上 下
32 / 50

30. 俺にチャンスをくれないか・・・?

しおりを挟む


 ダイニングテーブルに座り、4人は顔を見合わせて沈黙した。
 その重々しい空気の中、最初に口を開いたのはウィリアムだった。

「まず、ノア君、君は現バルモント公爵であっているかい?僕はウィリアム。エレインの夫だよ」

 ノアは驚きと共に、納得の表情を浮かべる。
 彼が、継母エレインの現在の夫なのか、と。
 エレインは父公爵と死別した後、何も受け取らずに公爵家を出ていった。だから、なんとなく、祖国に帰ったのではと、薄々感じてはいたのだ。

「ああ。ウィリアム殿······昨日は貴殿に助けられたのだろうか?記憶がなくて······申し訳ないのだが······助かった」

 申し訳なさそうに頭を下げるノアに、ウィルは横に首を振った。

「うん、間に合ってよかった。あと、ウィルでいいよ。僕たちは城下町で知り合った友人なんだし。それに一応伯爵家ではあるんだけど、ほら、僕とエレインはあんまりそういう貴族っぽいのは好きではなくてね。ね、エレイン?」

「ええ······それにしても、二人は城下町で出会ったの?」
「······」

 ウィルが黙って下を向いたのを視界に捉え、ノアは直ぐにエレインに答えを返した。

「はい、今、仕事でこのギプロスに滞在しておりまして。偶々たまたま行った酒場でウィルに会いました」
「そうなのね~······」

 エレインがじっとウィルを見つめ、彼は焦った様子で両手を上げた。

「いや、本当に何にもないって!エレイン一筋だから!困るよ、本当に!」

 ノアはそんな二人の様子を見ながら、エレインに向かって言葉を続ける。

「で、継母上ははうえ。フィリスがここにいる理由をお伺いしても?」
「それはもうレオンから聞いているのではなくて?それに、理由なら分かるのでしょう?」

「まあ······。では、フィリスは私が帰るタイミングで一緒に公爵家へ帰りたいと思います」

「えっ?!」

 フィリスは思わず零れた言葉を隠すように、咄嗟に口をおさえた。

「······え?フィリス······貴女はもう公爵家には帰らないつもりなのか······?」

 驚いたような表情を見せたノアを見て、フィリスは手を握りしめ、言葉を絞りだす。

「私は······その······まだ帰りたくない······です」
「フィリス······でも貴女には公爵家の女主人として、邸にいて欲しいのだが······」

 沈黙した二人の間にウィリアムの心配するような声が響く。

「······ノア君。フィリスちゃんと、ノア君の気持ちはお互いに拗れているように見えるよ?あまり焦らない方がいい。こういうのはじっくりと時間をかけないと」
「そうね、ウィルの言う通りだわ。それにフィリスちゃんの気持ちもちゃんと聞いてあげないと、ね?」

 ウィリアムとエレインはノアにそう言った後、二人を見つめた。

「いくら契約結婚とはいえ、君達は今は夫婦なのだから。しっかり話あってみない事には先に進めないだろう?二人はやっぱり会話不足な気がするな」

 確かに、親友のテッドにも同じ事を言われたな、とノアは頷いた。
 そして隣に座るフィリスを見る。

「フィリス、話をしたいのだが······いいだろうか?」
「······」

 無言で俯いたフィリスに、エレインは優しく彼女の手を握りしめた。

「フィリスちゃん、貴女がノア君にとしても、一度彼の話も聞いてあげて?それから、自分の気持ちを考え直しても遅くはないと思うのよ。それでも、どうしてもノア君とは一緒に居たくないっていうのなら、私が匿ってあげるから言いなさい?」

 その、ノアへのあまりの言い様にフィリスは少し頬を緩める。

「ふふっ······はいっ······」
「でも、まずはしっかり、お互いの本音をぶつけた方がいいわ?でも喧嘩してはだめ。お互いの意見も尊重して、できるだけ歩み寄る努力は必要でしょう?」
「はい。そうですね」

「ノア君、ノア君の仕事は終わったの?此処を宿代わりにしても良いから、”離れ”は貴方の好きなようにしなさい?」
「お気遣いありがとうございます。そうですね。フィリスがここにいるなら、俺もここに······」

 エレインの辛辣な言葉を聞きながら、グサグサと刺さるその言葉の刃に苦悶の表情を浮かべていたノアだったが、直ぐに椅子から立ち上がるとフィリスを連れて母屋を出た。



 ノアとフィリスは”離れ”のダイニングに腰掛けた。
 彼は目の前に座るフィリスをじっと見つめて、口を開く。

「フィリス······その、今までの事、本当に申し訳無かった。あれから貴女に言われた事も考えたんだ。確かに今のままじゃ、良い父親になんてなれないだろう······」

 そしてノアは振り絞るように自分の伝えたかった気持ちを言葉に紡いでいった。

「俺は、分からなかったんだ。この気持ちも、妊娠についても······。いや、分かろうともしていなかった。でも、今は、貴女の事をもっと知りたいと思っているんだ······」

「っ······旦那様。ですが、あと9ヵ月もありませんわ」
「だがっ······俺は、産まれてくる子にも、貴女にも誇れる人間になりたい。そのためにも先ずは貴女の事をもっと知って、その······、夫婦としての信頼関係や絆を育みたいんだ!」

「······ですが。先ほども言いましたが、既にお相手がいらっしゃるのに、そんな愛の告白のような言い方をするのは良くないと思います······」

「ライラは······彼女は、そういう関係ではない」
、というのですね······」

 通常、メイドの事を”メイド”というノアが、彼女に関しては”ライラ”と名前で呼んだ事にフィリスはその親密さを見た気がした。だから、その関係を確信してノアをじっと見つめる。
 逆にノアは、フィリスに見つめられ急に恥ずかしくなって視線を逸らした。

「いや······彼女はただの幼馴染なんだ。父の頃からのメイドの子供で······幼い頃からずっと邸で一緒に育ったから、妹のような存在で」
「ヘエ。オサナナジミ。ソウナンデスネ······」

「······本当だ!もし疑うなら、レオンに聞くといい」
「疑うも何も、私にとやかく言う筋合いはありませんし。それに、彼女はレオン様とあの様に親しく話をするのを見たことがありませんから······貴方特別な存在なのではないですか?」

 その言葉に、一瞬考えるような素振りを見せて、ノアは首を横に振った。

「いや、それはないだろう······」
「······」
「本当に、何も無いんだ。信じてほしい!それに、俺も······レオンとの事を疑って悪かったと思っている。あんなこと、冗談でも言うべきではなかった······本当にすまない」

 ノアは少しでも誠意が伝わる様に、フィリスに頭を下げる。

「レオン様はエレイン様の妊娠中お手伝いをしていた様ですわ。妊娠に関する知識もあるから、私を気にかけて下さったのかと思います。私もとても助かりましたので、彼をとがめないで下さい」

「そうだったのか。やはり、貴女もレオンの様な優しい男が······好きなのか?もし今後公爵家に残るなら······やはりレオンの妻が良いのだろうか······。
 だがっ······あいつの事はまだ許せていないんだ。フィリスをこんな所に隠すなんて姑息な真似を······」

 フィリスは顔を上げてノアを見る。美形のノアが眉間を寄せて、心底ショックな表情を浮かべながらブツブツと何かを呟いているのを見て、思わず笑ってしまう。

「っふ、いや、別にレオン様は優しいですが、好きというわけでは······」
「っそ、そうなのか!?では······!フィリス······俺にもう一度チャンスをくれないだろうかっ!」

「······へ?······ですか?」

「ああ。俺の第一印象が最悪だったのは分かっている。だが、心変わりをした俺を、もう一度見てほしい。その為にはまず、俺の事も知って欲しいんだ······。今後、父親としても任せられるというのを貴女に見せたい」
「えぇ······まあ、はい······。分かりました。確かに今後、父親として子供を任せらるか分かれば私も安心できますしね」

 フィリスは、この時のノアの言葉を、ただ単に“産まれてくる子供の父親となる為の器があるか見極めて欲しい”という意味だと思っていた。
 だから彼女は軽い気持ちで頷いたのだ。
 産まれてくる子供は彼と唯一血の繋がった親子として生きることになるわけだから、と。

 だが、そうとは思っていない鈍感大型犬ノアは尻尾を振って喜び、顔を輝かせた。

「で、では!共に城下町に散策に行くのはどうだろうか?!いや、もし、君の体調が優れればの話だがっ······」

 フィリスは少し考え込んだ後、首を縦に振る。

「はい。最近は大丈夫な日もあるのです。だから、そうですね······馬車だとどうしても嘔吐してしまう事もあるとは思いますが、それでも良いなら······」
「あ、ああ!勿論だ!ちゃんと、知識は蓄えてきたんだ。嘔吐しても大丈夫なように麻袋に吸収性の高い紙を沢山持っていこう。だから任せてほしい!」

 ノアが拳を握りしめながら、前のめりでそう叫んだのを見て、フィリスは目を丸くした。
 こんなグイグイ来る人だったっけ?そもそもこんなに口数の多い人だっただろうか?と。
 
 そして、その違いが面白くて堪らず吹き出す。

「ッく······ふふふ!あはははっ、旦那様、なんでそんな真剣なのです?!本当に、変な人ですね!」

 そして翌日、二人はギプロスの城下町散策という、初めてのデートをすることになった。
しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...