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26. 俺は愛する人がいれば・・・!
しおりを挟むこの晩餐会出席の真の目的でもあったジョセフと話をする事が叶ったノアは、上機嫌で会場の酒に手をつけた。
晩餐会も終盤に差し掛かっている。ロザリアへの農作物の輸入に関しても交渉は上手く取りつけられたし、かなり収穫が大きかった。
ノアは満悦気に酒を口に含み、周りを見渡す。
もう宴もたけなわ。夫婦や、婚約者を連れたカップル達が仲良く帰る支度を始めており、ノアは妻のいない現状に溜息をついた。
なるほど。俗に聞いていた、人肌が恋しくなるとはこういう事か······。さて、やるべきことも済んだし宿に戻ろう。
ノアは会場を出ようと身支度を整えた。
その時、後ろから甘ったるい声がして、ノアは立ち止まる。
「ノア様!待って下さい!!お見送りしますわ」
また、この女か。とノアは溜息交じりに振り返った。
「いや、それは遠慮しよう。年頃の御令嬢が夜道を歩くのは危ない」
その言葉に周りにいる女性達がまた色めき立つ。
「まあ!本当に心配してくれているのですねっ!」
何故か頬を染めて、ノアの胸に飛びこんできたアメリアの肩を、掴んで引き離す。
「ッ!本当に、未婚のご令嬢が「バルモント公爵!」
流石のノアも『未婚のご令嬢が、既婚の男性に抱きつくなどどうかしている!』と声を荒げようとした。だが、それを遮ったのはカルロス伯爵で、ノアは顔を不快感に歪める。
「伯爵、貴殿の娘は教育がなっていないのではないか?」
「も、申し訳ございません。確かにバルモント公の言う通りですね。アメリア、お前はまだ婚約もしていないのだから。焦って愛想を尽かされても知らないぞ?」
「ごめんなさい······お父様」
しゅんと項垂れたアメリアの頭をポンポンと叩くカルロス伯爵を見て、ノアは口を開く。
「とりあえず、今後こういう事は困る。本日はこれで失礼しよう」
「お、お待ち下さい。お詫びと言ってはなんですが······これを」
「これは?」
「わが領地の特産品の葡萄酒です。普通のものより少しばかり強く、貴重性もあるものなので少ししかお出しできず申し訳ないのですが······いつかロザリアへの流通もできればと思いまして」
「なるほど?」
ノアは小さなグラスに入ったその葡萄酒を手に取ると匂いを嗅ぐ。
葡萄の芳醇な香りがアルコールに乗って鼻腔を掠め、その後に少し濃厚な甘ったるい匂いが広がった。
かなり甘そうだな。とノアはそれを一気に飲み干す。
「うん、少し甘いが、味は悪くない。ロザリアに帰ったら商人への橋渡しはしよう」
「あ、ありがたき幸せにございます!ああ、一応その酒は強いので、娘に途中までは送らせてやって下さい。娘はこの辺りもよく見知っておりますし、護衛もいますので安全です」
「······」
ノアは会場をでた。
ドクン、ドクンと心臓が大きく鳴るのが分かり胸を抑える。
周りの喧騒もザワザワと大きな雑音になって鼓膜を襲い、足取りがフラフラとふらついた。
「ノア様、大丈夫?」
隣で何かを離していたアメリアがノアの身体に触れ、ノアはそれを振り払った。
「やめろ······触るな······っ」
「でも、ノア様、フラフラしておりますよ!」
グらりと地面が揺れ(たように感じ)、ノアは咄嗟に壁を掴む。
そして手が滑り、アメリアがノアを支えた。
触れられた部分から何か別の生き物が身体を這うような感覚がして、全身が粟立つ。
気持ち悪い、触られたくない。そう思ってノアは直ぐに距離を取った。
「はあ、ハァ······」
呼吸が浅くなり、ノアは地面に蹲る。
「なにを······した?······あの酒······か?」
「ノア様、もうノア様の宿は目の前。その後は私が介抱致しますので······あと少しですよ?」
にっこりとノアの顔を覗き込んで笑ったアメリアに、ノアは視線を向けた。
「お前······なにかを、盛ったのか!」
ノアは低く唸るような声を絞りだす。そうでもしないと、身体が触れる全ての感覚が、快感に置き換えられる気がして、甘い吐息が零れ落ちるからだ。
「そんなこと······考えすぎではないですか?でも、大丈夫、私がおりますよ」
ぎゅっと抱きついてきたアメリアを必死で押し返す。
だが、力も入らなくてノアは手で顔を覆った。
そうでもしないと、アメリアが無理矢理唇を奪ってきそうで。
「やめろッ!離れてくれ······」
「ノア様っ!私はノア様の第二夫人でも良いですから!このまま既成事実ができて子を為せばっ」
アメリアはノアの胸の中に入り込むように抱きつく。顔に覆われたノアの手を掴み、彼の唇に自分の唇を近付けて············。
「やめてくれッ······貴女との子など欲しくはないっ······俺は、俺の愛する人と、その人との子が······いればいいとっ······思っているんだ」
「ねえ、君、何してるの?」
その直後、頭上から声がして、アメリアはノアに抱きつきながら上を見上げた。
「あ、あの······これはっ······」
そして唇を奪う事の叶わなかった彼女は、ノアから少し距離をとると震え出す。
ノアはグラングランと揺れる頭を必死で押さえながら、声のする方を見た。
視界に捉えたのは、赤い髪、怒りを孕んだエメラルドグリーンの瞳······
「ウィル······」
そこでノアは意識を手放した。
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