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43. 僕は絶対に許さないよ

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「でんか、ヤバいッすよ、あの女」

 彼は元有名な暗殺者で名を馳せた男、通称”血濡れのロイド”。
 頼まれた暗殺は完璧にこなし、人の血を見てそれに塗れる事に幸福を感じる、変わった男。
 そして、今はヒューベルの指示でシェリルの護衛監視をしていた。

「何回目?」
「もうこれで、6回目。色んな男を唆して、姫さんを襲おうとしているっぽいっす」
「そっか」

 シェリルと婚約したあの中間舞踏会から、早くも二週間が経ち、ロイドがシェリルを襲おうとしている男を事前に捕獲。回避させているのはこれでもう6回。
 要するに、ヴァレンティ―ナは2~3日に1回はシェリルに男を送り付け襲わせようとしている、という事になる。

「僕と婚約をしたから、彼女の処女を奪わせて結婚ができないように妨害しているのだろうね」
「はあ?めんどッ、なんでそんなこと」
「理由は分からないけど、ヴァレンティ―ナ嬢は”世渡り人”。王族と結婚が出来て、多重婚も認められている。アロラインの他に私を夫にしたがっているという話は聞いていたんだ」

 その言葉にロイドは片眉を釣り上げた。

「はァ?きもちわるっ」

「まあ······。そして、僕はまだ公にしてはいないが、シェリルも”世渡り人”なんだよ。あの女と同じ場所から来ていると考えれば、きっとあの女はそれも分かっている筈だけど、情報操作かなんかをしてバレないようにしているんだろう」

 きっと”世渡り人”の特権などに関してはシェリルには明かしていないはずだ。
 シェリルに王族である自分を取られるのが嫌だ、という理由もありそうだが、それだけではないだろう。
 もし”世渡り人”であれば、シェリルには簡単に罰を与える事などはできなくなるから。

 ヒューベルは隣に丸まっているリルの背中を撫でた。

 二週間前、シェリルに拒絶されて逃げられてしまったあの後。

 学園の庭園に転移したシェリルは運悪くあの女と接触。そこで、あの女はあろうことかシェリルとリルに暴言を浴びせ、手もあげたらしいという事はもう把握済だ。
 それによりリルは怪我を負って帰ってきて、すぐにヒューベルが治癒を施したのだから。

「僕は、絶対に許さないよ」

 そう、絶対に許さない。
 魅了の魔法を使って、男を駒のように動かし、シェリルを襲い処女を奪わせるように仕向けているのも。
 自分の婚約者であるシェリルと契約精霊であるリルにに暴言を吐き、手をあげた事も。
 全て、あの女がどんなに謝ろうと、絶対に許さない。

 ふふ、と乾いた笑いを漏らしたヒューベルを見て、ロイドは顔を引き攣らせる。
 ヒューベルがこういう表情の抜けたような顔をしながら笑っている時は最も危険だ······と思って。

 ヒューベルの思考が真っ黒に染まり、ロイドが1歩2歩と後退し、ゆっくりとソファに腰を下ろした時······、執務室の扉が突然開いた。

「殿下ッ、いきなりの無礼、おゆるしくださいっ······っはぁ」
「エヴァン、どうした。らしくないね」

 ヒューベルは急ぎ駆けつけたらしいエヴァンを見つめた。

 嫌な予感がする。
 いつも冷静で面倒くさい事はやらないタイプの彼が、こんなに息を切らして執務室に飛び込んでくる事なんて、そうそうある事ではない。

「シェリルがっ······シェリル嬢が······城下町に······男とっ「はァ?!」

 その瞬間ロイドが苛々とした様子でエヴァンの言葉を遮り、立ち上がった。

「ちょっと待て、マジで言ってんのかよ?オレ全部回避したよ?相手の男もボコッたし······」
「それが、目撃情報によると、彼女は一旦寮に戻って、夕方になってから紙を見ながら外出したらしく······」

「出る」

 ヒューベルの顔から再び表情が抜け落ち、エヴァンとロイドは直ぐに跪いた。

「「大変申し訳ありませんでした!!」」

「謝る時間は後で取ろう。今は行動しようか」

「「は······はいっ」」

 さっと立ち上がった二人から視線を外したヒューベルは心配そうに自分を見上げるリルを見下ろした。

「リルは此処で待っていてくれて構わないよ「いや、ボクも!」

 ヒューベルは前のめりになって口を開いたリルを片手で制する。

「一つ言っておくけどね。この間は自分の歯止めが効かなかったのもあって許したけど、今回もし僕の邪魔をしてくれたら、キミ、次は拘束して檻にでも入れるからね?」

 冷たい瞳に見つめられ、リルは俯いた。

「いや······もう、今回は邪魔しない。それにシェリルが危険なら······ボクも黙っていられないよっ」
「まあ······それならついてくれば良い。けど······分かっているよね?」
「分かってる!今回は絶対に······何があっても止めない······」

 リルは乞うようにヒューベルをじっと見た。

「分かった。では行こうか。エヴァン場所の特定はできているのかな?リルもシェリルの匂いを辿って援助して欲しい」
「一人、騎士団の者を追わせていますので見失っていなければ大丈夫です」
「にゃっ!」

 こうして、3人と1匹は王城を飛び出した。



 ヒューベルは喫茶店からでてくるシェリルと、男を見つめて口を開いた。

「あれは、誰?学生······ではなさそうだけど?」

「はい。ヴァレンティ―ナ嬢は最近、冒険者とも関わりを持っているらしく。その一人かと思われます」
「なるほど?じゃあ、彼女に手を出した時点で殺しても構わない······か」

 リルはゴクリと唾をのむ。
 ヒューベルは普段温かみがあって優しいが、自分や周りの人間に害が加わる場合はかなり冷酷になる男だ。
 ヴァレンティ―ナの魅了魔法で動かされているとはいえ、きっとあの冒険者の男がシェリルに手を出したら本気で殺すのだろう事容易に想像できる。

 そんな事を考えてリルがブルりと身体を震わせた時、隣から緊張感のない声が響いた。

「それはオレに任せてくださーい!あれ、姫さん達、どっか入っていきますね?あれは宿かなぁ?」

 ロイドが腰から短剣を取り出して、剣を磨き出しヒューベルは頷いた。

「うん。やはり、冒険者は死に急ぐものなのかな?危険なモンスターのいるダンジョンに勇敢に潜るのが仕事というもんね。報酬もかなり貰えるようだから頑張るのは分かるけど」

 ”でも死んだら終わりなのにねえ?”
 彼の瞳から生気が無くなって、リルは慌てて彼の肩に飛び乗った。

「あ、主······とりあえず落ち着こう。まだ何があるか、分からないじゃないか」

 ヒューベルはその宿に入るとエヴァンに店主への説明を頼み、そのまま二人が消えていった二階に足を進めた。
 ”血濡れ”のロイドはもういない。きっと既にどこかに待機しているのだろう。

 ヒューベルは男の部屋の扉の前で立ち止まると、風魔法を使って話を盗み聞く。

『ホント、ヴァレンティ―ナちゃんもタイプだけど、君は一段と綺麗だよね』
『······ありがとうございます······』
『ヴァレンティ―ナちゃんからは君の事も可愛がってって頼まれているけどさ······本当に良いの?君、お貴族様でしょ?』
『······はい······』
『そっか~、でもまあこんな機会ないし、俺もう興奮してきちゃって。だから、』

 ドンッと音がして、ヒューベルはそっと瞳を閉じた。
 ロイドが動いていないという事は、ただ寝台の上に座った音か······。そう思って彼はフッと笑みを零す。

「ああ、やはり私は間違っていたんだな」

 小さな呟く声が聞こえてリルは顔をあげた。

「いつから?いつ彼女を閉じ込めておけばこうならなかった?」
「彼女に自由を与えてあげたいと思った僕が間違っていたのか」
「彼女があの部屋に居れば危険に晒されることもなかったのに······」

 ポツリポツリと呟く言葉の節々に闇が見えて、リルは慌てる。

「あ、主······。抑えて······駄目だよ、怒りのままに感情的になると色々と危険だ」

 リルがそう言った直後だった。

『あの······初めてですので······優しくして頂けませんか······?』

 シェリルの言葉が聞こえて、ヒューベルの怒りは頂点に達し。
 彼は扉の前に立つと、ひと思いに蹴り開けた。

 怒りと殺意に塗れた真っ黒な感情が漏れて、開いたドアから部屋を染めていく。
 ヒューベルの感情の抜け落ちた瞳が寝台にいる男女を映し、制御という箍を外したのだ。
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