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29. 二人は運命の再会を
しおりを挟むノアルファスは寝台の上で目を覚ました。
頭はガンガンと痛み、記憶は······と、ノアは寝具を払いのけて、自分が衣服を着ている事を確認し、ほっと胸を撫でおろす。
確か、カルロス伯爵に飲まされた酒で体調が悪くなった。アメリア嬢に宿まで送り届けられたが、流石にあの状況で密室、それも宿に入るのは不味いので、拒否をして······。それで······無理矢理抱きつかれて······。
そこまで思い出して、ノアは辺りを見渡した。
「······ここは、どこだ?」
ノアは窓から見える鬱蒼と茂る森と、差し込む日の光を見て目を細める。
アメリアとかいう女と一緒ではなさそうだ。それに、意識を失う最後にウィルを見た気がするのだが······。
そう考えた直後、扉が叩かれた。
「お客様、失礼致します」
「あ?ああ······」
入ってきたのは一人のメイド。だが、彼女は滞在している宿の者でも、公爵家の者でもない。
「私が主人の命に従い、昨夜、お客様をこちらに送り届けました。浴室や着替えはこちらにご用意させて頂きましたのでお使い下さい。こちらは”離れ”になりますので、ご準備が整いましたら母屋へお越しくださいませ」
「ここは······?「では、失礼致します」
ノアの言葉も聞かず、お辞儀をしてそそくさと出て行ったメイドの後ろ姿を見送って、彼は少し悩んだ。
主人というのが、カルロス伯爵だったらどうしようか······、と。
そして、素早く部屋に備え付けの浴室で湯あみを済ませると、ノアは用意された服に着替える。
服のスタイルがどことなくウィルを彷彿とさせ、ここがウィルの家なのかもしれないと推測した。
「団長、って呼ばれていたしな······」
ノアは階段を降りる。
一階の玄関から外に出ようと居間を横切って······、立ち止まった。
居間にある広い窓の外には美しいウッドデッキがあって、その目の前には小さな湖が広がっている。だが、目が釘付けになったのはその湖の美しさからではない。
ウッドデッキに腰かけた女性が、彼女に似ていたからだ。
「フィリス······?」
ノアは玄関を押し開け、飛び出した。角を曲がって見れば、やはりそれはフィリスだった。
赤茶色の髪に、美しい赤色の瞳。
真っ白なふんわりとした服に身を包み、ぺったんこの靴を履いた彼女は足をブラブラと揺らしながら果物を頬張っている。
ノアはゆっくりと彼女に近づいて······、再び立ち止まった。
いや、何を言えばいいんだ?
なんて話かけたらいい?
家出中なのに、俺なんかに会って嫌がられないだろうか······。
そんな時、ふと視線を動かしたフィリスと、目が合った。
「っ、げ!?だ······だんな······さま?」
あんぐりと口を開けたまま、見てはいけないモノでも見ているかのように顔を引き攣らせる。
「フィリス······」
「ッ······!」
名前を呼んだノアを見て、急いで立ち上がろうとしたフィリスは、小さな段差を踏み外した。
彼女が倒れかけていくのを見て、ノアは地面を蹴る。
そして、フィリスを抱きとめた。
「フィリスッ!大丈夫か?怪我は?どこも痛くないか?」
「······あ、ありがとうございます······?」
フィリスはノアに抱かれたまま顔を覗き込まれ赤面する。
性格はいけ好かないが、色男は色男。男性への耐性の無いフィリスにはかなりの大ダメージだ。
「ね、熱があるのか?顔が赤い。医師に診てもらった方が······」
ノアがフィリスの額に手を当てようとして、彼女は反射的に身体をのけ反らせる。
「いえ、結構ですからっ!あの······それより、降ろしてもらえません······?!」
「す、すまない······危なかったから、その、つい······」
「いえ、助けて下さり······ありがとうございます」
ノアはフィリスをゆっくりとウッドデッキに下ろすと、恥じらいに顔を俯けた。
「こ······こんな所で会うとは思わず、驚かせてしまったよな」
「いえ······いえ、じゃなく······はい!そうですわ!何故、旦那様がここに······!?」
「あ······いや、まあ色々とあって。この国には仕事で滞在しているのだが······」
「······仕事で。······なるほど、お忙しそうですね。あ、では、私はこれで失礼致します」
やはり仕事人間は変わらないわね······。
すっと立ち上がってスカートを叩きながら、立ち去ろうとするフィリスをノアは慌てて引き留める。
「い、いや、あのっ。すまない!貴女を見つけるのが遅くなってしまって······だな······」
「いえ、別に謝る必要はありませんよ?それに、よく考えればエレイン様は貴方の継母ですものね。貴方がこの家にいても不思議ではありませんでしたね」
ふふっと自重気味に笑うフィリスを見て、ノアの心は悲しみで埋め尽くされた。
「お、俺は······君がいなくなって······本当に心配して······」
フィリスの顔を覗き見るも、俯いてお腹を見たフィリスの表情は分からなくて。
「······私が家出したくらいで、旦那様が心配なんて。そんな事もあるのですね?でも確かに、貴方の子供がお腹にいるのだから心配ですわよね「っ違······」
ノアの”違う”という否定の言葉も、あまりにも小さく、続くフィリスの言葉にかき消された。
「でも大丈夫です。もう私は此処にいると、分かったではないですか。何かあればエレイン様に言伝下されば」
だけど、何か話さなくては彼女がもっと遠くへ行ってしまう気がして、ノアは勇気を振り絞って、フィリスに一歩近づく。
「フィ、フィリス······俺は、貴女を傷つけてしまったが······これからは一緒に公爵家で過ごしたいと······「いえ、旦那様。そういう言葉は、あのボイン······んんっ、花をお贈りになったメイドさんに言って差しあげれば良いと思います。とても、喜ぶと思いますよ?」
まだ、あの花束をライラにあげた事を覚えているのか······とノアはフィリスをまっすぐ見つめ、彼女の少し震えた両手に視線を落とした。
「······フィリス。あれは······彼女は違うんだ。本当に······信じて貰えないかもしれないが······」
「それに、公爵である貴方が謝ることではありません。私は本当に気にしていないのです。私と貴方は契約結婚ですし。それ以上でも以下でもありませんので······ッえ?!」
突如ぎゅっと手を掴まれ、フィリスは驚きに目を見張る。
「ちょっ、とッ?離して下さい!今度は手フェチか何かになられたので?!それとも浮気症とかなんです?!」
「フィリス······すまなかった······」
「な、なるほど······浮気癖があったから、長い間結婚出来なかった、といった感じでしょうか?早くあのメイドちゃんと結婚すれば良いのに」
「フィリス······」
少し熱の籠ったノアの視線に耐えられず、フィリスは若干顔を引き攣らせながら重ねられた彼の手をゆっくりと解いた。
「あ······で、は······私、母屋に帰りますね?」
フィリスはノアに軽く頭を下げると、足早にその場を立ち去る。
その後ろを失意の色一色を漂わせ、トボトボと追いかける大型犬が一匹。
フィリスは後ろから一定間隔で着いてくる、その大型犬を全身で感じ······───
勢いよく振り返った。
「っ、ちょっと、いつまで着いてくるのですか?!ストーカー気質もあるので?!!」
「いや······俺も、母屋に戻らなくてはならないから······」
気分転換にいつもの日課で”愛の巣”に行っただけなのに、本当に今日は災難だわ······。とフィリスは溜息をつきながら母屋の扉を開ける。
そこには気まずそうな顔をしてダイニングテーブルに腰掛けた、エレインとウィリアムがいて。
二人は玄関から入ってきたフィリスとノアルファスを見て、苦笑いを浮かべながらヒラヒラと手を振った。
「おはよう~、フィリスちゃん、と······ノア君」
「二人とも、おはよう。朝ごはん······──とかの話ではなさそうよねぇ……」
こうして、四人はダイニングテーブルを囲み、話し合いの時間を取る事になったのだった。
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