変えてみせます」

 アドリーはてんで話を聞いていない。

「まずは、私と一緒に暮らすことから始めましょう。私は貴方を満足させることができます。期待して下さい」
「私を解放してくれたら、それで満足なんだが」

 この頭のおかしな男をどうしたらよいのだろうというような呟きにも、脳味噌にお花が咲いている状態のアドリーには全力で届かなかった。

「大丈夫です、プロフェッサー」

 溢れんばかりの自信に満ち満ちた顔をする。過酷な訓練を経て特殊部隊に所属していたアドリーは、理性的で男らしい精悍な容貌をしていて、大体は相手に安心感を与えるはずなのだが、拉致されたウィンストンは逆に何がどう大丈夫なんだと不安になった。

「貴方は私に満足します。必ず」

 アドリーは口の端をあげる。獲物を前にしたアムールトラのように。

「明日にはきっと、私に夢中になっているはずです。スフィンクスよりもね」

 そう言うと、ヴァイオレット色の瞳でウィンクをした。

「……」

 ウィンストンはまるで銃で撃たれたように椅子の上で身を引くと、無意識に腕をさすった。気味が悪くて仕方がない。そんな馬鹿なことがあるわけないだろうと突っ込みながら、鳥肌が立った。恐ろしい人生の幕開けを予感するように。



 これが、スフィンクスに恋をしている変人として名高いウィンストン・バートン教授と、変人好きの変人として同僚たちから恐れられていたアドリー・ランカスター元SAS将校の波乱万丈な交際の始まりだった。 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

処理中です...