公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう

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15. 拝啓、旦那様、家出しま・・・した!

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 公爵家の邸にとめられた馬車に乗り込むと、エレインがフィリスの座る椅子に魔法をかけていく。

「まあ······!それが魔法、ですか?」

「そうよ。ギプロスでは魔法が盛んでね。特に私は適正が高いの」
「だからレオン様も······」
「馬車の振動が身体に伝わらないようにしておいたから、大丈夫だとは思うのだけど······」

 直後公爵邸の扉が開き、エレインは玄関から大きな鞄を抱え、慌てて走ってきた年若い男性を見た。

「貴方も乗るの?」
「は、はいっ······僕はまだ見習いですが、奥様の体調管理をさせて頂きたくっ」
「······そう。貴方、あの医師の息子なのね?」
「は、はいっ」

 公爵家専門の医師は有能だ。その息子がいれば大丈夫だろうと、エレインは彼を馬車に招き入れる。

「フィリス様、今も申し上げたように御供させて頂きますね。体調管理や定期的な検査はお任せくださいっ!」
「ありがとうございます」

「さて、ではそろそろ出発しましょう」

 こうして、エレインの一言で馬車が動き出し、エレイン、フィリス、公爵家の若き見習い医師は隣国ギプロスとの国境にあるエレインの邸に向かって出発した。





「う"え"ぇえええ、ううう」

 盛大にリバースをかますのは勿論、現公爵夫人(仮)のフィリス。
 馬車の扉が開くと同時に、彼女は外に飛び出すと盛大に胃の中を空にしたキラキラを吐き出した

!!飛び降りたりしないで下さいと、何度言ったらよろしいのですか!!」

「だってぇえ"、もう我慢できなくて······う"え"ぇぇ」

 続いて馬車から飛び降りた見習い医師が顔を真っ赤にしながら彼女に怒鳴っているのは、先ほどから幾度となく口にしてきた言葉だ。

「お願いですから安定期までは無闇に飛んだり、跳ねたりするのはお控え下さい!!安定期をすぎてもあまり褒められたものではありませんがっ!」
「そうよ、フィリスちゃん。嘔吐は麻袋にでもしていいと言っているじゃないの」

「いえ······でも······もう、ここが目的地です······よね······?」
「ええ、そうよ。ここが私の家よ」

 馬車から優雅に降りながら、そう言ったエレインを横目に、フィリスはほっと胸を撫でおろした。
 公爵家からの道中、何度馬車を止めて嘔吐しを繰り返した事か······。

 おかげで昼すぎに公爵家を出立したにも関わらず、辺りはもうすっかり暗くなっていてフィリスは申し訳なくない気持ちでいっぱいになる。

「本当にご迷惑を······」
「それは言わない約束よ、フィリスちゃん」
「はい······」

 そんな時、家の扉が開き、スラっとした高身長の見目麗しい男性が飛び出してきた。

「エレイン!遅かったじゃないか、心配したんだよ!君に何かあったかと考えるだけで······」

 その男性はエレインの傍まで駆け寄ると、彼女を抱き上げる。
 所謂、お姫様だっこというものを目の前にし、あまりの衝撃に嘔吐が止まる。その二人の情熱的な再会に、フィリスはあんぐりと口を開けたまま硬直した。

「もう、心配性なんだから!大丈夫よ、ウィル。貴方を置いてどこかに行ったりなんかしないわ」
「······ああ、エレイン、僕の愛しのエレイン!今日は離してやれないよ。乳母だってきているのだから、僕たちは一緒にゆっくりと"離れ"に······「ちょ、ちょ、ちょっと待って、ウィル。落ち着いて?貴方に紹介したい子がいるの!!」

 焦った様子のエレインが、そっと、だが強く男性の胸板を押し返し······。
 二人の視線がフィリスに集まる。

 フィリスはハッと意識を戻すと、嘔吐の邪魔にならないように片手で束ねていた髪を下した。
 そして今まで地面に吐き散らかしていたとは思えないほどの美しさでカーテシーをとる。

「私、ロザリア王国、バルモント公爵ノアルフィスの妻でフィリスと申します。以後お見知りおきを」

「バルモント公爵って······あの君の元夫の?」
「そうよ。彼女は現公爵の奥さん。まあ要するに私の義理の娘のようなものね」

「なるほど······それで······なんでそんな子が僕んちの庭で吐いていたんだい?」
「それは······とりあえずここではなんです。家に入ってから話しましょう?」

 家の扉を開ければ、エレインの趣味だろうか、落ち着いていて、どこか温かみのある家具や壁紙。 大きすぎず、小さすぎないその家はフィリスは何故か生まれ育った田舎の家を思い出し、安心感を与えた。

「なんだか、ほっといたします。温かみのある、とても素敵な所」
「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ!」

 エレインがウィリアムに状況を話し、彼が家出中の滞在を快諾した後、フィリスは部屋に通された。
 一人で使うには十分すぎる広い部屋にフィリスの口からは思わず感嘆の声が零れ落ちる。

「お部屋も素敵······!本当に良いのですか?こんな部屋を······」
「当たり前でしょう?今日はゆっくりしてね。明日からは自分のやりたいことを、やりたい時間にしなさい。ここでは誰も貴女を閉じ込めはしないから。伸び伸びするといいわ」

 エレインが部屋から出ていき、フィリスは寝台に大の字に寝転んだ。
 
 天蓋を見つめながら思い出すのは、先程のエレインと夫ウィリアムの様子だ。

「すっごくラブラブだったわよね。こっちが恥ずかしくなるくらいだったわ······。今頃二人はお楽しみなのでしょう······ね······?キスとかしているのかしら······!」
 
 想像しただけで顔に熱が籠り、暑くなって顔を覆う。
 フィリスは妄想の世界に引き釣り込まれそうな所を必死で耐えた。

「でも······あの熱の籠ったエレイン様を見つめる瞳!すっごく素敵だったわ!」

 あれがよく聞く王都で盛んな溺愛とか熱愛ってやつね。とフィリスは納得した。
 貴族令嬢の次女や三女などであれば、騎士団にお相手がいることも多々あるのだそう。皆、デートなるものに行くこともあるようで、そのラブラブったるや二人で甘い砂糖風呂に浸かっている様な状態だと聞いていた。

「うん、聞いていた通りだったわね!でも······」


 “羨ましい”


 フィリスは両手を胸に当てた。
 フィリスは恋愛をしたことがない。両親の仲は良かったものの政略結婚であったため、あんなに愛し合っている男女を見るのは初めてだ。

 それに、エレインに限っては、これが二度目の結婚にして、初恋の相手。
 この苦難を乗り越えた果ての“真の愛”というのがまた情熱的でいいのかもしれない。恋愛小説にでてきそうな、正に、正真正銘の感動的ラブストーリーだ。

「私もいつかそんな出会いがあるかしら?」

 今は契約結婚で、跡継ぎの為だけに結婚したようなものだ。
 けれど、もしその後、自由に世界を旅できたなら、いつか自分も運命の相手を見つけ相手しか見えなくなるような盲目の恋に落ちることができるだろうか?
 最近は政略結婚などではなく恋愛結婚なるものも普通に出来るようだし、可能性はあるのかもしれない······。

「旦那様もあのボインメイドちゃんと幸せになることが出来るのだから、私も未来の幸せを掴む為に、子供を産むくらいは頑張りましょう!」

 自分が普通の貴族令嬢とは少し変わっているという自覚はある。
 だから、公爵夫人としての役割は到底果たせないかもしれないが、その代わり跡継ぎを産めばいいのだ。そして、契約の目標達成後はお互いに別々の幸せな道を歩き直せば良いだけ。

「さて、せっかくの機会なのだから、明日からは羽を伸ばさせてもらいましょう!」

 旦那様も自分のようなじゃじゃ馬がいなくて清々しているに違いない。
 もしかしたら、今頃ボインメイドちゃんと“真の愛”を育んでいるかもしれないし。

 そんな単純な事を考えていたフィリスは、彼女が家出したことを知ったノアルファスがその邸で大激怒する事になるなど······全く想像していなかったのだ。
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