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31. ロキ、因縁の相手
しおりを挟むロキは山の麓まで降りると、出来るだけ遠くまで跳躍しながら後ろの様子を振り返る。
「ちっ、」
ヴォルの金髪がすぐ後ろまでついて来ていて、ロキはこれ以上距離を離す事は不可能だと判断した。
「この犬ガ!まだ生きているトハ、しぶとい奴ダ」
「っふ、竜人っていうのは本当に速いな、」
ヴォルが鉤爪を出しながら高速で飛んでくるのを視界の端に捉え、ロキは腰に付けていた武器を取り出す。そして、ヴォルの鉤爪を受け止めた。
キィィンッ、と鋭い金属音が響く。
止められた右の鉤爪を一瞥したヴォルが、すぐに左腕を振りかざした。
だが、これは想定済み。だから、この武器、”釵”を選んできたのだから。
ロキは、もう片方の手に握られた釵で追加攻撃を受け止めると、回転させながら鉤爪を躱し払いのけた。
一旦距離を取り、立て直しを図ろうと、ヴォルが飛び退こうとするのを確認し、ロキは自分の武器を投げつける。
ロキの投げた釵は僅かに黒い靄を纏いながら、切先をヴォルの左腕に掠める。皮膚の表面を斬り付けて、浅い部分に傷を作り血が流れ落ちた。
そして飛んで行った彼の武器は、遠く地面に落下する。
「フッ、馬鹿メ。序盤から武器を失うなど、戦士失格ヨ!」
ヴォルは冷笑を浮かべながら、再び地を蹴ると翼を出した。翼を駆使し、縦横無尽にロキの周りを飛びながら攻撃を仕掛けるヴォル。
対してロキは、狼の特性を利用し、細かな動きで攻撃を躱しながら防御に転じた。獣人としての能力を向上させるポーションも飲んでおいて良かった。とロキはヴォルを見据える。
「オマエ、武器一つでオレに敵うト?本当に不敬な奴だナ」
「でも、現に殺りあえてるだろう?犬如き相手に致命傷を与えられないのが、そんなに悔しいのか?」
自分の手に残された、たった一つの武器を握りしめて、ロキは笑う。
釵は通常、二本一組として使用され、左右の手にそれぞれ持って扱うタイプの武器だ。先端は三つ又になっており、攻撃というよりも防御に適している。
特に、ヴォルのような両手の鉤爪で攻撃してくる相手には、防御しやすい武器。
そして、そんな防御に特化した武器を既に一つ失った自分は圧倒的に不利だろう。
だが、それも、”ロキが闇魔法の使い手でなければ”だ。
「オマエ、犬の分際で本当に気に障ル。以前、完璧に仕留めただろウ!何故まだ生きていル!」
「それを君に教えてあげる必要はないだろう?・・・っと、危ない、」
不意を打つように腕を振りかざしてきたヴォルの鉤爪を受け止め、クルクルと回しながら流し受けをしつつ、距離を取る。この地道な攻防戦の繰り返し。
そう、もう少し。もう少しだけ、時間を稼げればいいんだ・・・。
ロキはヴォルの腕を見た。うっすらと、だが確実に、どす黒い靄が切り傷を覆い皮膚の中に浸食しているのが見えて口元を緩める。
「何をニヤニヤとしていル、気持ちが悪いゾ!」
ヴォルが腕を振り上げ・・・その違和感に目を見張ったのが見えて、ロキは笑った。
「っふははは、気持ち悪いのはお前の腕だろ?!感覚も、もう無いんじゃないのか?」
「ッ!何ヲ・・・!」
ロキの釵は勿論、普通の釵ではない。
皇国の魔道具研究所が作成した、彼の闇魔法が付与できる特別な物だ。ロキが皇国にてヴォルに殺られ、致命傷を負った翌日から研究所が総力を挙げて開発していた魔道具の一つである。
刺し傷は勿論の事、浅い斬り傷でさえもそこから闇魔法による壊死が進み、最終的には全身に広がるのだから。
ヴォルはその黒ずんで腐り始めた自分の腕を見ると、躊躇を一切せずにソレを根本から斬り落とした。
「ッう、ぐッ・・・!」
「ふーん、躊躇なく左腕を捨てるなんて凄く潔いんだな。ま、その壊死はそうでもしないと命を落とすし?賢明な判断だ。さすがさすが!」
ロキは手をパチパチと叩きながら嘲笑を浮かべる。
そんなロキを見て、ヴォルは腕から止め処なく流れる血を服で縛り止血すると、ロキに向かって怒りのままに突撃してきた。出血量も考慮して、短時間でトドメを刺しに来ているに違いない。
片腕が無くなった事に加えて、ロキの釵の能力にも気付いた事で、ヴォルの攻撃力は圧倒的に低くなった。とはいえ、彼は竜人。スタミナも速さも桁違いだ。
だから、ロキもこの戦いを早く終わらせる事に集中する事にした。
ロキの釵がヴォルの鉤爪を真正面から受け止めて、ガキィィンッ、と鈍い金属音が響き火花が散る。
ヴォルが不意に繰り出した蹴りを片手で止め、ロキは身体を回転させる。彼の背後に周りこみ釵を翳したロキの殺気に気付いたヴォルが、ロキの腕を掴んで捻り上げる。
その瞬間を見計らっていたように、ロキは武器を持っていない手を広げた。
「【武器回帰】」
彼の詠唱と共に、ロキの掌に描かれた紋様が光る。その紋様に吸い寄せられるように帰還したのは、彼が先程投げて失った、もう一つの釵だ。
ロキはそれをヴォルの心臓に思い切り突き挿すと、闇魔法を最大限まで放出した。
彼の闇魔法は一瞬でヴォルの心臓を壊死させ、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
ロキはヴォルの身体から釵を引き抜くと、その新しい武器を見つめた。
「本当に凄いものを開発するよな・・・魔道具研はさ。怖い怖い」
序盤で釵を投げたのも、隙を見せる為。
掌に刻まれた漆黒の紋様は、釵をいつでも瞬時に手元に戻す為の魔道具と自分を繋ぐ誓約紋だ。
「・・・さて、ジョシュアはどうなっただろう?」
そう呟いた直後、ジョシュアの所持している魔道具が竜王宮に転移したのを感知し、ロキは顔を歪める。
「嫌な予感がするな」
ロキは直ぐにヴォルの死体を抱えると、瞬時にヴィクトールの元へ転移を行った。
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