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第二話⑨

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 途中、下校する生徒たちと挨拶を交わしながらすれ違う。クラブ活動の時間だが、一成は生徒たちのサポート面を担当しているのでどのクラブにも関わっていない。順慶が柔道部の顧問と兼任しているのは、単純に順慶がパワフルティーチャーなだけだ。俺は柔道馬鹿なんだと豪快に笑うが、以前に健康診断で一緒になった時に衣服を脱いだ順慶の肉体は、じいさん呼びするのも失礼なほどに輝かしく鍛えられた柔道マンそのもので、日頃から真剣に稽古に取り組んでいるのがよくわかった。

 ――こんな時間に呼び出されるとはな。

 階段を上がりながら、嫌な予感が頭の中を一周する。ずっと不在で、その間は副理事長の松永栖来くるすが理事長代理として学園の運営を仕切っていた。理事長が不在の理由は興味がなかったが、いつ帰って来るのかは知りたかった。

 ――あいつが素直に教えてくれるわけがないか。

 一成は栖来の冷ややかな眼差しとそれ以上に凍った刃で相手を刺すような言動を思い出して、うんざりしたように頭が斜め方向に傾く。どうしてうちの学園には癖の強い男ばかりいるんだとわずらわしくなるが、順慶が聞いたら「お前もだぞ、一成」と突っ込まれるに違いない。そんなことは露も思わずに最上階へ到達すると、一成はガランと静まり返った廊下をゆっくりと進んで、そこの階には一つしかないアンティーク調の扉の前に立つと、右拳をグッと握りしめて思い切りガンガンとぶっ叩いた。

「やかましい、早く入れ」

 すると、扉の脇にある小さな絵画から厳しい声が飛んできた。一成はちらりと一瞥をする。純白の額縁で飾られているのは、美しい女性が白百合の花束を両手で抱えて穏やかな笑顔を見せている絵だ。長い黒髪に白い肌に水色のワンピース。見るからに清楚な若い女性の絵だが、この絵画がドアホンになっている。理事長が特注で作らせた一品だ。
 一成の眼差しが呆れを越えて薄気味悪いものでも見るような色合いになる。絵画がドアホンなのは知っていた。だから見ないようにしていたしノックしたのだ。

 ――本当にどうしようもないな。

 肩をすくめてドアノブを回し「失礼します」と室内へ入った。
 理事長室はさして広くはないが、映画やドラマで見かけるような豪奢で重厚な内装になっている。置かれているテーブルやソファーや椅子などのインテリアはオーク材に革張り仕様でグレードが高く、その室内デザインに相応しい高価で格調高い雰囲気を放っている。絨毯が敷かれた床に踏み込んだ一成はドアを閉めると、まっすぐに前へ進んだ。その先にはマホガニーの机を前にふかふかな椅子に座って一成を待っている男性がいた。

「どうしてすぐに来ないんだ、一成」

 第一声が刺々しい非難である。一成も同じ口調で言い返した。

「今聞いたんだ。これでも急いだんだ」
「それが久しぶりに会った叔父さんに対する言い方か、一成」

 吾妻学園の最高責任者である副島冴人さえと理事長は甥っ子に似た凄みのある三白眼で睨んだ。
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