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58. 次の目的地を、ドラファルトへ
しおりを挟む綺麗に整えられた寝台で、清められたリリアーナがぐっすりと眠る姿を見ながら椅子に腰かけていると、実の兄が酒を持って目の前に腰を下ろした。
「兄上、オレは許せませんよ」
「どうとでも言え」
「っ、何故!助けたのですか!」
「先も言っただろう。お前が必要だからだ。それに、俺がいなくなったら正式な後継者はお前だけだしな」
「······オレは皇帝なんかには相応しくないし。そんなのに興味はない。お二人の御子を支えるのが、オレの仕事だ!」
「そうか。ではやはりお前は死なせられぬ」
顔を俯けていたロキは、優しい声でそう言い放ったヴィクトールを見た。
やはりこんなの間違っている。自分を助けるためだとしても、皇后にあんな真似を······。と先ほどまでの情景を思い出し、恥ずかしくなって赤面した顔を隠すように再び俯いた。
「劣情は抱くなよ。いくらお前でも彼女は渡せない」
「······ッ!わかっています!それにオレにはそんな気など!「ほう? そんなに勃起させておいてよく言う、」
ロキはヴィクトールに指摘され、慌てて脚を組んで股間を隠した。そして、ごほんっと大きな咳払いをすると、酒を呑み干して、ヴィクトールを見つめ口を開く。
「······兄上。それで、彼女は治癒魔法の使い手なのですか?」
「ああ、詳しくは言えないが。そうだな。
ただ発動条件がある。察してくれ」
大方、唾液などの粘液交渉による治癒なのだろう。けれど、瀕死の状態であった自分をここまで完全回復させたのだから。と考え、そして一つの答えに結び付く。
「もしかして、女神と同じ、大聖女なのですか?オレ、瀕死状態だったはずなんだよ······それが······」
「······。大聖女、かどうかは分からないが、同じ最高位の治癒魔法の使い手ではある、な」
その言葉に、ロキは息を呑んだ。
それは、この世界の均衡が崩れるほどに強力で、誰もが望む力ではないか、と。
ヴィクトールがそれを知らずに彼女を娶ったとしても、他の国の王族達が彼女を横取りして捕らえ、国の発展に利用する可能性だってある。
王族だけではない。神殿だって喉から手がでるほどに欲しい筈。
最強の闇魔法の使い手で魔眼持ちの皇帝が、大治癒という最高位の光魔法を行使する妻を得たのだ。
「無敵すぎるだろ······それ、」
「彼女には、誓約魔法を施してある。万に一も誰かに触れられることはない。あぁ、それと悪いが。お前の記憶も、少し隠させてもらうぞ?
いくらお前でも、リリアーナとの口づけを記憶させておくことはできないからな」
ロキは治癒行為の記憶を闇魔法で曖昧にするのだという事を察した。そしてそれに同意して、頷く。
ヴィクトールは彼の瞳に手を翳すと【記憶隠蔽】を行使した。
闇魔法で記憶を消去する事は不可能だが、靄がかかったかのように隠蔽する事は可能だ。ただ、記憶自体は脳に存在するので、思い出そうとすればきっとその情報の乖離に魘される事にはなるだろうが。
「さて、話題を変えよう。お前を殺ったのは、あの竜人か?」
ヴィクトールの怒りを孕んだ声に、ロキは背筋を伸ばして返答する。
「はい。あれは、確かにあの金髪の竜人でした。
名をヴォル、と」
「竜王の三男の側近の一人か。確かに奴は強そうだったな」
「あいつは、オレと同じ匂いがしました。むしろ淡々と殺す事しか考えていない感情の欠落した戦士のようで気味が悪かったです」
「そうか。近日行われる予定の竜王の長男ロンファの即位式に呼ばれた。その同行者にはお前も含めよう。売られた喧嘩だ。盛大に買ってやろう」
漆黒の闇を纏わせながら、にやりと笑ったヴィクトールを見て、ロキは身体を震わせる。
ドラファルトにはまだヴィクトールの妻が治癒魔法の使い手である事は知られてはいないだろう。
絶対に敵には回したくない相手だな、とロキは隣で不敵に笑う兄を見た。
「明日にはリチャードと魔道具研究所に知らせを出そう。最優先で対竜人族用の魔道具の開発を行う。
それを持って、ドラファルトに行くか。護衛の人選は······そうだな。ロキ、ジョシュア、シャルロッテくらいにしておこう。
あまり大勢連れて行っても怪しまれるからな」
「はい、それが良いかと思います。次は必ず仕留めて見せます」
「ロンファも、あの第三王子バロンに虎視眈々と命を狙われていると嘆いていたな。お前も次は無理するなよ。次は見殺しにするぞ」
「はっ、」
ロキは深く頷いて跪く。
「この度はご迷惑おかけし、申し訳ございませんでした」
ロキは寝台で眠るリリアーナを見て、じゅくりと鋭利な刃物で心臓を抉られるような痛みを感じ、理由も分からぬまま胸元を抑えて部屋を退出した。
彼にはリリアーナが治癒魔法の使い手という情報は残っている。しかし、ヴィクトールの記憶隠蔽魔法により、どのように治癒を施してもらったかは既に分からなくなっているのだ。
ヴィクトールは部屋から立ち去った弟を見ながら溜息をついてから立ち上がる。
「バロンそしてヴォルとやら。俺の弟に手を出した非礼、絶対に許すつもりはない。待っていろ、」
そして、寝台で眠る最愛の妻の額に口付けを落としてから、彼女を抱きしめ眠りについた。
翌日、皇国皇城ではドラファルトに向けた緊急の対策会議が行われ、其々が各自の役割の下、違った形で出国のための準備を整える事となった。
それから約一月後、ヴィクトールはリリアーナと護衛三人を連れて、ロンファの即位式出席という名目でドラファルトへの旅路についたのである。
─────── 第二章・完 ───────
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