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第一章 王国、離縁篇
44. 皇帝陛下、皇城帰還
しおりを挟む「······っ、はぁ······、ふぅ」
リリアーナが目を覚ますと、ヴィクトールが心配そうに彼女を覗きこんだ。黄金の瞳に見つめられ、堪らず目を逸らす。
「大丈夫か?すまない、無理をさせたか」
「凭れ掛かってしまい申し訳ありませんでした。無理はしていないつもりだったのですが······。馬車に酔ったのかもしれません。少し窓をあけても?」
「あぁ」
少し窓を開けるとひんやりと冷たい風が心地良く、リリアーナは深く息を吸い込んだ。
急に心臓あたりが熱くなり、王国で医師ファルスの診察を受けた時に感じた魔力の温かさを遥かに超越した灼熱が全身を駆け巡ったのだ。
汗が全身から吹き出して、呼吸困難になった所で目が覚めた。未だ少し油断するとまたゼェゼェと咳込みそうなほどだ。
「落ち着いたか?もうすぐ皇都だ。窓を閉めて幕を下ろそう」
「はい、かなり楽になりました······」
冷気に当たったからか、もう熱は感じないけれど身体の芯から温められてぼぅっとする。長湯をした後のような、そんな気分。
馬車酔いをしたのだろう。とリリアーナは下ろされたカーテンの隙間から外を覗いた。
木で出来た建物が多い王国と違って皇国は煉瓦調の家や店が所狭しと立ち並び、夕方だというのに人でごった返している。
それを茫と見ていれば、突然雰囲気が変わった。
無機質な白色、ドーム状の建物が立ち並び、その落ち着いた幻想的な雰囲気に目が釘付けになる。
そして、そこから巨大な石橋を進むと大きな壁もとい門が現れた。
「着いたぞ」
此処が、皇城である。
聳え立つような灰色の大きな城。
ドーム状という形からどこか温かみのあった、つい先程までの街並みと違い、厳かで入るものを自ら選ぶような佇まいの城だ。意思があるように見えるその城の先端は鋭く尖っていて、その周りには魔法陣が張ってあるのが見える。
その入口には使用人や騎士服を纏った者が大勢立ち並び、主の帰還を心待ちにしている様子が窺えた。
馬車の扉が開き、ヴィクトールが馬車を降りると大声があがる。
「ヴィクトール皇帝陛下の御帰還、心よりお待ちしておりました!!!」
そして騎士団の面々が一斉に跪いた。
使用人達は最敬礼で綺麗にお辞儀をしている。
「リリィ、おいで」
差し出された彼の手に自分の手を置きエスコートされるがままに馬車を降りようとするが、身体が思うように動かない。足が縺れ、落ちる、と思った所でヴィクトールに抱きとめられた。
ヴィクトールはそのままリリアーナを横抱きに抱えて城の入口に向かって歩き出す。
そしてそんな彼の目線の先には一人の男性が立っていた。
銀色の髪に紫色の瞳。濃紺の品のある服を完璧に着こなしている。少しお堅い感じはあるけれど『レイアードお兄様にそっくり······』とリリアーナは心の中で驚く。
ヴィクトールは彼の前まで歩いていくと、そこで立ち止まった。
「ヴィクトール皇帝陛下にご挨拶申し上げます。家臣一同、ご帰還をお待ちしておりました」
「セドリック」
『この方が、セドリック様なのね···········』
横抱きにされたままのリリアーナは呑気にセドリックを見ながら名前と顔を一致させた。
そんなリリアーナを見て彼は丁寧にお辞儀をする。
「リリアーナ様、セドリック・ラズベルと申します。昨夜の念話では有難うございました。·······どうやら、お疲れのようですね?」
「も、申し訳────「少し無理をさせた。休ませたい」
「部屋は整っております。安定剤も持ってこさせましょうね?」
パンパンッ、とセドリックが手を叩くと数人のメイド達が進み出る。
「リリアーナ様、後宮のメイドはこちらで選定しましたが気に入らなければ直ぐに仰って下さい」
「そんな気に入らないなんて·······お心遣いありがとうございます」
「後宮は用意が整っております。リリアーナ様の好きなようにお使い下さい。いま安定剤をご用意致しますね。本日の晩餐には来られますか?一度今後の事をお話しておきたく思います」
「も、勿論です」
「では、またその際に」
後宮の入口に着き、ようやくリリアーナはヴィクトールから下ろされた。直ぐにラナーが駆け付け、未だ自分で立つ事の出来ないリリアーナを介助する。
「リリィ、後でな」
ヴィクトールは彼女に一瞬微笑みを向けて、セドリックと共に城の内部に足早に消えていった。
それを見送ってから周りの皇国のメイド達に連れられて後宮の部屋へと入り寝台に横になる。
「リリアーナ様、大丈夫ですか?お薬をお持ちしました」
「ラナー、ありがとう。馬車酔いかしら?」
「そうかもしれませんね。ですが、リリアーナ様からヴィクトール陛下の魔力の残渣を感じるんですよね。何故でしょうか·····」
ラナーは不思議そうに首を傾げた。
そして直ぐに思い出したように顔を輝かせる。
「リリアーナ様、見ました?この国では侍女ではなくてメイドと言うんですって。黒と白の可愛い服でしたね。私も着れるのでしょうか!?」
「あら、こちらではメイドなのね。レベロン王国は侍女と言っていたものね」
「はい。リリアーナ様はメイド、ご存知だったんですね?レベロン王国にはない言葉ですよ。流石博識でいらっしゃいます!」
「······?そうなのかしら?」
そんな会話をしていれば、扉が開き一人の中年の女性が入室してきた。そして彼女はリリアーナの目の前で深々と頭を下げる。
「リリアーナ様、私はメイド長のアイシャと申します。今後こちらでお世話させて頂きます。ラナーさん、あなたもよろしくお願い致しますね」
「よろしくお願い致します」
ラナーは丁寧にお辞儀をした。
「ラナーさん、急で申し訳ないのだけれど貴女にはこの国のメイド業を覚えてもらうために明日からは城内で過ごしてもらう事になります」
ラナーが様子を窺うように自分を見たのが分かって、リリアーナは頷いた。
気心の知れたラナーが傍からいなくなってしまうのはとても心細いが、ラナーにとっての良い成長の機会でもある。皇国という新しい環境に馴染んでいくのには、仕方のない事だろう。
「ラナー、貴女も色々と学んですぐに戻って来てね」
「はい······」
ラナーが渋々頷いたのを確認して、メイド長のアイシャはリリアーナに近寄って跪いた。
「リリアーナ様、御気分はいかがでしょうか?」
「はい、かなり良くなりました」
「薬が効いたのですね。安心しました。魔力量過多で魔力酔いを起こしていたようですね」
「魔力酔い?」
「ええ、ヴィクトール様の魔力がまだお身体に馴染まなかったのでしょう」
とりあえず、とアイシャはパンッと手を叩く。
「ラナーさん、リリアーナ様用の晩餐会用のドレスを陛下から預かっておりますのでそれを取ってきましょう」
そして一人になったリリアーナは天蓋を見つめ漠然と考えた。魔力を使えないのに魔力酔い等、何故だろう?と。
このヴィクトールの魔力液の摂取はこれから初夜まで行われる苦行になるのだが、それはこの時の彼女には想像もしなかった事だった。
そしてもう一つ、彼女の周りから、気心の知れた人物を遠ざけていたのが宰相セドリックによるものだったという事実も然り。
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