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16. ノア、それは・・・ドン引きだよ

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 ノアルファスが国王アレクサンダーと王妃マリアンヌと面会をした後。
 隣国の使者が急遽ロザリア王国に訪問する事となり、ノアルファスは王城への出入りが増えていた。

 妻を労わる為に貰っている休暇を、一旦返上し登城している件については、国王の許可は取ってある。

 まあ、吐き悪阻で一日中部屋に籠っているフィリスだ。自分が邸に帰ったとしても部屋にもいれてはくれないし、入れてくれたとしてもまたこないだのように口論になるから······と先日の出来事を思い出してノアは重々しい溜息をついた。

「どうせ俺にできる事なんかないからな」

 そう······王城への出入りが増えている。と言ったが、現状はそんなレベルを遥かに超えていた。
 ノアはフィリスと向き合う事から逃げていたのだ。仕事が忙しいという理由を盾に、王城にある自分の執務室に籠って、もう既に4日が経っていたのだから。
 帰る時間がない、というのは、単なる言い訳である。

「よお、ノア。なんか空気······重ぉッ。飯、行くか?」
「······テッド、俺、入っていいと許可したか?」

 ノックもなしに執務室を開けて入って来たのは、自分と同じく現公爵で26歳のテッド。若い頃は共に騎士団で切磋琢磨して身体を鍛えていた事もある親友だ。
 彼をギロリと睨みつければ、テッドはヘラっと笑った。

「えぇ、今更ぁ?とりあえず、行く?」
「······ああ」

 ノアはゆっくり立ち上がると執務室を出る。先に歩いているテッドの隣に並ぶと、城内の廊下を進みながら横顔をちらりと見た。

「テッド、お前、睡眠不足か?」
「······本当?わかる?わかってくれる?!さっすがノアだな!」
「そんなにお前の家は忙しいのか?」

 テッドの目の下にはクマができており、疲労がにじみ出ている。誰が見ても睡眠不足であると直ぐにわかるだろう。
 だが、流石は若かりし頃”貴公子”なんて言われてモテていただけある。王城ですれ違う女性達は、寝不足の酷い顔にも関わらずテッドに向けて黄色い声をあげていた。

 もう結婚もしており、父親でもあるというのに・・・。今でも女性の人気が高いとは本当に恐れ入るな。とノアは他人事のように考え、割りとどうでもよさそうに城を出た。





「ふぁぁ~、眠ぅ······。さっきの疲れてるって話だけど、まあ仕事が、というかさぁ······」

 城下町の大衆向けの食堂に腰を下ろすとテッドは大きな伸びをする。

 騎士団の頃から世話になっている馴染みの場所で、ノアはすぐに運ばれてきた酒に口をつけた。

 最近は何も上手くいかない気がする。特にフィリスとの口論になってからはずっとイライラしていて、心が穏やかになるときがないというべきか······。

 ごくごくと一人物思いに耽りながら酒を呑むノアの目の前で、テッドは言葉を続けた。

「ほら、ボクんとこのエミリー、妊娠しててさ······来月には産まれてもおかしくないじゃん?」

 ───······ブッ、プハァァァァッ!!
 ノアはあまりの衝撃的な事実に、口に含んでいた酒を噴き出す。

「ちょっと!口に入ってた酒吹くとか!完璧な公爵様像のノアらしくないじゃん!ノアこそどうした?さっきからなんか、心此処にあらずだし?」

「ッぐ、すまっ······ない。いや······それより、夫人は······三人目を?!」
「うん、言ってなかったっけ?」

 えへへ、と言いながら申し訳なさそうに笑ったテッドに、ノアは同情の目を向ける。

「そうか······それで、疲れているのか······?」
「なに、その、””って。そうだよ~、でも、エミリーの手助けをするのも夫であるボクの務めさ」

「なるほど······だが、その、妻の妊娠中の”手助け”というのは······?」

「え?そりゃあいっぱいあるでしょ?足だってあんなに浮腫んでさ、歩くのだって辛いだろうし。ボクの子供を9ヵ月もお腹の中で育ててくれているんだから。ボクに出来ることはなんだってするさ」

 同じ様な事をアレクにも言われたな······とノアは考えながらテッドを見た。

「······お前達は政略結婚ではなかったのか?」
「ノア。政略結婚だろうとね。人は歩み寄らなければ愛は育まれないだろう?ボク達は確かに最初はあまりお互いを知らなかったけどね。今は彼女と死ぬまで添い遂げたいと思っているよ?愛しているしね」

、している······」

 その”愛している”という言葉を聞いた後からの、ノアは、最悪だった。
 何かに憑りつかれたように酒を溺れる程飲み、口を開けば溜息ばかり吐き始めたノア。

 そんな彼を前に、テッドは若干、引くヒク

「ノア······飲みすぎじゃない?騎士団の時だってこんなに飲んでなかったよね?大丈夫?ボクでよければ話なら聞くから······」

 テッドはこの日、自身の気分転換にノアを食事に誘っただけだった。
 こんなノアの相談役になるなんて思ってもいなかったのだ。頭を抱える彼に、ノアが顔を俯けたまま壊滅的な言葉を発した。

「妊娠中で精神が安定しないから、変な妄想するな、とか言ったんだ。俺だって、不貞を疑って彼女を責め立てたりしたのにさ」
「え······」

 テッドはその言葉に、普通に、引くヒク

 それは、妊娠によりメンタルが揺れ動く時期の妻には言ってはいけない言葉では······と思うが口には出さない。
 ノアが一応懺悔しているのだから、これ以上傷に塩を塗り込まなくてもいいだろうと判断したのだ。

 それに、まず彼は新婚だったよな······。妊娠しているなんて聞いてないんだけど······。
 とりあえず、テッドは無難に祝いの言葉を述べることにした。

「ノアの奥さんも、妊娠してたんだね?おめでとう~?」
「ああ。初夜で、身籠ってくれたんだ。······なのに、弟の子じゃないかとか疑って······」

 テッドはその言葉に、愕然として、引くヒク

 それは絶対に禁句だろう。それを······ノアは言ったのか?言ってたらすれ違いどころの話ではないと思うけれど······。と、テッドは話し合いの場をもっと設けるアドバイスをする方向に切り替えた。
 妊娠に悩みは尽きない。奥さんも話を聞いてくれる相手がいれば救われるはずなのだから!

「そ、そうなんだ~······でも、じっくり話せばお互いのすれ違いが改善されるかも?」
「吐き悪阻?とかいうやつがひどくて部屋に入れてくれない」

 も、もしかして······『吐いてばっかりで淑女としてありえん!』とか奥さんに言ってたりしないよな······?
 
 そう考え、テッドは顔を引き攣らせて、引くヒク

「ほら······でも、話せないなら、綺麗な花とかあげて、ちょっとロマンチックに花言葉を添えてみたりしてさぁ?」
「花は、用意していたものがあったんだが······花言葉が彼女の意にそぐわないものだったようで······。ッ、まさか······!」


 ガバッと突然顔を上げたノアに、テッドはびくりと身体を震わせた。

 ああ、誰か助けてくれ······これ以上、何があるというのだろうか?!

 妊娠中の女性にやっては(もしくは、言っては)いけないことリストがあるとしよう。
 そのリスト10箇条中の10個すべてを完全制覇している彼に、今更、これ以上、何を驚くべき事があるのか!?


「······ど、どうした急に······」
「花をライラに渡しているのを見ていたのか······?」

 その瞬間テッドの背筋が粟立つ。

「え!?奥様への花を他人に、それも女性に渡したの!?ドン引きビキなんだけど!?」
「······」
「あっ······ごめん、つい心の声が······」

「「はあ······、」」

 ノアは机に突っ伏すと溜息をつく。
 同時、テッドも重々しい溜息をついた。

 その後、完全に酔いつぶれたノアをテッドが運んで自分の邸に連れて帰る事になるなど。
 ただの食事の誘いが、とんだ災難ノアを拾うハメになったのだ。
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