2 / 5
2
しおりを挟む 帰宅するという師匠に、ほんの少し寂しいなと思いながら、万葉は軽めの朝食を胃へと投げ込む。師匠は朝はコーヒーと甘い物一かけらのようで、朝から食べられないんですと、困った顔をしていた。
「では万葉さん、お世話様でした。お引越しはいつでもいいですけど、早めだと僕も嬉しいです」
「……あ、はい。それはまた連絡します。師匠、甘やかしすぎじゃないですか、私のこと?」
それに玄関の扉のドアノブを持っていた師匠は、うーんと考えて首をかしげる。二歩で万葉の元へと戻ってくると、万葉の頭をよしよしと撫でた。かと思うと、急に肩を引っ張って、耳元に近づいて来る。
「僕は本当は優しくないです……今すぐにでも、貴女の素肌に触れたいし、僕がどれだけ好きかを、貴女の体中に叩き込みたいですが。甘やかしていますよ……好きですからね、奥さん」
ちゅっとほっぺたにキスをされて、万葉がビックリしていると、ニコニコと師匠が微笑んだ。
「万葉さんは、僕に甘やかされているくらいが丁度よさそうです。そうやって、可愛い反応も見られますし、まんざらでもない顔されると僕も嬉しいです」
もう一度ドアノブに手をかけると、師匠は穏やかに口元を緩めた。
「僕だけに夢中でいて下さいね。後悔はさせませんから」
では、と軽やかに手を振って去って行く姿を見送って、万葉はその場にぽかんと立ちすくんだまま、しばらくそうしていた。
「師匠って、本当に……」
(手練れのすけこましすぎる……)
言われなくとも、万葉はすでに師匠に夢中だった。思い切りこの感情をぶつけても、師匠は怒らないだろうか。面倒くさく思わないだろうか、と少しは考えたのだが、マスターが言っていた寄りかかっても支えてくれる人という言葉を、信じてみようと思った。
***
月初の出社で気が重たくなるのは、いつも首位争いをしている後輩の遠藤が、トップの座をそうやすやすと譲ってはくれないからだ。
朝礼で先月のトップ賞を発表されて、いつも二位になってしまっている万葉は、毎月苦い思いをする。しかし、今月はその気持ちが薄らいだ。
名前によるクレームは相変わらずあるけれども、実は自分の名字が今は田中であって、あんな素敵な人が旦那さんなのだと思うと、溜飲が下がる思いだ。師匠の笑顔を思い出して、発表中に顔を赤らめてしまった万葉は、部長に怪訝な顔をされたのだが、大丈夫ですと作り笑いでごまかした。
師匠の影響力がすごいのか、結婚というものの影響力がすごいのかは分からないが、どちらにしても、万葉の心は落ち着いて安定していた。クレームが来たところで以前のようにイラっとしなくなったし、新海無しで対処できる回数が、前月は多かった。
(恋心、凄まじい……)
心境の変化を感じながら、やっぱり引っ越しをしようとふと考える。安心してほしいと何回も言われたが、言葉だけで満足できないのが乙女心の面倒くさいところでもある。
実際に一緒に住めば、もしかしたら捨てられてしまうのではないかという不安が和らぎ、そして師匠の事をもっと知ることができるのかもしれないと考えていた。
のんびりとそんなことを考えていると、総務から呼び出しが来た。
「では万葉さん、お世話様でした。お引越しはいつでもいいですけど、早めだと僕も嬉しいです」
「……あ、はい。それはまた連絡します。師匠、甘やかしすぎじゃないですか、私のこと?」
それに玄関の扉のドアノブを持っていた師匠は、うーんと考えて首をかしげる。二歩で万葉の元へと戻ってくると、万葉の頭をよしよしと撫でた。かと思うと、急に肩を引っ張って、耳元に近づいて来る。
「僕は本当は優しくないです……今すぐにでも、貴女の素肌に触れたいし、僕がどれだけ好きかを、貴女の体中に叩き込みたいですが。甘やかしていますよ……好きですからね、奥さん」
ちゅっとほっぺたにキスをされて、万葉がビックリしていると、ニコニコと師匠が微笑んだ。
「万葉さんは、僕に甘やかされているくらいが丁度よさそうです。そうやって、可愛い反応も見られますし、まんざらでもない顔されると僕も嬉しいです」
もう一度ドアノブに手をかけると、師匠は穏やかに口元を緩めた。
「僕だけに夢中でいて下さいね。後悔はさせませんから」
では、と軽やかに手を振って去って行く姿を見送って、万葉はその場にぽかんと立ちすくんだまま、しばらくそうしていた。
「師匠って、本当に……」
(手練れのすけこましすぎる……)
言われなくとも、万葉はすでに師匠に夢中だった。思い切りこの感情をぶつけても、師匠は怒らないだろうか。面倒くさく思わないだろうか、と少しは考えたのだが、マスターが言っていた寄りかかっても支えてくれる人という言葉を、信じてみようと思った。
***
月初の出社で気が重たくなるのは、いつも首位争いをしている後輩の遠藤が、トップの座をそうやすやすと譲ってはくれないからだ。
朝礼で先月のトップ賞を発表されて、いつも二位になってしまっている万葉は、毎月苦い思いをする。しかし、今月はその気持ちが薄らいだ。
名前によるクレームは相変わらずあるけれども、実は自分の名字が今は田中であって、あんな素敵な人が旦那さんなのだと思うと、溜飲が下がる思いだ。師匠の笑顔を思い出して、発表中に顔を赤らめてしまった万葉は、部長に怪訝な顔をされたのだが、大丈夫ですと作り笑いでごまかした。
師匠の影響力がすごいのか、結婚というものの影響力がすごいのかは分からないが、どちらにしても、万葉の心は落ち着いて安定していた。クレームが来たところで以前のようにイラっとしなくなったし、新海無しで対処できる回数が、前月は多かった。
(恋心、凄まじい……)
心境の変化を感じながら、やっぱり引っ越しをしようとふと考える。安心してほしいと何回も言われたが、言葉だけで満足できないのが乙女心の面倒くさいところでもある。
実際に一緒に住めば、もしかしたら捨てられてしまうのではないかという不安が和らぎ、そして師匠の事をもっと知ることができるのかもしれないと考えていた。
のんびりとそんなことを考えていると、総務から呼び出しが来た。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
アルファとアルファの結婚準備
金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。 😏ユルユル設定のオメガバースです。

ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる