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3. シェリル・バルモント
しおりを挟む「さ······ま、······ルさま、シェリルさ······ま!シェリルさまっ!」
「ッ······は······寝て······いたの?」
目を開けばぼんやりとした視界に真っ白な天井が見える。
研究施設の実験台にしてはやけに柔らかい······。
それにツンとした薬の匂いが······しない······?
石鹸の優しい匂いに、温かい陽だまりに包まれているような······。
「誰か!!シェリルお嬢様がお目覚めになられました!!誰か直ぐに当主様に知らせと専属医を!!」
バタバタと音がして人が走り去る音······。
ああ、私はやはり深く眠ってしまっていたのですね······。
研究員の方々に叱られる前に早く起きて、謝らなくてはなりませんね。
シェリルはゆっくりと身体を起こすと、周りの確認もせずに声のする方へ勢いよく頭を下げた。
「っ、も······申し訳ございません」
急に起き上がり、動き出したシェリルにその部屋の人物は反射的に頭を抱えて蹲った。
「っひ!叩かないで!······って、え?シェ······リルさま······?」
ここはロザリア王国、王家に次いで力を持つバルモント公爵家。
公爵家の長女シェリル・バルモンドの自室である。
彼女の専属メイド、ローズは目の前の光景に目を疑った。
彼女が幼い頃から仕えているローズだが、こんなシェリルは見たことがない。
一介のメイド”如き”に頭を下げているシェリルお嬢様、なんて······。
彼女が身体を動かした時、確実に叩かれると思って身を屈めたのに、叩くどころか頭を······下げるなんて!
「シェ、シェリル様······でいらっしゃいますよね······?」
その美しい白髪。真っ白で透明感のある肌に細く折れそうな四肢。18歳という年齢にそぐわない大きな胸も。
この国の至宝と歌われるほど美しい彼女。
こんな美女が二人なんていたら、傾国どころか、世界の均衡が崩れるのではと危惧したくなるほどなのだから、シェリルに違いないのだろう。
「はい······勿論、わたくしがシェリルですが······長く寝すぎたようですね······大変ご迷惑をおかけしました」
自分を見つめているのは、大きく零れ落ちそうな瞳。それは同性であってもその中に吸い込まれて魂と共に溶かしつくされしまいたいと思うほどの······美しいアクアマリンの宝石の様で。
「シェリル······さま······?印象が······変わられました······か?」
彼女は美しい。本当に美しく、この国の、いやこの世界の誰に聞いてもこう答えるだろう。
『彼女、シェリル・バルモントはロザリアの生きる至宝にして、この国の王太子の婚約者であり、見目は完璧な淑女だ』と。だが、一つ······、その性格を除いて。
彼女の性格はあまりに激しい事で有名で、使用人などは人としてすら見ないような方だった筈。
何がどうしたらこんなに······儚げな印象になったのだろう。
ローズがそう考えていると、部屋の扉が乱雑に開いた。
「ローズ、あのワガママ女が起きたって?」
シェリルは女性から目を離し、部屋に入室してきた男性に目を向ける。
着ている服装も、シェリルの知識にある物なんかではない。
被検体である自分達が到底着る事のできるモノではないし、施設の人間が着ているものとも違う······。
此処は一体どこなのでしょうか?
彼らは誰、なのでしょう?
「アルフレッド様······医師は······」
目の前の女性が男性に向かって呟いたその言葉は、不機嫌な声でピシャリと遮られた。
「こんな女に医師なんか必要ない」
「なっ······」
どんなにシェリルが我儘で傲慢な性格でも、自分の実の”妹”に、それも意識が戻ったばかりの”妹”にそんな言い方は······とローズは頭を下げながら心の中で思う。
だが、彼女はただの雇われの身だ。何も言えず口を閉ざした。
「オイ、いつまで寝ていれば気が済むんだ!自分の我儘では飽きたらず、父上や母上まで巻き込みやがって!!」
アルフレッドが暴言を吐きながら寝台に近づけば、座ったまま茫然としていたシェリルから悲痛な声が響く。
「ッ、ひぁ!痛っ······え?······い······いたい?」
茫然と掴まれた腕を見て固まったシェリルを見て、ローズは思わず声を荒げた。
「アルフ様!そんな······腕を掴むなど!シェリル様はまだ目覚めたばかりなのです······!乱暴はお止め下さい」
「ローズ!こいつの所為でお前だって痛い目に合っていたろ?忘れたのか?何人も叩かれて、酷い目にあって、いつも怯えていただろう!それにこいつは、俺の両親も殺した······ッ」
「ですがッ!それでも······シェリル様は私の恩人なのです······っ、乱暴は······何卒っ!」
シェリルは自分の腕を見たまま動く事すらできなかった。
目の前の男に掴まれた時、自分が、痛みを感じた。という事実。
いや······実際これが痛みかどうかも分からないけれど、今まで施設で掴まれた時には感じなかった感覚だった。
『これが皆様の感じている”痛み”の一つなのでしょうか······』
シェリルはその新たな発見に瞳を揺らし、すぐに周りに目を移した。
未だに目の前の状況を飲み込む事は困難。
此処が施設というにはかなり乖離があるように感じる。
だって、ここには大きくて柔らかい寝台があったり、座り心地の良さそうな椅子があったりする。
加えて、施設にはありえない、窓もあるのだから······。
『どこか別の部屋に連れてこられたのかもしれないですね』
「も、申し訳ございません······わたくし、何か······間違いをおかしてしまったのでしょうか?ここはどの部屋なのですか?もし、私の存在が気に食わないのでしたら、今すぐに殺して下さって構いません······本当に、私はそう何度も提案してきたと思いますが······」
頭を寝台に擦り付ける様に平伏したシェリルを見て、その変わり様に一瞬ぎょっとしたアルフだったが、ここぞとばかりに声を荒げた。
「オマエ、殺して下さいだと?!ならば、父上と母上が死ぬのではなくて、オマエが死ねばよかったじゃないか!生き延びて帰ってきたらこれかっ!本当にオマエの言動には反吐が出るな」
「ご、ごめんなさい······」
「オマエがッ······オマエが、いつもの癇癪を起こして、遊学なんか言いださなければ、不慮の事故なんかに遭う事はなかったんだぞ!!なんでオマエだけ生き延びたんだよ!どうして父上や母上はオマエの為に死ななければいけなかった!!!」
「ッ······ごめんなさい······ごめんなさい······っ」
声に宿るのは、憎悪、嫌悪、侮辱······。
シェリルは初めて感じる人の負の感情の激情を目の前ガタガタと震える身体を自分の両腕で抱きしめた。
「アルフ坊ちゃま······シェリルお嬢様も混乱しているやもしれません。ここは一旦医師であるボルマンに任せて頂けませんかな?」
突如現れた新たな男性により、アルフレッドが諦めたようにだが、悪態をつきながら部屋を出ていき。
寝台で平伏したままのシェリルの肩を恐る恐るローズが抱き、顔を上げさせれば。
大きな瞳からボロボロと涙が落ち、彼女は目を見張った。
「っく······ごめんなさい······」
身体を震わせながら、そう謝罪の言葉を発し続けるシェリルは、明らかに以前の傲慢でワガママな彼女とは違っていて。
遥か昔、身寄りの無かったローズを優しく受け入れてくれた、精霊のように澄んだ心を持った少女時代のシェリルを思い出し、ローズは彼女を強く抱きしめた。
「大丈夫ですよ。シェリルお嬢様······」
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