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36. 貴方の為に、力を

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 ロキが転移から瞳を開ければ、裏で情報共有をしていたセドリックが既にヴィクトールを寝台に横たえていた。
 ヴィクトールの隣にぴったりと寄り添っているリリアーナに、セドリックが魔力回復薬を渡す。

「リリアーナ様、魔力回復薬をとりあえず飲んでください」
「大丈夫······です」
「いえ、転移の指輪といえど、魔力は大分取られた筈です」

 リリアーナがそれを飲み干すのを確認してから、セドリックは転移の魔法陣から出てきたリューイとロキを見て軽く頭を下げた。

「リューイ姫様、皇国宰相のセドリックと申します。以後、お見知りおきを。細かな紹介等はまた落ち着いた際にでも」
「はい、セドリック様。よろしくお願い致します」

 次いでセドリックはロキを見て頭を下げた。

「ロキ様、陛下から貴方様の事は詳しく聞きました。セドリックとお呼び下さい。また、ご指示通り医師はまだ招集してはおりませんが······如何するのです?」
「この怪我は邪竜にやられたものなんだ。だから、きっと医者には直せないし、回復薬も効かない」

 セドリックはヴィクトールの負傷した身体を見た。
 幾多の戦場を乗り越えてきたといえ、今までみた傷とは比べ物にならない程酷い。ヴィクトールの腹部は邪竜の尻尾による不意打ちの攻撃で貫通。出血と損傷が酷く、更には毒によるものか、ドス黒い紫色に変色していた。

「なるほど。しかし、魔力回復薬は必要なようです。私は陛下の魔力回路を探知できるように繋いでいるのですが、かなりの魔力を使用していらっしゃいます。それに······魔眼を使われたのですね······?」

 セドリックはヴィクトールの少し開いた目を覗き込むと、赤い瞳を確認し頷く。

「かなりの苦戦だったのでしょうか?魔眼を使用し、あまりの威力に意識を手放されたようです。まあ、勿論、この傷による出血のせいでもありますが······」

 言葉を一旦区切ったセドリックは、何かを考え込む素振りを見せてからロキに視線を向けた。

「では、魔力回復液は血液を通して注入しましょうか」
「あのっ!止血は私に任せて頂けませんか?止血は、得意ですので。······それに血が止まれば、回復薬も効きやすくなりますよね?」

 セドリックはリューイの言葉に大きく頷いた。
 直ぐに寝台の隣に座りヴィクトールの身体に手を触れようとしたリューイを見て、ロキが慌ててそれを止める。

「リューイ姫!お伝えしておらず申し訳ない。兄上にはリリア以外は触れる事ができないんだ。誓約があって······「そ、そうなのですね。大変失礼しました。身体に触れない場合少し時間がかかりますが······魔力回復薬で補給させて頂けるのでしたら、出来ると思います」
「分かった。リューイ姫、これを使って」

 ロキから回復薬を受け取ったリューイがヴィクトールの身体に手を翳す。彼女が魔法を発動していけば、流れ出ていた血液がみるみるうちに体内へと戻っていった。それを見たセドリックは、魔力回復液の血管への注入を行いながら感嘆の声を漏らす。

「なんと······血操魔法とは、また素晴らしい人材が皇国に来たものですね。ロキ様の側室になられるとか。リューイ様、今後とも皇国をよろしくお願い致しますね」
「はい······私に恩返しができれば良いのですが······」
「セドリック、その注入が終わったら、ここは一旦リューイ姫に任せよう。個人的に重要な情報を共有しなければいけない」

 ロキはセドリックを部屋の中央にある椅子に誘導するとリリアーナを交えて腰を下ろした。
 そしてちらりとリリアーナの様子を伺った後、その重い口を開く。

「······リリア、今は緊急だ。それに、セドリックには知っておいて頂かないと、我々は兄上に何も出来ないから······」

 リリアーナはロキの言葉を聞きながら、床を見つめて黙っていた。
 本当であれば、ヴィクトールとの約束では、治癒魔法の使い手である事や使用条件については公にはしない事になっている。
 でも、ロキの言う通り、今は一刻を争う緊急事態。

「······」
「リリアーナ様!あれは、邪竜によるものなんだ!リューイ姫が止血を直ぐに出来ても、粉々になった骨は戻せないし、毒状態も治らない!」
「······分かっています······」
「防音魔法をかけましょう。それでしたら話して頂けますか?」

 リリアーナはコクリと小さく頷く。その後、迅速に三人を取り囲む防音魔法をかけ終えたセドリックを見つめて口を開いた。

「······セドリック様。私は、治癒魔法の使い手なのです······。ロキ様には一度それを施す機会があり、止む負えず知られてしまいましたが、ヴィクトール様が口外禁止だと仰っておりましたので」
「なるほど······。ロキ様が一度死にかけた時は、そういう事でしたか」

 セドリックはなんとなく状況を悟り頷いた。だが、彼は何も聞かない事にした。
 自分の主であるヴィクトールが自分に言わなかったくらいなのだから、本当に知られたくなかったのだろうと推測したのだ。

「では、リリアーナ様、リューイ様の止血後に治癒を頼めますか?」
「······はい。ですが、治癒には条件がありまして······。二人にしていただくことは······可能でしょうか?」
「分かりました」

 セドリックが頷いた瞬間、
 ヴィクトールの横たわる寝台から、止血を行っていたリューイの大きな声が聞こえた。

「皆様っ!皇帝陛下の意識が戻りました!!」
 
 リリアーナはその言葉に顔を上げると、足を縺れさせながら急いで彼の元へ駆け寄る。
 そして最愛の夫を強く、抱きしめた。
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