55 / 69
第五話⑪
しおりを挟む
「桐枝、座れ」
麻樹は更衣室の隅にある丸椅子に伝馬を促す。伝馬は少々ポカンとなって目の前の展開を眺めていたが、麻樹に呼ばれてすぐに「失礼します」と言われた通りに椅子に腰かけた。
「長い話じゃない。けれど、短くもない」
麻樹はもう一つの椅子に伝馬と並んで座る。
伝馬はきちんと膝の上に両手を置いて、姿勢を硬くする。まるでこれからサスペンス映画でも見るような緊張さが全身を覆っている。
「聞かされた話だ。だから、本当かどうかもわからない」
そう口にしながらも、麻樹は真剣そのものだ。
伝馬は心臓の動悸を感じながら、息を殺して麻樹の言葉に全神経をそそぐ。
「俺が一年生だった時に聞いた話だ」
麻樹は淡々と語り始めた。
夕闇が迫る中、一成は歩いて帰っていた。
愛車のフェアレディZはあと数日で修理が終わるという。結局代車は借りずに、車が戻ってくるまで徒歩で学園まで通うという生活を送っていたのだが、歩いて帰るという新たな選択肢ができたのは良かったと感じていた。
――スーパーにも普通に立ち寄れるしな。
帰宅ルートには日常生活に必要な小売店が並んでいる。用事がなければ車はなくても支障はないので、愛車が来るまでマンションと学園だけを往復する生活をしようと決めた。元々アウトドア派ではないし、気ままな独身である。特別に不都合はなかった。
――一日が無事に終わるとホッとするな。
一成はやわらいだ風に一息つく。教職は生徒を相手にしているので、尚更に緊張の糸がゆるむ。車通勤していた時は運転席に座るとそう感じたが、自分の足で帰っていくと、学園外の景色や光景に刺激を受けるからか、ずっと気分がリラックスして心が軽い。この前のような踏んだり蹴ったりの一日ではなかったので余計によろしかった。
――生徒たちも何事もなかったし。
つつがなく学園生活を送れているかどうかが一成には重要である。よく勉強してくれれば言うことはないが。
――来月は中間考査がある。その次は体育祭だ。どちらも早く取り掛からないと。
一成は歩く速度を落とさずにつらつらと考える。中間考査は一年生が受ける初の定期テストだ。一成は全員に良い成績を取って欲しいのでテスト内容も色々と工夫している。良い点数を取れば面白く感じて、勉強にも熱が入るかもしれないという希望を抱いている。それが終われば体育祭だ。
体育祭は例年七月に行われていて、各クラスで色々と準備が始められる。吾妻学園では生徒会が主体となって開催されるが、一番のメインイベントは各クラスから選ばれた一名がクラス代表の名誉をかけて競い合う学園一文武両道会である。某有名マンガからパロったおふざけ満載の名称で、当初は体育祭を盛り上げるネタイベントだったのだが、人間と言うのは競い始めると冗談では済まなくなっていくのだろう、いつのまにか本気度ナンバーワンイベントになってしまった。内容は名称の通り、文と武の両部門で得点を競い合い、最高得点者が優勝となる。そのクラス代表を決める話をホームルームでしたのだが、生徒たちの反応は鈍かった。まあ仕方ないと一成は理解している。学園に入学してまだ半年も経っていないのだ。だからこそ七月に開催されるのである。一年生たちが体育祭という行事を通じてクラスや先輩たち、学園の生活に馴染んでいけるようにとの学園側の願いである。
麻樹は更衣室の隅にある丸椅子に伝馬を促す。伝馬は少々ポカンとなって目の前の展開を眺めていたが、麻樹に呼ばれてすぐに「失礼します」と言われた通りに椅子に腰かけた。
「長い話じゃない。けれど、短くもない」
麻樹はもう一つの椅子に伝馬と並んで座る。
伝馬はきちんと膝の上に両手を置いて、姿勢を硬くする。まるでこれからサスペンス映画でも見るような緊張さが全身を覆っている。
「聞かされた話だ。だから、本当かどうかもわからない」
そう口にしながらも、麻樹は真剣そのものだ。
伝馬は心臓の動悸を感じながら、息を殺して麻樹の言葉に全神経をそそぐ。
「俺が一年生だった時に聞いた話だ」
麻樹は淡々と語り始めた。
夕闇が迫る中、一成は歩いて帰っていた。
愛車のフェアレディZはあと数日で修理が終わるという。結局代車は借りずに、車が戻ってくるまで徒歩で学園まで通うという生活を送っていたのだが、歩いて帰るという新たな選択肢ができたのは良かったと感じていた。
――スーパーにも普通に立ち寄れるしな。
帰宅ルートには日常生活に必要な小売店が並んでいる。用事がなければ車はなくても支障はないので、愛車が来るまでマンションと学園だけを往復する生活をしようと決めた。元々アウトドア派ではないし、気ままな独身である。特別に不都合はなかった。
――一日が無事に終わるとホッとするな。
一成はやわらいだ風に一息つく。教職は生徒を相手にしているので、尚更に緊張の糸がゆるむ。車通勤していた時は運転席に座るとそう感じたが、自分の足で帰っていくと、学園外の景色や光景に刺激を受けるからか、ずっと気分がリラックスして心が軽い。この前のような踏んだり蹴ったりの一日ではなかったので余計によろしかった。
――生徒たちも何事もなかったし。
つつがなく学園生活を送れているかどうかが一成には重要である。よく勉強してくれれば言うことはないが。
――来月は中間考査がある。その次は体育祭だ。どちらも早く取り掛からないと。
一成は歩く速度を落とさずにつらつらと考える。中間考査は一年生が受ける初の定期テストだ。一成は全員に良い成績を取って欲しいのでテスト内容も色々と工夫している。良い点数を取れば面白く感じて、勉強にも熱が入るかもしれないという希望を抱いている。それが終われば体育祭だ。
体育祭は例年七月に行われていて、各クラスで色々と準備が始められる。吾妻学園では生徒会が主体となって開催されるが、一番のメインイベントは各クラスから選ばれた一名がクラス代表の名誉をかけて競い合う学園一文武両道会である。某有名マンガからパロったおふざけ満載の名称で、当初は体育祭を盛り上げるネタイベントだったのだが、人間と言うのは競い始めると冗談では済まなくなっていくのだろう、いつのまにか本気度ナンバーワンイベントになってしまった。内容は名称の通り、文と武の両部門で得点を競い合い、最高得点者が優勝となる。そのクラス代表を決める話をホームルームでしたのだが、生徒たちの反応は鈍かった。まあ仕方ないと一成は理解している。学園に入学してまだ半年も経っていないのだ。だからこそ七月に開催されるのである。一年生たちが体育祭という行事を通じてクラスや先輩たち、学園の生活に馴染んでいけるようにとの学園側の願いである。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる