11 / 69
幕間 片想いの相聞歌③
しおりを挟む
「どんな歌に興味を持ったんだ?」
伝馬はちょっと考えるように俯いた。
「歌じゃないんですが……歌の種類みたいなのに、少し関心を持ちました」
「雑歌や、挽歌というやつだな」
「はい」
ここで伝馬は考えがまとまったというように、顔をあげた。
「俺が興味を持ったのは、相聞歌です」
一成は無言で頷いた。万葉集は三つの部類で編纂されている。雑歌、挽歌、相聞歌。挽歌は死者を悼む歌で、雑歌は挽歌や相聞歌以外の歌を差し、相聞歌はいわゆる男女の恋を詠む歌だ。
「いいことだ」
あえてその恋の歌の名称を口にしなかった一成である。面倒な展開はご免こうむりたかったので、早々に話を打ち切って保健室を出ることにした。
「ちゃんと飯は食べろよ」
担任らしい言葉を残して、カーテンを手で押さえながら離れようとした。
「俺がいいなと思ったのは」
しかし伝馬は担任の行動を無視して、話を続ける。
「あくまで歌を詠みながら、気持ちを交わしあうところです。気持ちを打ち明けても、殴ったりしないところです」
ささくれた感情を晴らすかのように、棘にまみれた言葉を一成の背中にぶつける。
――やっぱりきたか。
一成は軽く両目を瞑った。聞くんじゃなかったと頭が痛くなったが、日本史を教える心優しい教師から相談室の問答無用な世話係に心を入れ替えて、伝馬へ億劫げに向き直った。
「桐枝、言っておくが」
少々凄みのある声を出す。
「俺はお前のような生徒には、全員同じことを返してやったんだ。それが俺の相聞歌だ」
有無を言わせない口調で断言すると、今度こそベッドのカーテンを乱暴に引いて保健室を出て行こうとした。
「俺は!」
だが、伝馬は怯まずに言い返す。
「そんな相聞歌なんかぶっ潰してやる! 絶対に俺は先生に負けない!」
一成は振り返らずに、後ろ手で保健室のドアを勢いよく横に閉めた。ドアはぶつかるような音を立てて跳ね返りそうになったが、ぐっと手に力を入れて押し留めた。
――何を言っているんだ、あいつは。
ドアを背に立ったまま、一成は唖然となる。
――何が絶対に負けないだ。
その主張に込められた気持ちにうんざりとなる。相談室で告白された時にストレートパンチを喰らわせる形で断ったことを、伝馬はいまだに根にもっているのだろう。
――知らんな。
一成はそっぽを向いて廊下を歩き出す。だが、口から小さなため息が洩れたのは、自分でも不思議だった――
伝馬はちょっと考えるように俯いた。
「歌じゃないんですが……歌の種類みたいなのに、少し関心を持ちました」
「雑歌や、挽歌というやつだな」
「はい」
ここで伝馬は考えがまとまったというように、顔をあげた。
「俺が興味を持ったのは、相聞歌です」
一成は無言で頷いた。万葉集は三つの部類で編纂されている。雑歌、挽歌、相聞歌。挽歌は死者を悼む歌で、雑歌は挽歌や相聞歌以外の歌を差し、相聞歌はいわゆる男女の恋を詠む歌だ。
「いいことだ」
あえてその恋の歌の名称を口にしなかった一成である。面倒な展開はご免こうむりたかったので、早々に話を打ち切って保健室を出ることにした。
「ちゃんと飯は食べろよ」
担任らしい言葉を残して、カーテンを手で押さえながら離れようとした。
「俺がいいなと思ったのは」
しかし伝馬は担任の行動を無視して、話を続ける。
「あくまで歌を詠みながら、気持ちを交わしあうところです。気持ちを打ち明けても、殴ったりしないところです」
ささくれた感情を晴らすかのように、棘にまみれた言葉を一成の背中にぶつける。
――やっぱりきたか。
一成は軽く両目を瞑った。聞くんじゃなかったと頭が痛くなったが、日本史を教える心優しい教師から相談室の問答無用な世話係に心を入れ替えて、伝馬へ億劫げに向き直った。
「桐枝、言っておくが」
少々凄みのある声を出す。
「俺はお前のような生徒には、全員同じことを返してやったんだ。それが俺の相聞歌だ」
有無を言わせない口調で断言すると、今度こそベッドのカーテンを乱暴に引いて保健室を出て行こうとした。
「俺は!」
だが、伝馬は怯まずに言い返す。
「そんな相聞歌なんかぶっ潰してやる! 絶対に俺は先生に負けない!」
一成は振り返らずに、後ろ手で保健室のドアを勢いよく横に閉めた。ドアはぶつかるような音を立てて跳ね返りそうになったが、ぐっと手に力を入れて押し留めた。
――何を言っているんだ、あいつは。
ドアを背に立ったまま、一成は唖然となる。
――何が絶対に負けないだ。
その主張に込められた気持ちにうんざりとなる。相談室で告白された時にストレートパンチを喰らわせる形で断ったことを、伝馬はいまだに根にもっているのだろう。
――知らんな。
一成はそっぽを向いて廊下を歩き出す。だが、口から小さなため息が洩れたのは、自分でも不思議だった――
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。


【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる