上 下
26 / 63

25. 白猫の大事な報・連・相

しおりを挟む


 ヒューベルは自室の寝室、寝台の上で寛ぎながら本を読んでいた。
 カチャリと音がして、専用の出入り口から白猫が入ってくるのを確認する。

 最近はこの白猫(リル)、早朝に機嫌よく出ていって、夜遅くに帰ってくることが多い。
 リルには与えている仕事もあるし、しっかり進捗は聞いているからあまり気にはしていなかったのだけど······。

「ふんふんふーん」

 鼻歌を歌いながら、ヒューベルの事など目もくれず、最近設置したばかりのリルの寝床猫タワーに登っていこうとするリルをヒューベルが引き留めた。

「リル」
「ふふふーん」
「おい、リル」

 不意に足元が暗くなり強い重力を感じて進まなくなった脚をみてリルは立ち止まった。

「え、」

「え、じゃないだろ?契約主である僕が呼んでいるんだけど?」
「あ······あるじ······」
「うん?ちょっと、こっちに来て」

 ”嫌だ”と顔に書かれているリルを無視して、ヒューベルは読んでいた本を閉じると寝台の淵に腰掛ける。

「ほら、早くきて」
「はい······」

 トボトボと近づいてきたリルを抱き上げれば、彼の首に付けられた首輪が光った。

「君さ、僕にどれだけ首輪を付けろって言われても嫌がっていたのに、この前いきなり名前入りのを作ってくれって懇願してきたよね」

 そう、リルはヒューベルに今回の任務で必要だから、と特注の名前入りの首輪をおねだりした。

 それで、漸く、シェリルに「リル」と呼んでもらう事ができたし、「シェリルと、リルって似てるわね」と微笑んでくれたんだ······。

「ねえ、なんでそんなにニヤニヤしているか聞いてもいいかい?」

 やっべ。大抵の人間にはニンマリしているのがバレないのに、いつも何故かヒューベルにはバレるんだ。なんでなんだろう?

「いや······ニヤニヤしてはいないけど······」
「言い訳は不要だよ、で?今日の報告は?」

「今日······の?」
「ああ、君が最近持ってきた情報は、ヴァレンティ―ナ嬢が不特定多数の男達と最後まではいかないものの関係を持っているという事だったね?あとは、シェリルの事を護衛のように見守っていると?」

「う······ん」

 そう、言えない。
 朝、シェリルの寮に忍び込んで一緒に寝台でひと眠りし、寝起きの彼女に顔をスリスリされて、ムフフーンとなった後、彼女の生着替えを見守っているなんて。

 そう、絶対に言えない。
 学校が終わればまた寮に一緒に戻り、彼女の太腿の上に顔を乗せて、寛ぎながら話を聞く相手になっているなんて。
 
 そう、口が裂けても······
 朝食、昼食、おやつ、夕食と4食を彼女から分け与えて貰っているなんて······言えるはずがないんだ!!

 ヒューベルはフルフルと身体を震わせたリルの毛並みを少し撫で、そしてクンクンと鼻を鳴らした。

「っひぃ、······」
「ん?······君、なんで仄かに甘い女性の匂いが······こんなにするんだい?」

「え······?」

 尚も匂いを嗅ごうとするヒューベルを遮るように、リルは肉球を彼の鼻にそっと押し当てて、急いで口を開く。

「あっ、あ······”悪役令嬢”って······言ってた!」
「ん?”悪役令嬢”?なんだいそれ?」

 ヒューベルがその言葉に興味を持ち、リルを寝台の上におろし、リルはほっと胸を撫でおろした。

「人間にある言葉じゃないの?悪役令嬢の役を頂いたって言ってたぞ」

「悪役令嬢······の役?頂いた?誰に?」
「それに前にも言ったかもだけどさ······彼女も······”世渡り人”だよ。今日で確定したんだ」

 そのリルの断定的な言葉にヒューベルは片眉を上げる。

「なんでそう思うんだい?腕輪が無ければ確定はできない筈だろう?それとも君が感じられる異世界の何かがあったのかい?」

 そのヒューベルの言葉にリルは頷いた。

「うん、それもある。それに、僕は喋れないから聞いているだけだったけどね?あのイヤな女はシェリルの前世で唯一の友人だったらしい。それで、あの女に”悪役令嬢”という役割を与えられてこの世界にいるから、踏み台になるためにがんばらなくちゃってって張り切ってたんだよ」

「あの女の······前世の友人?悪役令嬢?······踏み台?」

 ヒューベルはその単語を呟きながら顔を顰める。
 悪役、という事はシェリルをどうにかして”悪い事をする令嬢”に仕立てあげるにつもりに違いない。そして、それを踏み台にして自分が人気を得ようという事······か?
 いや、でもそれは、もう”友人”ではないのでは······。

「あのイヤな女が他の男といる時は、シェリルはすぐにそこに向かっていってケチをつけるように指示されているんだけど。でも、彼女が上手くケチをつけられるわけはないだろ?」

「まあ、そうだろうね?シェリルは優しい子だからね。悪役なんて向いていないんじゃないかい?」

「そうなんだ。で、やっぱり上手く行かなくて。その後、イヤな女に呼び出されて怒られているんだよね。”あんた、私のカブあげなくてどうすんのよ、ホント使えないわね!”って」

「へえ?」

 ヒューベルは自分の立てた予想が強ちまちがってはいないのではと推測した。

「ああ、あとはねー。”アンタには淫乱設定をつけてあげたって教えたでしょ?だから、早く身体で男を篭絡しなさいよね。それに唾液にも媚薬の効果があるんだから、キスくらいしておきなさい?”って言われていたな」

 ヴァレンティ―ナの口調を真似てそう言ったリル。

「は?」

 その言葉にヒューベルから怒りの感情が漏れ始め、リルは慌てて言葉を付けたした。

「あ、でも、その言葉は今日言われてたから······!それに対してシェリルは真剣に悩んでたんだけど······」

 シェリルがヴァレンティ―ナと同じ世界から来た”世渡り人”だったとしよう。
 その役割が”悪役令嬢”とかいう馬鹿げた役で、あの女の踏み台になる事だとして。

 「シェリルの”世渡り人”としての特殊能力は唾液に含まれる媚薬で······淫乱なんて能力もあり、男を身体で篭絡する······だと?」

 他の男がシェリルに口づけをするなど、想像するだけでおかしくなりそうだ。
 せっかく、”世渡り人”ヴァレンティ―ナが現れてアロラインが夢中になり、シェリルとの婚約破棄を考えているから喜んでいたのに。
 また誰かに彼女を取られるなんて事があれば······今度こそ耐えられないだろう。

 ヒューベルの顔が苦痛に歪み、そして彼の脳が情報処理と共に回転を始め、一つの答えにたどり着く。
 そして、彼はにっこりと待ちきれない様子で笑った。

「そっか······それなら、僕が”悪役令嬢”とやらにしてあげれば良いんだね?まだ誰も触れていない今なら、ゆっくりと調教して······僕の色に染められる」

 その言葉にリルはヒューベルを恐る恐る見上げた。
 そしてヒューベルの闇深さが滲み出た表情に唾を飲み込む。

「あぁ、そんな能力を持ってしまったなんて。
 可哀想なシェリル······。君には、僕だけの”悪役令嬢”になってもらおうか······」

 貴女が悪い事をすれば、僕がそのお仕置きをしてあげよう。
 その先に甘く蕩けるような快楽を添えて、逃れられないようにして。
 逃げたくないと貴女が懇願するほどに、大切に囚われ、愛される事の喜びを知ってもらって。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

【R15/R18】執事喫茶にいったら前世で好きだった私の執事がいて、完全にヤンデレ化している件は・・・如何致しましょう!?

猫まんじゅう
恋愛
※全14話で纏めました。前編7話はR15ですが後編7話はR18となります。閲覧ご注意下さい。 異世界から現実世界へ転生した少女とそれを追ってきた執事の物語。 ◇◆◇ 前世の私はずっと執事のセバスに想いを寄せていた。 でも身分も違うし、歳も違うから叶わぬ恋だって事くらい分かっていた。 だから、死ぬ間際に想いを告げたの・・・。 そして私は、佐伯 杏里(サエキ アンリ)として生まれ変わった。 平凡な大学生として程々に人生を楽しんでいるつもり、だったんだけど・・・でも、想像できるはずもなくない? 偶然友人に連れていかれた執事喫茶で彼に出会うなんて!! それに久しぶりに会った彼はヤンデレ化していて、私・・・責任とれって言われても・・・どうしたら良いって言うの? ◇◆◇ 14話完結型、展開早めで、ゆるふわご都合主義。 イケメンですが、イケオジ化により、最終的に歳の差開きます(13歳)ので苦手な人はご注意下さい。 こちら、R15とR18で分けて投稿していましたが、アルファでは禁止だったため急遽R15に連結しました。 申し訳ございません。この作品はなろう、ムーンにおいては分けて掲載しています。

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

処理中です...