公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう

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38. "離れ"・・・僕/俺も検討しようかな

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 時は経ち、フィリスが安定期に入ったある日。

「アレクったら、そんなに一気に食べると詰まらせますよ」
「マリアンヌが食べさせてくれるものは、ついつい、ねえ」

 キャッキャウフフと目の前で繰り広げられるそれに、フィリスは顔を引き攣らせた。
 ノアにとっていつもの光景である彼らはこの国の国王と王妃だ。

「旦那様······国王陛下は多少は存じ上げておりますが······お隣は王妃様でいらっしゃいますよね······?これが通常状態なのですか······?」
「ああ。この二人がこの国の国王と王妃······だ」

「まあ!アレク、聞いた?”旦那様”ですって!初々しくて羨ましいわね!」
「マリアンヌも、って呼んでくれるかい?」
「うふふっ、お馬鹿な事を言わないのっ!!」

 パコーンッと清々すがすがしい音と共に国王アレクがマリアンヌに叩(はた)かれ······、一瞬フィリスとノアに向けられた意識も、またすぐに二人の独自の世界に溺れていく。

「ん"ん"っ、国王陛下、王妃陛下。フィリスが困惑しております。そろそろ挨拶をさせて頂ければと」

「畏まった挨拶なんか不要だよ。君が椅子に座らないでそこに突っ立っているのが悪いんだろう?
 さて、久しぶりだね、フィリスちゃん。私は国王アレクサンダー。ノアの奥さんになってくれてほんっとうにありがとう!!」

 にっこりと微笑んだ国王の肩に、頭を乗せるようにして手を振っている王妃マリアンヌと目が合い、フィリスは咄嗟にカーテシーを取る。

「フィリスちゃん~会いたかったわ~!マリアンヌって呼んでね!」

「マ、マリアンヌ様······、デビュタント以降······お初にお目にかかります······」
「本当に畏まらないで~!ほら、早くこちらに座って!あら······?それにしてもあまり見ないデザインの可愛らしいドレスね?」

 王妃は流行には敏感だ。鋭い目を向けるマリアンヌを見て、ノアはすぐさま口を開いた。

「王妃様、こちら、ギプロスで流行りのスタイルを取り入れてこの国の仕立て屋に作らせたドレスでして」
「へえ、ノアが女性のドレスの話をするとは驚いた!」

 アレクがノアの言葉に目を輝かせて、マリアンヌは席を立った。
 総レースにふんわりとしたゆとりのあるそのドレスは、安定期に入ったフィリスの少し大きくなってきたお腹をも隠して目立たなくしている。
 だが、女性らしい美しいラインは保たれ、レースから少し覗く肌がとても艶やかで女性の色気を全面に出していた。

「まあ······本当に美しいわね」
「あ、ありがとうございます。こちら、妊娠中でなくとも······「妊娠中かどうかに関わらず輝いている女性は皆美しいと思うけれど、それにしても貴女、デビュタントの後から更に美しくなったようね······”恋”かしら?」

 マリアンヌの言葉を最後まで聞かず、ノアは慌てて口を開く。

「王妃様、妻を口説かないで下さい」
「公爵、黙りなさい?」

 二人の様子が面白くて、フィリスはふふっと笑みを零した。

「確かにお腹を隠せるなんてとても安心ね?それにとても楽そうだわ?あら、そういえばフィリスちゃん、お腹は大きくなった?」
「あ、はい······少し」

「触ってもいいかしら?あ、駄目ならいいのよ!無理はしないで欲しいから」
「いえ、是非!王妃様に触っていただく機会なんてないですし!」

 嬉しそうに笑いあった二人を見て、ノアは慌てる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「なんですか、公爵」
「······俺もまだ触らせてもらってないのに······」

「ふん、そんなのは貴方が頼まないからいけないのでしょう?わたくしには関係ないわ!」

 マリアンヌはしゅんと悲しみに耽(ふけ)るノアを無視し、フィリスのお腹に手を当てた。
 無闇に撫でたりせず、少し大きく膨らんだお腹にそっと触れて、じっと目を瞑(つむ)る。

「こんにちは~、マリアンヌよ~、良い子に産まれてくるのよ」

 マリアンヌがそう話しかけた時、ズクンッとお腹が揺れて、フィリスは目を見開いた。

「っえ、いま······!」
「ええ!動いたわね!まあ、本当に良い子だわ~!!」

「ちょっと!!俺の初めてを奪って面白いですか?!!」
「まあまあ、ノア。ほら、こっちに座って。男の俺達にも出来ることはあるから。それを教えてあげるよ」

 マリアンヌに先を越され、ショックを隠し切れないノアを手招きをして隣に座らせたアレクは、彼の肩に手を置く。

「これからお腹がどんどん大きくなると、お腹の皮膚が勿論伸びるだろう?だから、僕は毎晩マリアンヌのお腹や脚に香油を塗っていたのさ」
「お前、本当によくやるな。メイドにやらせる事じゃないのか、それ」
「いやいやっ!僕のマリアンヌだよ?彼女の世話で僕が出来ることは全部やりたいのさ~。それに夫婦のコミュニケーションにもなるからね」

 そう言って、片目を瞑ってウインクをしてきた幼馴染アレクにノアは溜息をつく。

「それにしても、とっても仲良くなれたようで安心したよ」
「ああ、色々あったからな」
「聞いたよ。ギプロスの国王が僕に謝りを入れてきた。まあ、僕としては色んな意味で公爵を失わなくて本当に良かったけどね」
「······」

「まあまあ、アレク。二人が仲良くやっているのだから良いじゃないの。ギプロスからも無事に帰国した事ですし······お茶にしましょう」

 マリアンヌとフィリスが席につき、4人は和気藹々わきあいあいとゆったりとした時間を過ごした。

「それはそうと、ノア。君がギプロスでご令嬢に襲われそうになった時、助けてくれた騎士団長とは知り合いだったの?」
「ああ······彼は俺の継母上ははうえの現在の夫だった。元々、継母上ははうえはギプロスの王女でな」

「えぇえっ?!」

 フィリスはそのノアの言葉に目を丸くする。

「あれ、フィリスは知らなかったのか?」
「······はい」

 二人の馴れ初めの話は聞いていたが、まさか、エレインがギプロスの王女だったとは聞いていなかったから。

「王女だった時に、彼は護衛騎士で、二人は想いを寄せ合っていたらしい」
「まあ!叶わぬ恋だったのね?では、前公爵様が亡くなって祖国にお戻りになったの?」
「はい。それで、騎士団長になっていた彼と再会し結婚したようです」

「あらあ~!恋の力って凄いわね!!」

 マリアンヌは興奮気味だったが、フィリスはちらりとノアの顔を見た。
 一応、彼の父親はエレインの元夫でもあるのだ。嫌な想いはしていないだろうか?と考えていたフィリスをノアが見つめ返す。
 大丈夫、とでも言うように手を握りしめ、微笑まれて、フィリスは硬直した。

 顔を真っ赤にして微動だにしなくなったフィリスを見て、アレクはニヤニヤとしながら二人を見る。

「ねえ、二人はどこで仲直りしたの?ギプロス?」

 ノアはアレクの質問に少し恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いや······その継母上の家に”離れ”があって。そこで話を」
「まあっ、”離れ”?」

 ”離れ”という言葉に興味を示したマリアンヌに、フィリスはここぞとばかりに会話に入る。

 だって、あの”離れ”は自分のお気に入りだったから。だから胸を張って、その素晴らしさを紹介しなければ!

「はい!”愛の巣”というんですよっ!」


「「「······」」」

 フィリスのその補足情報に三人は一瞬固まり、アレクが口に含んでいた紅茶を噴き出した。

「っ、ぶふっ······、あっはははは!フィリスちゃん、それは······分かって言っているの?いや、そんな筈ないか!そうかそうかっ!””ねぇ······。僕も、検討しようかなあ?」
「アレク!!もうそんなものは要りませんわよ!わざわざこんな王城に離れなど!絶対に反対でございます!!」

 慌てふためく二人の前で、ノアは視線を落として呟いた。

「······俺も、””、作るとするか······」
「えっ?旦那様、公爵邸内にあんなに美しいものを作って下さるのですか?!」

 あまりに純粋なフィリスの反応に、アレクとマリアンヌがひとしきり笑い終え。
 ノアがぼうっとアレクの話を聞き流しながら、本気で“離れ”の建築を検討していた時。

 フィリスは紅茶を啜りながら窓から見える美しい庭園を見た。

『でも”離れ”ができても、もうあと3ヵ月程しか契約満了までないのだから、私が使う事はなさそうね······』

 まあ、でも”離れ”なのだし、産まれてくる子供が何か嫌な事があった時にそこで寛いだり、お友達なんかを呼んでカクレンボして遊んだり、ちょっとした小さなパーティーをしたりして使う事だって出来る筈よね。
 そんな”離れ”になるのであればいいのかもしれない、とフィリスは一人物思いに耽っていた。
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