FBI連邦捜査官: file 2 real friends FBI連邦捜査官シリーズ Ⅱ

蒼月さわ

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「事務所のクライアントは、主に、一般の人々だ。つまり」
「くそったれの大企業や、けったくそ悪い金持ち相手じゃないってことだろう?」
「そうだ」

 ベンはなぜか楽しげに笑う。

「変わっていないようだね、トラヴィス。安心したよ」
「俺も安心した。本当にあんたらしい選択だ」

 ベンが勤務する弁護士事務所は、けっして儲かってはいないだろう。しかし何を一番に選ぶのかは本人の自由である。

「一週間ほど前に、依頼人の一人から、ある相談をされてね」

 子供が失踪したのだという。

「どういうことだ?」
「つまらないことで親と喧嘩したらしい――ということは、依頼人から聞いた話なんだが、子供が家を飛び出して、それっき帰ってこないらしいんだ」
「つまり、家出か?」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」

 ベンは慎重な言い方をした。
 トラヴィスも少し押し黙った。以前関わった事件のことを思い出した。

「警察には捜索願いを出したのか?」
「いや、出してはいない」
「理由は?」
「わからない」

 ベンはトラヴィスの次の言葉を制した。

「君が何を言いたいのかはわかる。だが私も一週間前に聞いた話なんだ。子供がいなくなったのは、一ヶ月前だそうだ」
「その親、怪しいぜ。虐待でもしていたんじゃないのか?」
「それはないな。誓っていい」

 だがトラヴィスは納得がいかず首をひねる。

「まずは聞いてくれ」

 ベンは話をつづける。

「その子供は――息子さんなんだが、二週間前にニューヨークにいるとの連絡がきたんだ。そこには親戚がいてね。その親戚の家から電話をかけてきたらしい」
「それは良かったな。シアトルからニューヨークまでヒッチハイクでもしたのか?」
「ああ、本人の話ではそうなっている」

 ここで、料理が運ばれてきた。トラヴィスは海老やホタテや貝などの海鮮がたっぷりと入ったパスタ料理。ベンはトマトがふんだんに使われたピザ。どちらも本格的なイタリア料理である。運んできたのは金髪美女と、野獣のような体型をしたコック姿の男性である。

「夫婦版の美女と野獣だ」

 ベンが興味深げな表情をしていたので、トラヴィスは一言で説明した。

「で、見知らぬ他人の車に乗って、よく五体満足で辿りついたな」

 話を戻す。

「そこで、ハッピーエンドで終わらなかったのか?」
「ああ、問題はここから重要になってくるんだ」

 ベンはピザを切って、口に入れる。

「依頼人はすぐにニューヨークまで迎えに行こうとしたんだが、息子さんに拒否されてね。元々親との喧嘩が原因だったから、少し落ち着くまで様子を見ようということになったんだ」
「そこで、何かの事件に巻き込まれたのか?」

 トラヴィスは鋭く突いた。
 ベンはすぐには返答しなかった。胃をくすぐるような美味しい匂いのピザを食べて、ゆっくりと口元をティッシュで拭く。トラヴィスもパスタを口に入れて、海の幸に舌を鳴らした。

「そうだ、トラヴィス」

 ティッシュを足元のゴミ箱に捨てた。

「ニューヨークでトラブルに巻き込まれた」
「悪いが、自業自得だ。そいつの親もどうかしている。子供はまだ未成年だろう? 家を飛び出した時点で警察に届けるべきだった。たとえ、警察と知り合いになりたくなくてもな」
「犯罪者ではないんだ。ただ、ちょっと複雑でね」
「アメリカで複雑じゃないのは、自由の女神くらいなものだ。誰が見てもすぐにわかる」

 ベンは少し笑った。

「君はニューヨークの生まれだったね?」
「そうさ。女神の知り合いさ」
「イタリア系の家系だろう?」
「俺の面接をしているのか?」

 トラヴィスは愉快そうに聞き返す。

「俺をその事務所で雇ってくれるのか? あいにく、弁護士の資格はない」
「その依頼人の家庭も、イタリア系なんだ」

 トラヴィスは大袈裟に肩を竦めた。

「大そうな家系だな。ゴットファーザーでもいるのか?」
「近いね」

 思わず、トラヴィスは食べかけのパスタを吐き出すところだった。

「……今のはただのジョークだぞ?」
「ジョークで結構だよ。依頼人は一般人だ。ただし、身内の一部が警察と関わりあいたくないと考えている」

 トラヴィスは口に入れたパスタを呑み込むと、ガラスコップにそそがれたミネラルウォーターを一気に飲んだ。

「だから、俺と会いたかったのか?」

 ベンは軽く頷いた。
 トラヴィスは手で口を粗雑にぬぐう。

「断っておくが、俺はマフィアの一員だったことはないし、知り合いもいない」
「勿論だ。君の知っている範囲でいいんだ。依頼人は私の求める情報に答えてはくれない」
「そんな奴の依頼なんて、断れよ。馬鹿馬鹿しい」
「そういうわけにもいかないんだ」

 ここでトラヴィスは、はたと気がついた。

「女か?」
「ブロンド美女だ」

 ベンはにっこりと笑う。
 トラヴィスは口笛を吹いた。

「OK。ニューヨークに行った反抗期はどんなトラブルに巻き込まれたんだ?」
「親戚の一人が電話で教えてくれたようなんだが、地元のあまり良くない連中と付き合い始めたらしい」
「身内のゴットファーザーに頼むのが手っ取り早いんじゃないのか? きっとお尻ぺんぺんしてくれるぜ」
「お尻だけですめばいいんだけどね」

 トラヴィスはコーヒーに手を伸ばして、考えを巡らすようにゆっくりと口元に運んだ。

「つまり、ベンが依頼されたのは、子供を連れ戻して欲しいってことか?」
「そうだ。彼女はひどく心配している」
「母親は自分が死ぬ時だって、子供の心配をするんだ」

 独り言のように呟く。

「俺もガキの頃は親父とお袋をしょっちゅう心配させていた。地元の不良連中とつきあって、悪いことばかりしていたからな」
「でも、本当の悪いことはしなかったんだろう?」

 捜査官のようにじっとトラヴィスの顔を見つめていたベンは、優しく言った。

「君は悪戯小僧だったんだ。ご両親は君をとても愛していたはずだ」
「俺も愛していた。まともな俺を見せられなかったのが残念だ」

 トラヴィスは話を切った。

「ベンはこれからニューヨークに行くのか?」
「そのつもりだ。行かなければ連れてこられないだろうし」
「俺の知り合いを紹介する」

 トラヴィスは胸のポケットからメモ用紙とボールペンを取り出すと、名前と電話番号を書いて渡した。

「サイモンって奴だ。昔、俺とバカばっかりした仲間さ。今じゃ、地元の新聞記者だぜ? これこそアメリカンドリームだ。俺の名前を出して、そいつに電話してみろ。会ってくれるはずだ」
「ありがとう」

 ベンはメモ用紙を折って、大切に鞄に仕舞った。
 それを見届けて、トラヴィスは立ち上がる。

「もう行くのかい?」
「すまん。これから仕事だ。ベンはゆっくりして行けよ」

 ベンも立ち上がり、トラヴィスに手を差し出す。

「本当にありがとう。君に甘えて、もう少し、ここの料理を堪能していくよ。私もワシントンに来た時は、このレストランで食事をしてもいいかな?」
「勿論だ。あんたに会えるんだったら、いつでも飛んでいくぜ」

 二人はかたい握手をする。

「料理代は私が出すよ」
「ニューヨークでオフィスを構えたら、三ツ星レストランでおごってくれ」

 トラヴィスは手を振って、カウンターに向かう。そこで清算をし、ベンを振り返った。

「困ったことがあったら、いつでも言ってくれ。じゃあな」
「ありがとう、トラヴィス」

 トラヴィスは金髪美女にも手を振って、レストランを出てゆく。パトリックから至急来るよう命じられていて、車のドアにキーを差し込んだ。
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