59 / 61
幕間 出会う③
しおりを挟む
一成はひとり口を閉じて見上げていた。少し前まであった反発や反感は、どこからともなくきた突風に吹き飛ばされてしまった。
「君は」
男性は丁寧に彫り込まれた頬を和らげる。
「新入生だな、当然だが」
返事を求めてはいない口調。
「まだ若いことに感謝するんだな」
皮肉そうに会話を閉じる。
一成は息をするのも忘れたように男性を見つめる。まるでそう命令されたように目を離さないでいる。いや、離せない。
不満も不快さも苛立ちもなかった。無礼で辛辣な物言いにも腹立つことはなかった。
ただただ圧倒された。
男性は蝋人形のように固まってしまった一成を見て、どこか不憫そうに息をつく。
「ああ、私の欠落しているところは、ここは傍若無人なロンドンではないということを失念してしまうことだ」
独り言のように呟くと、後ろの棚を振り返り、探すように少しだけ顔をあげて、天井から二段目の中央箇所にあったハードカバーの本をいとも簡単に取り出す。その本を片手で一成に差し出した。
「読みなさい」
無造作に渡された一冊。一成は借りてきた猫のように両手で受け取る。
「その本が君に幸運をもたらすだろう」
一成は表紙にある本の名前に目を落とす。しかしこの本がどうして幸運をもたらすのか、素直によくわからない。
「不思議そうな顔をしている君に、答えの一つを提示しよう」
男性は愉しんでいるようだった。
「私は日本史の教師だ」
本には「日本最古の歌集 万葉集」とある。
一成は両手でハードカバーの本を持ちながら、心の底で違和感が鎮火し切れていない残り火のように燻ぶった。外見は明らかに欧米人風の男性である。なのに当たり前のように日本語を喋り、日本史の教師で、万葉集を勧める。どうにもチグハグでおかしい。
すると、まるでその気持ちが伝わったかのように男性は静かに言った。
「目を上げなさい」
一成は何かの力で突き動かされるように顔を上げて男性を見た。
湖面のような淡い緑色の瞳が自分を射抜くように見つめていた。
「その本を読んだら、感じたことを私へ話しなさい」
ごく自然に言い渡す。
一成もまた何の迷いもなく頷いた。そうさせる雰囲気が男性にはあった。
「とても楽しみだ」
榮は満足げに美しい色合いの瞳で佇む。
「君に、一体どのような幸運がもたらされるのか」
一成は耳に絡まってきた言葉を黙って聞いた。胸の中では、今まで感じたことのない緊張が生まれていた――
「君は」
男性は丁寧に彫り込まれた頬を和らげる。
「新入生だな、当然だが」
返事を求めてはいない口調。
「まだ若いことに感謝するんだな」
皮肉そうに会話を閉じる。
一成は息をするのも忘れたように男性を見つめる。まるでそう命令されたように目を離さないでいる。いや、離せない。
不満も不快さも苛立ちもなかった。無礼で辛辣な物言いにも腹立つことはなかった。
ただただ圧倒された。
男性は蝋人形のように固まってしまった一成を見て、どこか不憫そうに息をつく。
「ああ、私の欠落しているところは、ここは傍若無人なロンドンではないということを失念してしまうことだ」
独り言のように呟くと、後ろの棚を振り返り、探すように少しだけ顔をあげて、天井から二段目の中央箇所にあったハードカバーの本をいとも簡単に取り出す。その本を片手で一成に差し出した。
「読みなさい」
無造作に渡された一冊。一成は借りてきた猫のように両手で受け取る。
「その本が君に幸運をもたらすだろう」
一成は表紙にある本の名前に目を落とす。しかしこの本がどうして幸運をもたらすのか、素直によくわからない。
「不思議そうな顔をしている君に、答えの一つを提示しよう」
男性は愉しんでいるようだった。
「私は日本史の教師だ」
本には「日本最古の歌集 万葉集」とある。
一成は両手でハードカバーの本を持ちながら、心の底で違和感が鎮火し切れていない残り火のように燻ぶった。外見は明らかに欧米人風の男性である。なのに当たり前のように日本語を喋り、日本史の教師で、万葉集を勧める。どうにもチグハグでおかしい。
すると、まるでその気持ちが伝わったかのように男性は静かに言った。
「目を上げなさい」
一成は何かの力で突き動かされるように顔を上げて男性を見た。
湖面のような淡い緑色の瞳が自分を射抜くように見つめていた。
「その本を読んだら、感じたことを私へ話しなさい」
ごく自然に言い渡す。
一成もまた何の迷いもなく頷いた。そうさせる雰囲気が男性にはあった。
「とても楽しみだ」
榮は満足げに美しい色合いの瞳で佇む。
「君に、一体どのような幸運がもたらされるのか」
一成は耳に絡まってきた言葉を黙って聞いた。胸の中では、今まで感じたことのない緊張が生まれていた――
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる