公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう

文字の大きさ
上 下
18 / 50

17. 俺に何かしてあげられるだろうか?

しおりを挟む
【ひとこと】
 ※本話は妊娠・出産を軸に話が進んでいますが、そちらに関しては悲しい、辛い展開(悪阻を除く)等は起こりません※

********************************

「テッド様、遅かったですわ······ね······ぇえっ!?こ、これは、······バルモント公爵様?」
「エミリー、あまり近寄らないで、彼、酒で潰れて。妊娠している君にアルコールの匂いは嗅がせたくないんだ······」

 テッドは泥酔したノアを担いで公爵家の扉を開けた。
 邸の中で、夫であるテッドを出迎えた妻のエミリーは、一瞬驚愕の表情を浮かべノアを見る。
 酒の匂いを気にしたテッドが慌てて彼女から距離を取れば、エミリーはにっこりと笑った。
 
「テッド様、匂い程度、大丈夫ですわ。それに私はもう臨月ですし、介抱お手伝い致します」
「いや、君は身重なんだから、自分の体調だけを考えてくれれば良いから。それに介抱ならメイドに頼むよ。ありがとう」

「テッド様······」

 エミリーが優しい気遣いを見せるテッドを愛おしそうに見つめ、彼は彼女の頬に手を置く。
 二人の視線が交わり、口づけをしようと近寄った瞬間。

 後方、下から声がした。

「帰りたくないいィッ!!オレは、もう帰る家すらないんだあぁ!俺の前でそんなにイチャイチャしやがってぇ!!」
 
 泥酔し、玄関の床に突っ伏したノアを、テッドは冷ややかな目で見下げる。

「······ちっ、ウルサイなぁ」
「テッド様······?バルモント公爵様はもっと真面目で、冷静沈着な方では······?」

「自業自得だよ、ノア。本当によく考えた方がいい。そうしないと一生共にいてくれる人がいなくなるよ?」

「ふんっ!べつに俺は一緒にいてほしくなんか。跡継ぎがほしかっただけで、それもアレクに言われたから仕方なく!女なんて誰だって一緒だろ?子供を産んでくれさえすればそれでい······ぃ、ぐはッ「いい加減にしろ!少なくとも、エミリーの前でそんな事······!ふざけるな!!」

 テッドは彼の胸倉を掴んで引き上げると、拳をノアの頬に打ち込んだ。
 いつもおおらかでヘラヘラとしているように見えるテッドだが、彼も騎士団にいた身だ。
 体力はあるし、なにより妻エミリーの目の前で女性を侮辱するような発言をされた事は、到底許せなかった。

「誰か、を客間に通して。子供部屋とは最も離れた所にしてね。夜中暴れて子供たちを起こされたりなんかしたら、たまったもんじゃないからね」

 ノアは親友であるテッドに殴られた衝撃で茫然としたまま、メイド達に引きずられ、客間へと放り込まれた。



「ッ、頭いて······っこ、ここは······?!」
「あら、目覚めましたか?おはようございます、バルモント公」

 部屋の窓を大きく開けて、清々しい風が二日酔いのノアルフィスの顔を撫でる。
 カーテンが大きくなびいて、その後ろにお腹の大きな女性が立っているのが見えた。

「······フィリス······?」
「申し訳ございません。私はフィリス様ではありませんよ。テッド様の妻でエミリーと申します」

 にっこりとほほ笑んだ彼女にノアは勢いよく身体を起こした。
 部屋を見渡せば、自分の邸ではない。
 メイドが何人か部屋の掃除をしており、その中にテッドの妻がいる、という状況。

「昨日は······そうか、俺は酔いつぶれたのか······」

 ノアは昨日テッドと夕飯に行った事を思い出した。そのあとの記憶は曖昧だが、この頭の痛さだ。酔いつぶれたのであろうこと、容易に想像できる。

「貴女は······そうだ、確か、妊娠しているのだろう?どうしてこんな所でそんな、雑用を?」
「私は臨月ですので、運動が必要でしてね。動けるときはこうして動き回っているのですよ」

 エミリーは大きなお腹を擦って、ふふっと笑った。

「なる······ほど······?」
「男性には難しいですわよね?仕方がありませんのよ、それは私たちも分かっているのですわ」
「ああ······」

「でも、少し気にかけてくれるだけで。分かろうとしてくれるだけで私たちは救われるのですわ。でも、それは妊娠に限った事ではありませんよね?」

「······というと?」

「他人を愛し、労わる気持ちは大切だと思うのです。それは子供たちにも教えていきたいと、そう思います」

 ノアはその言葉に目を丸くした。

「貴女は子供の教育に······育てる事に、携わっているのか?」
「勿論ですわ。それに私、だけではありませんよ?」

 そう言って窓の外を見たエミリーの目線を辿れば、子供たちと庭園で走り回り、遊んでいるテッドの姿が見えた。
 キャアキャアと子供が笑いながら彼を追いかけて、テッドもまた楽しそうに走っている。

「あいつ······」

「素晴らしい我が公爵家の当主様であり、父親であり、夫でございます」

 熱の籠った目線をテッドに向けるエミリーを見て、ノアは溜息交じりに呟く。

「俺は······何かしてあげられるのだろうか······」

「さて!皆、直ぐに朝食の準備をして?旦那様も呼んで来て頂戴」

 そんなノアの言葉を聞き終わる前に、パンっと両手を合わせて叩いた彼女。その指示に従って、メイド達がそそくさと動き出し、エミリーはノアに挨拶をすると、ゆっくりとした足取りで扉に向かっていった。

「あ、その······もし失礼だったら言ってくれ。どこか······痛いのか?」
「え?いいえ、ただ、この通りお腹が大きいので、足元が見えないのですよ」

 そこでノアはハッとした。そうか、確かに、あんなに腹が前に出ていれば前が見えなくて当然だ······、と。

「だから、転ばない様にゆっくり歩かないといけないのです。それに子供がお腹にいると内臓がかなり圧迫されるので······息苦しくて仕方ないのですわ。私がダイニングに着く頃には、バルモント公に抜かされてしまいそうですので、お先に失礼致しますね?」

 彼女が微笑みながら部屋を出て行った後、ノアは寝台に座ったままじっくりとフィリスについて考えていた。

「やはり彼女には謝ろう。あとは、今後お互いについて知る時間を作って、自分についても知ってもらった方がいいな。それに、まず俺は妊娠の事もしっかり学ばなければ······」



 ダイニングに入ると既にテッドとエミリーが座っていて、ノアは直ぐに頭を下げた。

「テッド、それから夫人。昨夜は本当に申し訳なかった。あんなに泥酔した挙句、不快な言葉を吐いてしまった気がするんだ······はっきり覚えてすらいないのだが······」
「もうそれはいいから。で、もう大丈夫なの?」
「ああ、おかげ様で」

 そしてノアはエミリーに顔を向けると口を開いた。

「その······夫人······もし不快でなければ、帰る前に色々と妊娠について教えてほしいのだが······。その······恥ずかしい話、やはり知識不足で······だな······」



 朝食後、ノアはエミリーの前に座り色々と疑問に思った事を聞いていく。

「何を食べてはいけない?」
「何かしてはいけないことは?」
「気にかける所は歩幅以外に何がある?」
「重いものではなく物を持たせない方がいいのか?」
「身体のマッサージは専門の者を雇うべきか?」

 エミリーは尋問に近いそれに、苦笑いを零した。

「そんなに神経質にならずとも大丈夫ですよ。医師がいるのでしたら、それに従えば良いのです」

「······そうか、だがやはり、メンタルケアも必要か。誰か出産経験のある女医を······」

「メンタルケアはバルモント公が行えばいいのでは?」
「私が?だが、また口論になってしまったら······」
「それを変えるのが第一歩なのではないですか?」

 そうエミリーに言われて、ノアは頷く。

「······そうだな。夫人、世話になった。ほかに何か私が気を付けた方がいいことはあるか?」

「そうですね。出血や腹痛だけはお気を付けください。いつの世も、妊娠中のそれらは危険と言われておりますので。無理をせず家にいれば大丈夫かとは思いますが」

「分かった。彼女を邸の外に出すつもりはないが、安静にさせてしっかり休みがとれるようにしよう。あとは気分転換に少し散歩が必要、だったな?悪阻の酷い時は除く······と、」

「ええ。ふふっ、本当に真面目でいらっしゃいますね。でも話し合えばフィリス様も分かって下さいますよ」
 
 こうして、妊娠についてエミリーから学んだノアは、心新たにフィリスとの関係性を構築すべくテッドの邸を出た。

 だがこの時、フィリスは既に義理の母、エレインの家にいたとは。
 誰が想像していただろうか。

 少なくとも、ノアは想像もしていなかったのである。
しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】 幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。 そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。 クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。

処理中です...