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第三話⑧

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 ――読んだと言っていたが……

 あの保健室でのやり取り。伝馬の態度はギスギスしていたが、きちんと読んでくれたのは伝わってきた。有言実行してくれたのも嬉しかったが、図書室で本を借りて読んだというのが意外だった。確かに自分が読んだ万葉集は古典文学シリーズで出版されているが、七生の言う通り、今の時代ならネットでも読めるし、スマホでも気軽に目にすることができる。

 ――俺が本で読んだからって……

 一成は無意識に左頬を撫でた。何だかこそばゆい。

「嬉しいね、一成」

 七生はカウンター越しに一成を眺めながら、その心情を代弁する。

「自分が薦めた本を読んでくれただけでも嬉しいのに、同じ形式で読んでくれる生徒はあまりいないよ」
「……そうだな」

 一成は小さく相槌を打つ。段々と気恥ずかしくなってきた。

「ああ、一成が羨ましい」

 やおら七生は両手で頭を抱え込む。

「俺もそういう人生を過ごしたいのに……俺が生徒に本を薦めても、みんな引いちゃってさ……どうして?」

 最後の問いかけは同窓の友へ投げかけている。

 投げかけられたクエスチョンに、同窓の友は難しいという表情のアンサーを出した。一言で言えば、今日日きょうびの高校生が興味をもたない本ばかり薦めるからだ。だがそれをオタク強度の七生に説明するのは大変だ。

 ――俺は七生と同年代で、本を読むのも苦じゃないからいいんだが。

 チラッとカウンターにある分厚い本を見る。借りたのは歴史ミステリーで真面目に面白かった。だから七生も薦めてくれたんだろう。しかしこの本を高校生に薦めて果たしてどれくらいの人数が読んでくれるだろうか。まず本の厚さで尻込みされてサヨナラされるだろう。七生が紹介する本は本当に面白いのだが、多彩なコンテンツに溢れている高校生が自分の限りある自由時間で読むかと言われたら、ないなと横に首を振ってしまう。よほどの本好きであればワンチャンあるかもしれない。あるいはもう少し紹介の仕方を工夫すれば、数人くらいの好奇心は刺激されるかもしれない。

 ――桐枝はよく読んだな。

 一成は改めて感心した。万葉集である。いくら自分が薦めたからといって、古典でしかも興味もない本のページをめくっていけたなと素直に思う。自分への反発心が原動力だったかもしれないが。

 ――全く。

 ささやかな笑いが自然と洩れた。直情径行ちょくじょうけいこうという言葉が頭の片隅で花を咲かせた。

「一成」

 七生はいつの間にか、苦悩するオタクからいいムード全開の図書室司書に舞い戻っている。

「幸せそうだな」

 七生の表情は楽しそうだ。

 一成はゆるんでいた口元を引き結んで、教師の顔になる。

「そうか?」
「そうだ。本当に羨ましい」

 俺は全部お見通しと言わんばかりに、七生は盛大に吐き出す。

「俺も人生で一度は、先生と同じスタイルで薦められた本を読みましたって言われたいよ」

 最後に願望をダダ洩れにして分厚い本を手に取り、奥にある返却棚へ持っていく。

 一成は何も言わない。ただ軽く左頬を撫でると、黙って図書室を出た。
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