7 / 50
7. 義姉様が・・・飛び降りた?!
しおりを挟むレオンは義理の姉、フィリスの部屋の前で右に左に、行ったり来たりしていた。
『ねえ、あの光景、先日も見なかった?』
『ああ、あれは公爵様の方よ!』
『ええ?ノアルファス様が?』
『なんか子供のやるオマジナイみたいに「入る、入らない」とかやっていたわ』
『まあ!あの方がそんなことをするのね?!』
廊下の奥で息を潜めながら、そんな世間話をしている公爵家の使用人たち。けれど、彼らの会話はいまのレオンには聞こえていない。
彼は真剣にフィリスの事を考え、支えになってあげたいという思いで頭がいっぱいだったからだ。
「きっと、こんな公爵家なんかに居たくないって思ったかな······?嫌われた······かな?」
そして彼は再び床を見ながら、右に五歩、左に五歩と往復をし始めた。
「入る、入らない、入る、入らない······」
彼が足を前に出す度に聞こえるその呪文に使用人達はまたひそひそ話を始める。
『ねえ、見て!レオン様も同じなのね!』
『この公爵家、大丈夫かしら?』
『ちなみに、ノアルファス様は無理矢理”入る”で止めてらしたわ』
『まあ、それは不正では?!』
『ではレオン様もかしら······?』
ピタリと彼の動きが止まり、使用人立達は背中をピンッと伸ばした。皆で一列にゆっくりと後退し、壁にまっすぐ貼り付けるようにして目は前の壁の一点を見つめる。
『ば、バレたかしら······?!』
誰かがそう呟いた直後、レオンの大きな声が響き渡る。
「入るッ!」
そして彼は数回扉をノックして入室の確認をした後、返事がない事に首を傾げながらドアノブに手をかけた。ドアを開ければ、部屋の中で感じるはずのない風を顔に感じ、レオンは直ぐに全開になった大きな窓を見た。
心臓がどくどくと鳴り、レオンは最悪の事態を想定する。
やはり、親身になってあげなかったから、孤立してしまったのだろうか?
だれも彼女を気遣ってあげず、彼女はやはり傷ついていたのだ。
僕は年齢も2つしか変わらないんだから、僕がしっかり彼女を見て、傍で守ってあげられれば良かったのに!
レオンは罪悪感に苛まれ、居たたまれず、声を上げた。
「フィリス義姉さま!!?た、たいへんだ······義姉さまがいない!もしかして······義姉様がッ!!!」
ゆっくりとバルコニーの方に向かって歩き、脱ぎ散らかされた二つの靴を見て憶測は確信へと変わる。レオンの心が絶望で真っ黒に染まり、目の前の現実を受け入れたくなくて心臓が握りつぶされそうになった。瞳から涙が浮かび、床に水滴が落ちて絨毯に染み込んでいくのをレオンは歯を噛みしめて見つめた。
喪失感で崩れ落ちそうになった、その時。
フィリスの声がバルコニーから響いて、レオンは顔をあげた。
「ちょっと、いるわ!!いるわよッ!身を投げたりなんかしないんだってばあぁぁ!」
「えっ······?!」
脚早にバルコニーに近づけば、ほぼ夜着姿で素足のフィリスが、バルコニーの柵の目の前に立ってヒラヒラと手を振っている。
「っちょ、ちょっと義姉さま!その恰好は······!!?」
レオンは赤面する。この国の貴族女性は当然、素足を人前に醸すことなどないし、夜着姿なんて以ての外だ。
少し年上、と言っても二歳しか変わらないし、フィリスは年頃のそれもかなり美しい女性。
そんな彼女の身体のラインが分かる夜着······それに、太陽の後援もあり、透けているような······?とレオンはもう一度目線をフィリスに向けようとして、強い意思を持って自分を戒めた。
そして理性という名の細い糸を必死に手繰り寄せる。
『違う違う!違うだろ、僕!あんな恰好だとやはり身体が冷えてしまうし、妊娠している女性の身体には絶対に良くない。だから僕がやらなくてはいけないのは······、何か上着を持っていく事だ!』
レオンはソファに乱雑に放り投げられていた少し薄手の羽織を手に取ると、下を見ながらフィリスのいたバルコニーの柵の方へと歩いていく。
フィリスの程良い肉付きの、すらりと伸びた脚と素足が見えて、レオンは視線を下に向けたまま持っていた羽織を彼女に突き出した。
「と、とりあえず、コレ、着て!ください!」
「まあ、ありがとう?」
彼女がそれを羽織った事を確認し、レオンは顔をあげる。
そして乱雑に羽織られたその身だしなみを見て、赤面した。
「ちょっと!前もしっかり締めて下さい!義姉様?本当に貴女はハチャメチャすぎます」
「っふふ!それ、旦那様にも言われたわね!」
「······兄様に?」
「ええ、”じゃじゃ馬”ですって」
「はは、違いないや」
「ちょっと!」
「ちょっとやそっとじゃ乗りこなせない。懐ついてすらくれない。目を離したら、直ぐにどこかに走り去ってしまいそうだ······。それこそ、境界線の無い草原を走り続けた方が貴女にはあうのかもしれないけれど······」
レオンは小さな声で呟きながら、バルコニーから空を見上げるフィリスを見つめる。
フィリスがその言葉を全て聞き取ったのか分からない。だが、彼女はレオンの方を振り向くと両手を後ろで組みながら、レオンの顔を覗き込んだ。
彼女の赤茶色の美しい髪が光に照らされて、力強く輝きながらふわりと舞う。
その時、レオンは彼女の優しい笑顔の瞳の中に、寂しく儚げな色が混じっているを見つけ息を飲んだ。
「ふふふっ、そんなことができたら、どんなに楽しいのでしょうね?まだ見ぬ世界は私に、どんなに色を見せてくれるのかしら?」
レオンにはその答えに対する回答を持ち合わせてはいなかった。
その彼女の言葉は、風に乗って、大空へと羽ばたいて行った。
97
お気に入りに追加
3,630
あなたにおすすめの小説

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる