8 / 50
8. 何故、何故、何故なんだ!!
しおりを挟むノアルファスは朝早く目覚めた。
いつも早く起きて仕事をする、所謂、彼の癖だ。
「はぁ、まだこんな時間か」
蜜月を一週間で明け、すぐに隣国との外交に行ったノアルファス。
新妻が妊娠したにも関わらず、国王に手紙の報告だけで済ませようとしたのは確かに事実だった。実際、彼は邸に帰ってくるつもりはなかったのだ。
だが、国王にこっぴどくお叱りを受けた。
『妊娠した新妻を一人領地に残し、公務を続けるとはなんたる事!半月ほど頭を冷やせ!この大馬鹿者!』という······王命の元、此処にいるわけで。
「本当に······跡継ぎを早くしろ、と言ったのはアレク、お前ではないか······」
このロザリア王国、国王アレクサンダーはノアルファスより少し年上の幼馴染。
王太子と公爵家嫡男として幼い頃はよく共に遊んだ仲である。そして彼は最愛の人を皇后とし、相思相愛、子宝にも恵まれ三十歳を過ぎた今も、とても仲睦まじい事で有名なのだ。
その彼曰く、”人生の変化はすべてに意味があり、学びである”という。
子を持ち、親となり、初めて親の気持ちが分かり学ぶことがあるように。
秘訣は最大限に妻を労わり、愛すことにあるんだ!
フィリスとの結婚が決まった際に長々と説教の様に聞かされたその話は、ノアルファスには全く分からない話だったため、彼は右耳から左耳へと聞き流していた。
だが、それが裏目にでたらしい。だから、国王から鉄槌が下ったということだろう。
「さて、今日はどうするか······」
ノアルファスは夫婦の繋ぎ部屋の扉を見た。
この行動も、最近ノアの日課となりつつある。フィリスがいるはずもないと分かっていて、でも気になってしまうのだ。
あの部屋を使ったのは、彼女を邸に迎い入れて一週間のみ。
一緒に同じ寝台で眠るというのが何故か気恥ずかしくて、寝る時は必ず自室に戻っていた。だから、使っていないも等しいのだが······。
それに、契約結婚だからそこまで深入りする必要はない、と思っていたのも事実。
だが、なぜ、こんなに彼女の動向が気になるのか。
彼女が自分の子を身籠ったからだろうか?
······いや、それはないだろう。だって懐妊の報告を受けたときは、こんな思いはしなかったのだから。
では······なんで······?
直後、ノアの脳裏には邸に帰った日のダイニングでの事が鮮明に蘇った。
弟のレオンがフィリスを心底気にかけている様子。
「······俺も、少しは彼女を労わらないといけない、と言う事か······」
ノアは、あまり深く考えるのをやめ、漸く朝日の昇り始めた外を見た。
朝焼けに照らされて、キラキラと庭園に咲き誇る花々を見て、何故かフィリスを思い出す。
「花······か」
この国で女性への贈り物は宝石やドレス、そして簡易的なものは花、と相場が決まっている。であれば、とノアはゆったりめのシャツとスラックスという軽装に身を包むと部屋を出た。
庭にでる手前で庭師の使う道具を借りて、庭園の花々を眺めながらゆっくりと歩く。
色とりどりの花々がノアを出迎え、真面目しか取り柄の無い彼の心に、感情という色を宿していく。
次に来るときは、フィリスも誘って二人で庭園散策というのも良いかもしれないな······。彼女の顔を思い出しながら花を見れば、彼女の反応が手に取るように分かり、ノアは一人頬を緩めた。
「ふっ······、あんなじゃじゃ馬娘が花など、本当に喜ぶのだろうか?まあ、ドレスも宝石もあまり興味はなさそうだ。馬の遠乗りとかの方が喜びそうだしな」
花束を手にしたら、『ありがとうございますわ。でも、私はあまり花には興味がないのですよね』などと、また可愛くないことを言うのだろうな。と想像してクツクツと一人で笑ってしまう。
ノアは庭園を物色した挙句、最終的にありきたりなバラにすることにした。
花言葉は分からないが、どうせ彼女だって分からないだろう。
赤バラは情熱的だと聞くから······
「オレンジあたりにしておけば大丈夫だろう」
ノアは少し濃いオレンジ色の薔薇を摘み取っていく。そして、その隣の木に咲いていた美しい紫の花に目を奪われた。
「これも、いれておくか。酷い配色だが······仕方ないな」
花を摘んで誰かにあげるという行為すらしたことがないのだ。
花を綺麗だと思って見に行ったこともない。すべてが初体験。
ノアは、それらを一纏めにすると、自室に戻ろうと庭園を歩き始めた。
「ノア様っ!お帰りなさいませ!」
直後、背後から馴染みのある声が聞こえ、ノアは立ち止まった。
後ろを振り返れば、黒髪の短髪(と上半身)を揺らしながら、走ってくるメイド服の女性が一人。
「ああ、ライラ。ただいま」
ノアはふっと笑みを零すと、目の前まで来た彼女の頭をポンポンと撫でた。
「良かったです。本当にノア様が帰ってきてくださって!奥様がとてもお辛そうでしたのですが、私たちメイドにはできることが限られますので······」
「いや、お前達にしかできないこともあるだろう?」
「奥様はまだ我々使用人にはお心を開いてくださらず······」
悲しそうな表情をして俯いたライラの背中に手を回し、上下にゆっくりと擦る。
「大丈夫だ。いつか心を開いてくれる」
子供を産んだ後、彼女が出て行ってしまうかもしれないが······。とノアは心の中で考えた言葉を声には出さずに飲み込んだ。
「っ、はい。でも、ノア様!もうこうゆうのはやめて下さい!私はもう大人、なのですよっ!」
「悪かった」
顔の赤いライラを見て、ノアはふふっと軽く笑う。
直後、ライラはノアの手にある花束を見て首を傾げた。
「それは?奥様に、ですか?」
「ああ、何も贈り物をしてないと思ってな。とりあえず花を、と思ったのだが。俺はあまり花には詳しくなくてな」
「確かに、私もあまり花は詳しくありません······。お手伝いできず申し訳ございません。この公爵家で花に精通して者は庭師のルディくらいしかいないのでは?」
「ああ、そうだな。だが、奴は忙しそうだから」
二人で苦笑いをしながら庭園を横切る。
途中まで歩いて、ライラが急に思い出したように声を出し、立ち止まった。
「あ、でも大変だわ」
「ん?どうした?」
ノアがライラを振り返ると、ライラは焦ったような表情をした。
「ノア様、その花、なんですが······もしかしたらフィリス様には香りが強すぎるかもしれません。先日私もレオン様に言われたのですが、妊娠中は香りの強いものはあまりよくないと······」
”でも、捨てるのは花には悪いですね。一旦お見せしてから、玄関かお二人の寝室に飾りましょうか?”
そう言いながら悩み始めたライラを見て、またレオンか。とノアは一瞬顔を歪めた。
どうせ全く花に精通していない自分が勝手に選んだ花だ。そんな使われていない寝室や、ましてや公爵家の顔とも言える玄関に置く必要はないだろう。
「そうか······だが、そんな所に飾る必要ない。では、これは······ライラ、お前が引き取ってくれるか?確か、お前の母は生前花が好きだったからな。飾ってやってくれ」
「ノア様······。では、いただきますね。母もとても喜ぶと思います」
ライラがノアから花束を受け取り、二人で彼女の亡き母を思い出すように微笑みあう。
その直後、邸の上から大きな女性の声が聞こえた。
「これは······フィリスの声······か?」
「そうですね。あの方向はフィリス様の部屋ですし······何かあったのかしら?!」
少し焦った様な声を出したライラと共に、彼女の部屋のバルコニーをじっと見つめる。
そして次の瞬間、見えた光景にノアは愕然とした。
この間と同じ、恥じらいなど知らないような薄い夜着。
その隣でレオンが顔を真っ赤にして羽織りを手渡している。
何故、レオンが······彼女の部屋に。
何故、彼女はあんな恰好を。
何故、何故······!と彼の心を灰黒い感情が覆っていく。
そして最後に視界に入り込んできたそれに、ノアは声を荒げた。
「嗚呼!何故、貴女はいつも裸足なんだ!!!本当に!本当に、それで淑女教育を受けていたのかッ!?」
89
お気に入りに追加
3,630
あなたにおすすめの小説

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる