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41. 自分だって・・・こんなにも・・・
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「う"ぅぅっ、」
その日の朝、ノアの隣で眠るフィリスが苦しみだして、ノアはすぐに飛び起きた。
彼女をボルマン医師に任せ、ノアは執務室へ駆けこむとレオンに魔法での文を出す。
『フィリスの陣痛が始まった』
この一言だけできっとレオンには伝わるだろう。
奴なら血相を変えて帰ってくるに違いない。
ノアは魔法文が完全に消失した事を確認し、直ぐに夫婦の寝室に走って戻った。
その途中、ノアの脳裏には先日、ライラが執務室にやってきた時の事が思い出された。
『フィリスとの将来を考えているなら、しっかり彼女に向き合ってその気持ちを伝えてください!』
そう言った彼女の顔は真剣そのもので。
あの後、何度もフィリスと話をする機会を取ろうとはしているのだが、のらりくらりと交わされて気付けばお互いの距離感はあまり変わらないまま、今朝フィリスの陣痛が来てしまった。
女性の妊娠と出産については一通り勉強した為”陣痛”については分かっている。
だが、予定より少し早いそれにノアは慌てた。
彼女に自分の想いを伝えず、彼女の気持ちもはっきりとさせないまま、子供が産まれてしまう······。
それで本当に良いのだろうか?と。
『直接想いを口に出さなければ伝わりませんよ!』というライラの言葉に加えて、フィリスはこの公爵家を出る準備をしているとまで報告を受けたのだから······今日こそはもう自分の気持ちに逃げないと、ノアは心に決める。
その決意と共に、彼は部屋の扉を開けた。
「ボルマン医師。様子はどうだ?」
「はい。陣痛で間違いないでしょう。しかし初めての出産なので、まだまだかかりそうですね」
「そうか······フィリス、大丈夫か······?俺に手伝える事はあるだろうか······?」
「痛みがあるときと、ないときがあるのです。ないときは、全く問題ないので、大丈夫です」
「その感覚がどんどん短くなって、出産となりますので。まだ準備まではしなくても大丈夫でしょう」
ボルマンのその言葉にノアは頷き、部屋の中にいる全員を見渡してから、口を開く。
「分かった。では、とりあえず、二人にしてもらえるだろうか?」
「はい、では外に待機しておりますので」
ボルマン医師や彼の助手、メイドも部屋から退出し、ノアはフェリスの隣に腰かけた。そのノアの真面目な雰囲気を敏感に感じ取ったフェリスが、堪らず身体を起こす。
それを見たノアは直ぐにフィリスの身体を支えて起こし、背中に彼の腕が回されてフィリスは顔を俯けた。······今更、赤面している、なんて知られたくなかったから。
最近はノアの距離感が近いから、あまり気にしないようにしていたけれど、やっぱり彼は色男だ。少し婚期からは歳を重ねているとしても、大人の色気がある魅力的な男性には変わりない。
そんなノアとの至近距離には今でも全く慣れず、彼から醸されるいつもと違う緊張感のある雰囲気も相まって、フィリスはその場を逃げ出したくなった。
「······フィリス、」
「あ、えーと、今すぐにお茶を」
「フィリス、逃げないでくれ」
「······っ、逃げてなど······」
「俺達の、今後の話をしよう。······俺の気持ちを聞いてほしい······!」
フィリスはそれを聞きたくなかった。
理由は、自分達の離縁の話をしたくなかったわけではない。
彼の気持ちを聞くのが怖かったからでもなくて。
多分、本当の理由は······薄々気づき始めた自分の気持ち。その気持ちを彼に知られたら、この心地よいと感じ始めた関係すらも破綻してしまうのではないかと思って······それを失うのが怖ったから······なのかも。
「ノア様、別に今ではなくとも······」
「今じゃないとダメなんだ。俺は······フィリス、貴女に公爵家にこれから先もずっと一緒にいて欲しいんだ······。貴女には俺の子供を身籠って、産んでくれることに本当に感謝していて······この先、貴女がいなくなることは考えられなくて······」
ぎゅっと腕を掴まれて、フィリスは顔を歪めた。
これ以上聞いたら、必死で抑えていた感情が零れて、今あるものを壊してしまう。それは、嫌。
なのに······なんで、旦那様がそんな辛そうな顔をしているの?
跡継ぎを産む私に感謝しているから、今後も私を公爵家に留めてくれる、······ということ?
せっかく”離縁して公爵家を出る”って決意をして準備まで進めているのに······公爵家にいて欲しいなんて······どうして今更、そんな事をいうの?!
「すまない······痛かったか」
「っ、ちがう······何故、今になって······そんな事を······」
「何故って······?」
「もう契約が終わるのに、何故そんな事を言うのですか?!私の決意は?私の気持ちは······っ」
フィリスはノアを睨みつけた。
そうでもしないと涙が零れ落ちそうだったから。
「私は、貴方の契約結婚の相手。跡継ぎを産むためだけの、謂わば道具ですよね?身分もそれなりにあるから······だから私が選ばれた、ただそれだけです。ちゃんとわかっているし、身分も弁えています!
なのに、何故そうやって今になって心をかき乱すのですか?!
貴方は······、貴方には、想う相手がいるのに······!」
フィリスの瞳から零れ落ちた涙を見ながら、ノアは悲痛な表情で頭を下げた。
「······フィリス、俺の身勝手な行動で貴女を傷つけたこと、本当に申し訳なかったと思っている。
だけど、俺は貴女を離してやれない······。俺は貴女と離縁なんて出来ないし、したくないんだ·····!もし貴女がして欲しいと言っても······俺はもう了承してやれない······!」
「······え?」
あまりに予期していなかったノアの言葉にフィリスは彼を茫然と見上げた。
彼の灰色の美しい瞳に自分の唖然とした顔が映って、気付いたら胸の中に囚われていて。
ノアの香りが鼻腔を掠めてフィリスは瞳を閉じる。
何故こんなにも······彼の胸の中にいる事が安心するのだろう。
いつからこんなに安心するようになってしまったのだろう。
「フィリス······俺は、貴女の事が好きなんだ。いや、ずっと、一目見た時から好きだったんだろうな」
「っ、そんなこと······急に言われてもっ······」
「分かっている······結婚当初、俺は愚かで自分の気持ちにも気付かなかったんだ。貴女に酷い事を言って、何度も傷つけておいて、こんな事言う資格なんて俺にはないのかもしれないが······。
フィリス、貴女が好きなんだ。この気持ちを、無かった事になんか出来ないんだ······だからっ······」
「······ずるい······」
「······フィリス?」
ノアはフィリスの顔を見ようと身体を引き離そうとしたが、それは叶わなかった。
彼女がノアの胸に顔を押し付けていたから······そして彼女の小さな、だが力強い声が部屋に響く。
「旦那様は······ズルいです······そんな事を今更、急に言うなんて……」
本当に今更······。なんでこんな事を言うの······。
息が出来ない程に苦しい。堰き止められていた感情が押し流され、氾濫を起こしてしまいそうで······。
だって、自分だって······。
こんなにも······彼の事が好きなのだから。
でも、それを言葉にしたらどうなってしまうのか分からなくて。とても怖くて······。フィリスはノアの服の裾を強く握りしめた。
その日の朝、ノアの隣で眠るフィリスが苦しみだして、ノアはすぐに飛び起きた。
彼女をボルマン医師に任せ、ノアは執務室へ駆けこむとレオンに魔法での文を出す。
『フィリスの陣痛が始まった』
この一言だけできっとレオンには伝わるだろう。
奴なら血相を変えて帰ってくるに違いない。
ノアは魔法文が完全に消失した事を確認し、直ぐに夫婦の寝室に走って戻った。
その途中、ノアの脳裏には先日、ライラが執務室にやってきた時の事が思い出された。
『フィリスとの将来を考えているなら、しっかり彼女に向き合ってその気持ちを伝えてください!』
そう言った彼女の顔は真剣そのもので。
あの後、何度もフィリスと話をする機会を取ろうとはしているのだが、のらりくらりと交わされて気付けばお互いの距離感はあまり変わらないまま、今朝フィリスの陣痛が来てしまった。
女性の妊娠と出産については一通り勉強した為”陣痛”については分かっている。
だが、予定より少し早いそれにノアは慌てた。
彼女に自分の想いを伝えず、彼女の気持ちもはっきりとさせないまま、子供が産まれてしまう······。
それで本当に良いのだろうか?と。
『直接想いを口に出さなければ伝わりませんよ!』というライラの言葉に加えて、フィリスはこの公爵家を出る準備をしているとまで報告を受けたのだから······今日こそはもう自分の気持ちに逃げないと、ノアは心に決める。
その決意と共に、彼は部屋の扉を開けた。
「ボルマン医師。様子はどうだ?」
「はい。陣痛で間違いないでしょう。しかし初めての出産なので、まだまだかかりそうですね」
「そうか······フィリス、大丈夫か······?俺に手伝える事はあるだろうか······?」
「痛みがあるときと、ないときがあるのです。ないときは、全く問題ないので、大丈夫です」
「その感覚がどんどん短くなって、出産となりますので。まだ準備まではしなくても大丈夫でしょう」
ボルマンのその言葉にノアは頷き、部屋の中にいる全員を見渡してから、口を開く。
「分かった。では、とりあえず、二人にしてもらえるだろうか?」
「はい、では外に待機しておりますので」
ボルマン医師や彼の助手、メイドも部屋から退出し、ノアはフェリスの隣に腰かけた。そのノアの真面目な雰囲気を敏感に感じ取ったフェリスが、堪らず身体を起こす。
それを見たノアは直ぐにフィリスの身体を支えて起こし、背中に彼の腕が回されてフィリスは顔を俯けた。······今更、赤面している、なんて知られたくなかったから。
最近はノアの距離感が近いから、あまり気にしないようにしていたけれど、やっぱり彼は色男だ。少し婚期からは歳を重ねているとしても、大人の色気がある魅力的な男性には変わりない。
そんなノアとの至近距離には今でも全く慣れず、彼から醸されるいつもと違う緊張感のある雰囲気も相まって、フィリスはその場を逃げ出したくなった。
「······フィリス、」
「あ、えーと、今すぐにお茶を」
「フィリス、逃げないでくれ」
「······っ、逃げてなど······」
「俺達の、今後の話をしよう。······俺の気持ちを聞いてほしい······!」
フィリスはそれを聞きたくなかった。
理由は、自分達の離縁の話をしたくなかったわけではない。
彼の気持ちを聞くのが怖かったからでもなくて。
多分、本当の理由は······薄々気づき始めた自分の気持ち。その気持ちを彼に知られたら、この心地よいと感じ始めた関係すらも破綻してしまうのではないかと思って······それを失うのが怖ったから······なのかも。
「ノア様、別に今ではなくとも······」
「今じゃないとダメなんだ。俺は······フィリス、貴女に公爵家にこれから先もずっと一緒にいて欲しいんだ······。貴女には俺の子供を身籠って、産んでくれることに本当に感謝していて······この先、貴女がいなくなることは考えられなくて······」
ぎゅっと腕を掴まれて、フィリスは顔を歪めた。
これ以上聞いたら、必死で抑えていた感情が零れて、今あるものを壊してしまう。それは、嫌。
なのに······なんで、旦那様がそんな辛そうな顔をしているの?
跡継ぎを産む私に感謝しているから、今後も私を公爵家に留めてくれる、······ということ?
せっかく”離縁して公爵家を出る”って決意をして準備まで進めているのに······公爵家にいて欲しいなんて······どうして今更、そんな事をいうの?!
「すまない······痛かったか」
「っ、ちがう······何故、今になって······そんな事を······」
「何故って······?」
「もう契約が終わるのに、何故そんな事を言うのですか?!私の決意は?私の気持ちは······っ」
フィリスはノアを睨みつけた。
そうでもしないと涙が零れ落ちそうだったから。
「私は、貴方の契約結婚の相手。跡継ぎを産むためだけの、謂わば道具ですよね?身分もそれなりにあるから······だから私が選ばれた、ただそれだけです。ちゃんとわかっているし、身分も弁えています!
なのに、何故そうやって今になって心をかき乱すのですか?!
貴方は······、貴方には、想う相手がいるのに······!」
フィリスの瞳から零れ落ちた涙を見ながら、ノアは悲痛な表情で頭を下げた。
「······フィリス、俺の身勝手な行動で貴女を傷つけたこと、本当に申し訳なかったと思っている。
だけど、俺は貴女を離してやれない······。俺は貴女と離縁なんて出来ないし、したくないんだ·····!もし貴女がして欲しいと言っても······俺はもう了承してやれない······!」
「······え?」
あまりに予期していなかったノアの言葉にフィリスは彼を茫然と見上げた。
彼の灰色の美しい瞳に自分の唖然とした顔が映って、気付いたら胸の中に囚われていて。
ノアの香りが鼻腔を掠めてフィリスは瞳を閉じる。
何故こんなにも······彼の胸の中にいる事が安心するのだろう。
いつからこんなに安心するようになってしまったのだろう。
「フィリス······俺は、貴女の事が好きなんだ。いや、ずっと、一目見た時から好きだったんだろうな」
「っ、そんなこと······急に言われてもっ······」
「分かっている······結婚当初、俺は愚かで自分の気持ちにも気付かなかったんだ。貴女に酷い事を言って、何度も傷つけておいて、こんな事言う資格なんて俺にはないのかもしれないが······。
フィリス、貴女が好きなんだ。この気持ちを、無かった事になんか出来ないんだ······だからっ······」
「······ずるい······」
「······フィリス?」
ノアはフィリスの顔を見ようと身体を引き離そうとしたが、それは叶わなかった。
彼女がノアの胸に顔を押し付けていたから······そして彼女の小さな、だが力強い声が部屋に響く。
「旦那様は······ズルいです······そんな事を今更、急に言うなんて……」
本当に今更······。なんでこんな事を言うの······。
息が出来ない程に苦しい。堰き止められていた感情が押し流され、氾濫を起こしてしまいそうで······。
だって、自分だって······。
こんなにも······彼の事が好きなのだから。
でも、それを言葉にしたらどうなってしまうのか分からなくて。とても怖くて······。フィリスはノアの服の裾を強く握りしめた。
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