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47. ルイネの、願い

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 庭園から一人歩いて帰ってきたロンファを見て、ルイネは足早に彼に近寄った。

「ロンファ様、······よろしいのですか?」
「なにが~?」

 ロンファの軽い声が聞こえて、ルイネは言葉を続けた。

「分かってやっているのでしょう?皇帝陛下を嫉妬させて気持ちを呼び起こしていたのですよね?」
「そういう事は言わなくていいんだよ、お前は本当に空気が読めないよね」
「いえ、私はせっかくの機会なのに、と思ったまでであります」

 ルイネは本当に心の底から残念そうな声を出した。

「いや、まあ、竜王妃になって欲しいことは事実だけどね?邪竜によって記憶が取られている先輩を相手にするんじゃフェアじゃないよ。僕、試合は堂々としたい派でね」

「······また御子ができる時期が遠ざかりますね······」

 ルイネはロンファが側室の体裁を整えるだけのために、兎獣人を後宮に入れた事を知っている。
 そして彼女の事はリリアーナに重ねて抱くだけで、子は出来ない様にしている事も然り。

「いいんだよ、あの怠惰な弟が子供沢山作ればいいんだから。神剣だって別に僕の子供からじゃなきゃ選ばれないわけでもないだろう?」

 ルイネは第二王子として生を受けたロンファの弟”竜二リュージ”を思い出した。
 彼が現在の転生者で、二ホンという異世界の知識を持った者だ。だが、彼は後宮に籠って女遊びのみを愉しんでいるような男。
 なんでも、前世では黒を基調にした職についていた様で、根はとても真面目で責任感溢れる男らしい。仕事が忙しく過労で一度目の人生を終えただけあって、ロンファのいない有事の際はきちんと政務をこなす人物であることは確認済みなのだが······。

「はぁ、ですが、あの御方の御子が神剣に選ばれる気は到底致しませんが······」
「ははっ、大丈夫さ。あいつもやる時はしっかりやる男だから」

”しっかりやる”というのは”しっかりヤル”という意味では。とルイネが遠い目をしたのをロンファは無視し歩き出す。

 宛がわれた部屋に戻るため、皇城内の廊下を二人でゆっくりと歩いていると、突然ロンファがピタリと立ち止まった。
 彼はいつもの和やかな表情から一変、無表情になり、すぐに顔を歪める。

「ロンファ様······?いかがなさいましたか?」
「······ふーん。さっきの今で、これか。本当に妬けるな。それにしても先輩は本当に凄いよね?こんなに愛されるって······どういう気持ちなんだろう?」

 ポツリと呟いたロンファの言葉の後、ルイネがその情報を辿ろうと五感を研ぎ澄ますが何も聞こえない。そんなルイネにロンファは首を横に振った。

「ああ、お前には無理だよ、ルイネ。いや、普通の竜人には無理、だね。今の僕だから聞こえるんだ」

 ロンファの耳には、一定間隔でリリアーナの快楽に喜ぶ美しい喘ぎ声が聞こえていた。
 防音結界がはってあるはずなのに聞こえるそれは、自分が王となり、神剣から力を授かった故のものだ。

 本当に良い能力ばかりではないな、とロンファは表情を歪める。

「ヴィクトール先輩がリリアーナ様を抱いてるんだ。こんなに美しい鳴き声を出すなんてさ、あの人にどんなに冷たくされても、リリアーナ様はあの人を愛してるって事だよね······。そんなに愛されるなんて、どんな気持ちなんだろう?」

 その疑問にルイネが答える事はできなかった。
 自分自身にも愛し愛されるなどという感覚は未だ分からないからだ。
 分かる者がいるとすれば、それは運命的に番を見つけお互いに愛し合った者だけだろう。

 ルイネは歩を進めたロンファの後ろ姿をじっと見つめた。
 元々、この心優しい人が記憶を無くした皇帝陛下の妻を無理矢理横取りしようなんて思っていなかったのだろう。
 記憶を無くしてリリアーナを手放そうとした皇帝を、煽る事でその感情を呼び起こさせようとしたのだ。

 二人が運命的に愛し合うようにこの世界の神とやらに決められているのであれば、記憶を取られようと、魂で繋がっている。それがドラファルトでの”獣人の番”の考え方。

 ロンファはその”番”という関係をヴィクトールとリリアーナに重ねていたのだ。
 でも、きっとリリアーナを引き取りたいと想う気持ちは本当だった筈。

 ルイネはそんなロンファの想いを応援したかったし、尊重もしたかった。
 だから、部屋に入ろうとしたロンファにルイネは絞り出すように言葉をかける。

「ロンファ様、この度は、本当に残念でしたね」

「ははっ、まあ、仕方のないことさ。いつか振り向いてもらって、手に入れればいいんだよ。
 それはそうと、ルイネ。明日は一番でヴィクトール陛下とリリアーナ様に面会してクリスタルを渡そう。そして午後にはドラファルトに帰ろうか」

「はい」

 にっこりといつものようにほほ笑んだロンファを見送って、ルイネは両手を胸の目の前に重ね合わせ最敬礼を取った。

 主君ロンファの願いがいつか叶いますように、と願いを込めて。
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