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18. エヴァンの想い

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 王立学園での最初の社交界演習が二週間に迫ったある日。
 ヒューベルの執務室にノック音が響いた。

「はい、どうぞ~」

「殿下、失礼致します。そしてその緊張感のないお言葉、いかがなものでしょうか?」
「それは君が来ると分かっていたからだよ」

 黒縁の眼鏡をクイッとしながら位置調節しているらしい男が、この国の頭脳とも言われる男。ヒューベルの右腕にして次期宰相となるであろう人物だ。

「エヴァン、久しぶりだね」
「そうですね、本当にお久しぶりでございます。貴方が私に知らせず、”世渡り人”の鑑定を行い、その報告書を私に丸投げされた所為で、貴族達の不満も私が一心にうけ「エヴァン、ありがとう」

「あ、あ······ありが······まあ、殿下の為になるのでしたら、良いのですけれどね······それが私の仕事ですので?」

 本当にツンデレだな、とヒューベルは微笑んで、ソファに腰掛けると彼を座らせる。

「そうそう、それで。もうすぐ、王立学園の社交界演習があるだろう?それにいつも王族から参加して見守るってのをやっているんだけどね」

 その言葉に、エヴァンは顔を顰める。
 また厄介事を?と書いてある彼の顔を見て、ヒューベルは苦笑いを零した。

「エヴァン、顔に全部でているよ、ふふっ······そう、で、それに君に行って貰いたいんだ」
「嫌です」

「ふはっ、即答か!理由を聞いても?」

 ヒューベルはニコニコと笑いながら足を組む。

「それは······まず、今の3年生に私の興味のある人物はおりません。アロライン殿下がいるのですから王族からという理由であれば満たしているはず。それに私は王族ではありませんし。それに、あの”世渡り人”、凄く嫌な予感がするんです。この国の繁栄に助力しようとかそういう気を一切感じない」

「まあ、それは僕も同感かな?あの子を見ていても邪な感情しか映らないんだ。何か企んでいるというか虎視眈々と狙っているというか。あ、そうだ、伝えた通り彼女は”魅了”の類を使うらしい。気をつけてね」

 はんっ、と鼻を鳴らして、『私はそんなものには引っ掛かりません』と、気怠そうに窓の方を向いたエヴァンは小さな声で最後の言葉を呟いた。

「それに······殿下の為に立つ事がなにもない。ですから嫌、です」

 それを聞いたヒューベルはメイドの置いて行った紅茶に手をつけた。

「僕の為に立つ事しかない、んだけどな?」

 その言葉にエヴァンは顔をヒューベルに向けた。

「っな?いえ、私はあの3年生については色々と調べましたので、何もない筈です」
「ふふっ、頑固だなあ。じゃあ、君、シェリルを見た?」

 ”シェリル”ときいて、エヴァンの顔から表情がぬける。

「シェリ······ルが······?」

「そう。シェリルがついこないだ学園に入園したらしいんだ。僕はまだ会えていないんだけどね。で、もし演習に参加してくれたら「参加します」
「早ッ」

 分かっていた反応だったが、ヒューベルはその彼の変わり身の早さに目を見張る。

「シェリルがいるなら、参加します」
「うん、君ならそう言うと思った。けどね、彼女変わったらしい。いや、僕らからすれば”戻った”というべきかな?」
「戻った······?」

「うん、我儘で傲慢なシェリルではないらしい。僕らの知る、あの昔の純粋無垢なシェリルになっているんだと······まあ、僕も学園の情報までは入手に時間がかかるんだけど······「では、調べます」

「その必要はないよ、エヴァン。それはリルに任せるから。とりあえず、君には演習に参加して、ヴァレンティ―ナ嬢とシェリル、アロライン、ラルク、辺りを監視して欲しい。シェリルに何かあれば「すぐに守ります。最悪、私の侯爵家で保護します」

「エヴァン、」

 ヒューベルの地を這うような声が聞こえ、エヴァンはビクリと身体を揺らす。

「は······い」
「分かっていると思うが、シェリルは君には渡さないよ?もしシェリルを手に入れたいなんて考えが少しでも浮かんでいるなら、お前は行かせられない」
「いえ······」

 エヴァンは顔を俯ける。
 ヒューベルとエヴァンは幼馴染。そして公爵家の長男アルフレッドも、だ。
 だから、3人はよくバルモント公爵邸で遊んでいた。

 そこでずっと可愛がっていたのがシェリルだった。

 真っ白な肌に美しい白髪。はめ込まれたアクアマリンの宝石のような瞳。

 あの時は子猫のように纏わりついてくる彼女と遊んで、幸せな日々だったのに、アロラインと婚約が決まった辺りから、シェリルが我儘で傲慢であると噂が流れた。
 それは、ヒューベルやエヴァンが忙しくなり、遊ぶことも少なくなった時と重なっていて、誰も彼女を助けてあげる事は出来なかったのだ。

 悪い噂は良い噂よりも早く流れる。

 あんなに妹を可愛がっていたアルフレッドも、今では「ワガママ女」と罵るほどになり。
 彼女の周りからは人がいなくなった。

 彼女は自分の初恋なのに······。と、エヴァンはヒューベルをチラリと盗み見た。

 でも、エヴァンはその想いと同じくらいヒューベルを慕っている。
 彼と共に国を治めたいという思いがエヴァンには強くあったから、シェリルへの恋心は随分前に閉まい込んだ。

 そして、それはヒューベルも同じだった。
 だって、シェリルがアロラインの婚約者になった時、「もう国王になどならない!!」と子供のように駄々を捏ねながらも、ここまで国を支えてきたのは他でもない彼なのだから。

 エヴァンはそんな彼を生涯支えようと決意したのだ。
 だから答えは一つ。

「はい、心得ております」

「なら、いい。本当に、シェリルに危害が加わらないようにだけ注意してくれ。君なら信頼できるんだ。もし何かあれば、王城で私が保護しても構わないから」
「はい、畏まりました」

 エヴァンは席を立って、腰を折る。

「では、その社交界演習に参加し、終わり次第報告を兼ねすぐに殿下の元に赴きます」
「ああ、そうしてくれるかい?」

 にっこりと笑い、いつものヒューベルに戻った事を確認して、エヴァンは執務室を出る。
 そして、閉まった扉に背中を預け、ヒューベルの部屋にある一室を思い出した。

 シェリルとアロラインの婚約が決まった頃から、ヒューベルが作り始めたそれ。
 そこは一見美しい、女性向けの部屋。白を基調に、少量の青や金でシンプルに纏められたそこはまさに姫の為に用意された部屋だ。
 全く何も知らない他人があの部屋を見れば、ヒューベルの妻になる女性が使う美しい部屋だと多くの人が錯覚するだろう。

 けれど、あのアンティーク調の美しい棚の中に、所狭しと拘束具や調教用の玩具が所狭しと並べられている事を······あの寝台が四肢拘束ができるように作られ、テーブルの下が檻になっている事も······誰も知らない。

 シェリルを取られてからの彼の彼女に対する愛情と執着は異常だ。
 だから、きっと彼はシェリルを手に入れた暁にはもう二度と離さないだろう。
 もしかしたら逃げようとするシェリルを、あの部屋でヒューベル殿下が仕置きするという構図が見られるのだろうか······。

 そこまで考えてエヴァンは首を横に振った。

 自分が気にする必要はない。
 だって気にしたら、自分は······想像してしまうから。
 その調教の全貌を。

「ッ······はぁ······」

 エヴァンは服の下で膨張した己の想いを強く押さえ付けた。
 
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