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35. 夫は妻のお世話がしたい!
しおりを挟む(まえがき※ 本小説、妊娠について扱っていますが、重大な事にはなりませんのでご安心ください!)
「はぁ······」
ノアルファスと共に、エレインの家からバルモント公爵家へ帰邸して、早二週間。
フィリスは最近の新しい日課になった、大きな溜息を零した。
「どうしたんだ、フィリス、最近は溜め息が多いな?体調が悪いのか?ギプロスでは観光などもしてしまったからな、きっと疲れて、身体に障ったんだろう」
よくもまあ、二週間以上前の事を今になって身体に障ったなんて!
違いますのよ!理由は、あなた!あ・な・た、なのですわ!!
ギプロスからロザリアに帰ってきてから、ノアの態度が更に変化した。
とにかくフィリスを甘やかすようになり、毎日暇さえあれば部屋を訪れて話をしにくる、そして常に体調を気遣い、甲斐甲斐しく世話をしだすまでに······。
「フィリス?大丈夫か、何か飲み物を持って来よう」
席を立ったノアを横目に、フィリスは内心ガッツポーズを決める。
彼が部屋からいなくなったら、少し庭園の散歩に出かけようかしら。
このままこの部屋にいても、雛鳥のように餌付けをされて、赤子のように世話をされて、一日が終わっていくのだから。
だが、そのフィリスの考えはどうやら甘かった様だ。
「ノア様、奥様のお飲み物でしたら私が持って参りましょう」
『こんのボインメイドぉおおおお、余計なお世話を!』
フィリスはちらりとノアとボインメイドを見た。
ノアが少し迷っているような素振りを見せたのを見逃さず、フィリスはその二人の会話に割り込む。
「では、旦那様、共に行って来て下さいませんか?旦那様の、”自分が行きたい”というお気持ち、十分分かっております。ですがメイドもそれが仕事ですので。それを奪ってはいけませんわ?」
ニコニコと笑顔を向ければ、ノアの顔がぱあっと明るくなる。
ブンブンと大きく揺れる尻尾が垣間見えた気がして、フィリスは苦笑を浮かべた。
「奥様、お気遣いありがとうございます。では、ノア様、奥様の軽食も見繕いに行きましょうか?」
「ああ、」
ノアがボインメイドと部屋を出た事を確認し、フィリスは3秒数える。
「いち、に、さん······」
そして長椅子から立ち上がり、両手を伸ばして、声高らかに歓喜の声をッ!
「っしぃゃぁあぁ!「フィリ······ス?」
両手を伸ばしたまま、一瞬停止する思考。
直後、咄嗟に後ろを振り返れば、閉まったはずの扉からはノアが顔を覗かせていて。
「······」
フィリスはすぐに両手を下げて、後ろで組む。
ノアに向き直ると、にっこりと淑女の微笑みを顔面に貼り付けて、首をこてんっと倒した。
「だんなさま、いかがされましたかっ?」
まるで、『何かありましたか?え?ないですよね?うふふふふ?』とでも言うようなフィリスの態度に、ノアは視線を泳がせる。
「······いや、果物は柑橘類か、林檎か······どっちがいいかと」
『そんなの、どっちでもいいわ!!!』
そう叫びたい気持ちを堪えて。フィリスはノアに花が綻ぶような笑顔を見せた。
「ふふっ。旦那様が選んで下されば、どちらでも!」
「っああ······!」
「お気遣いありがとうございます」
再び閉まった扉を見つめて、フィリスは溜息をつく。
「はぁ······今度からは最低でも5秒は数えることにしましょう」
◆
ノアが今度は本当にいなくなった事を確認し、フィリスは部屋を抜け出した。
久しぶりに一人で歩く庭園に胸も高鳴る。
「美しいわね、それに一人も慣れておかなきゃいけないもの」
最近はノアが護衛の様にぴったりと付いてくるから、忘れがち。
けれど、ノアとは契約結婚なのだ。
彼は、出産までに自分が良い父親になれる所を見せたいと言っていた。
だから、自分達がしているのは、”夫婦”ではなく、あくまで”夫婦ごっこ”。
けれど······、とフィリスは一輪の花を摘む。
「なぜかしら······どんどん辛くなるのよね」
一人になって”自由になれる”とは思えど”寂しい”なんて思う事はないと思っていたのに。最近はそう思い始めている自分もいて······。
最初はノアがぴったりと共に行動する様になって鬱陶しかったけれど、二週間経った今では心地良いと、彼が傍にいると安心する、と思うようになってしまうなんて。
「今なら引き返せるわよね」
その時、後ろから聞きなれた女性の声がした。
「ここにいらしたのですね?奥様、ノア様が心配していらっしゃいましたよ」
振り向けば、たゆんっと揺れる胸。
最近は嘔吐する頻度も随分と減ってきたフィリスは、その豊満な胸を見つめた。
「どうかなさいましたか?奥様、お部屋に御戻りにならないのですか?きっと今頃ノア様が······「フィリスゥうう!!フィリスッ!何処にいるんだ!!?また家出か?!!そうなのか?!誰かッ!」
邸の中でノアが自分を探す声が聞こえ、フィリスは咄嗟に木の影に座り込んだ。
同じく、身を隠すようにフィリスの目の前に膝まづいたボインメイドがフィリスを覗き込む。
「奥様はまだ、······ノア様がお嫌いですか?」
「······え?」
「ノア様が······嫌いだから、こうして逃げていらっしゃるのですか?」
彼女のまっすぐな瞳に射抜かれて、フィリスは顔を逸らす。
······嫌い?
確かに最初は嫌っていた。こんな契約結婚早く終わらせて自由に羽を伸ばしたいと。
······そう、わりと最近まではそう思っていたのよね。
でも、今は?
「嫌いというわけではないの。ただ、私達は契約結婚だから。貴女も知っているでしょう?」
「でも、ノア様は奥様の事を好きでいらっしゃいますよね」
「え?それはないわ」
「いえ、私はノア様とはずっとこの邸で一緒に育ちましたので、分かります。ギプロスでお二人に何があったかは存じ上げません。ですが、ここに帰られてから、お二人の······特に、ノア様は奥様を本当の妻として大事に扱っていらっしゃると思いますよ?」
「······それは、違うのよ······」
フィリスは彼女の顔が見られなかった。
きっとボインメイドは彼の事を恋愛対象として見ている筈。
契約結婚で離縁後は彼女が自分の子供の母親として面倒を見てくれるのかもしれないのだし、あまり関係は拗らせたくない。
「旦那様と私は、夫婦”ごっこ”をしているの」
「夫婦······”ごっこ”?ですか?」
「ええ、旦那様はきっと熱心でいらっしゃるのね?良い夫、父親になりたいと意気込んで、今は模擬練習をしているのですわ」
きっと、そう。
ボインメイドとの今後につなげるために、良い夫、父親になるために。
自分は子供を産むまでの期間限定の”契約上の妻”で”夫婦ごっこ”をしている練習相手に他ならないのだし。
「だから大丈夫よ、······心配しないで」
大丈夫。貴女のもとにちゃんと戻すから。
自分が”契約結婚”で期限付きの妻だって自覚はあるの。
高望みなんてしないし、一人だって昔からずっと慣れっ子なんだから。
だから······───、今だけは。
フィリスは立ち上がる、そして彼女は一歩を踏み出し、急に襲った腹痛に蹲った。
「奥様!奥様!!大丈夫ですか?!大変だわ!!!誰かッ!!!」
フィリスはあまりの腹痛に、そこでボインメイドに支えられ、意識を失った。
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