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52. ロンファの、怒り
しおりを挟むロンファはヴィクトールの居なくなった部屋で寝台に座ったままの弟バロンに向かって声を荒げた。
「バロン!何てことをしてるんだ!正気か?!」
大股で彼の元に近づき、胸倉を掴みあげる。
刹那、シュッ──と刃物が空気を斬る音と共に背後から何者かが迫る。そして、それが自身の首元に触れる寸での所でロンファはその腕を掴んだ。
「君がどんなに強かろうと、僕は簡単には殺れないと思うよ?」
「ッ、主をハナセ、」
背後からから完璧に気配を消しながら、五本の爪の刃が出る武器”鉤爪”を振り上げて来たのだろう、金髪の竜人騎士はじっとロンファを見ている。
鋭く光る切先には毒も塗られているようだし、本当に用意周到な事だな、とロンファはふっと息を漏らした。
ロンファが掴む腕に力を込めるとミシミシという音が部屋に響き、その特注の武具に亀裂が入る。そしてそれを身に纏った男は顔を歪め苦痛の表情を浮かべた。
「仮にも僕は次期国王なんだ。愚弟の犬が、不敬だよ」
にっこりと艶然と微笑んだロンファが更に力を込めれば、バキバキッという鈍い音と共に彼の腕の骨が砕ける音が聞こえて男が身悶える。
「ッう······、」
「ヴォル、もう良いよ」
ロンファに胸倉を掴まれたままの脱力していたバロンが彼を見てそう呟くと、そのヴォルと呼ばれた騎士は出していた鉤爪をしまった。
ロンファは彼を鬱陶しそうに横に振り飛ばす。
普通の者であれば勢いそのままに床に伏せ倒れるところだろうが、ヴォルは床に着く直前でさっと身体を転がして衝撃を和らげながら静かに跪いた。
「チッ、」
いくら竜人族といえど腕が折られているとは思えないその身のこなしにロンファは悪態をつく。それも、バロンの方をしっかりと向いて体勢を着地させ傅いているのだ、本当に気に入らない事この上ない。
ヴォルは弟バロンの持つ最大戦力である。現在のドラファルトの王宮にも彼を越える戦士はいないだろう。だが、彼は人格が欠落しており、幼い時からバロンにのみ懐く、謂わば彼の忠犬のようなものだ。いや、狼族ではないのだから、忠竜とでも言うべきか。
護衛騎士としての役職を持ってはいるが、彼の戦闘力はすでにその域を逸脱している。
鉤爪などの装備を使い、軽い身のこなしの戦闘に特化している彼の本名を、ヴォルフラムツィルガーという。
それもどうせあの夢見がちな愚弟が名づけ親であるのだろう。その中二病の様な名前、本当にこの馬鹿が付けそうだ。とロンファはバロンを睨んだ。
「本当にお前たちは仲が悪いのお。ロンファ、お前は真面目すぎるのだ」
長椅子に腰かけて、娼館帰りの乱れた衣服を直しながら、父親である竜王が退屈そうな視線を向けた。娼館にてお愉しみだった所を急に皇帝により強制的にこの部屋に転移させられたのだ、閨狂いの父からすれば相当不服だろう。
「して、バロン。儂の愉しみを奪ってくれた責任をどう取ってくれるのだ?うん?」
「父上、お愉しみの所、大変申し訳ございませんでした」
未だに胸倉を掴んだままのロンファを片手で気怠そうに押し退けて、バロンは父親に頭を下げた。
「お前の所為で興が削がれたぞ。すぐに消えろ、」
「はい。明日、一番で中立国に戻ります」
「うむ。学園での勉学、励めよ。我が国に魔法は今後必須となるであろうからな。
して、一つ聞いておこう。問題を起こした真の理由はなんだ?明日皇帝に会う際に説明せねばならぬ。
まだ、戦争等、起こしたくはない」
「はい······。······番でしたので、」
「ほう?あの姫か?」
その瞬間、父の目がギラリと光るのをロンファは見た。
あれは獲物や新しい玩具を見つけた時の欲望を剥き出しにした時のそれだと知っている。
”番”という言葉にロンファは嫌な予感を覚える。そして続くバロンの言葉に堪らず声を張り上げた。
「はい。獣人の番は絶対です。私には抗えません、」
「そんな訳がないだろう!リリアーナ様はもう皇国の皇后なんだぞ!そんな崇高なお方を拉致、監禁するなんて、正気ではない!」
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