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第一章 王国、離縁篇

5.離縁を、させてください

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「さて、リリアーナ様。 先程殿下に仰っていた話ですが、私に再度詳しくお話しくださいますでしょうか?」

「はい、承知致しました。 アレク様はこの国の頭脳というべき方なのでしょうか。 記憶がなく憶えておらず心苦しいのですが、とても知的な印象が持てますし聡明のようですね。 この場にいてくださること、心より感謝いたします」


 少し皮肉をいれてもいいだろう、とリリアーナは笑顔で微笑んだ。 先程の王太子の態度、実はまだ少し怒りが沸々と湧き上がっているのだ。 表情筋に鞭打って無理矢理動かし、我ながら頑張って笑顔を作っていることに感謝をしてほしいくらいには。


「私がこちらに来たのは折り入って頼みたいお話があったからです。 先程も王太子には告げましたが、出来るだけ早急に私とは離縁していただきたいのです」

「ちっ」


 王太子が苦虫を噛み潰したような顔をして舌打ちをしているが彼の隣に座るアレクセイは気にも留めない様子で茶を啜りながら涼しい表情をしている。



「なるほど、ちなみに理由をお伺いしても?」

「はい。 理由はいくつかありますが、まずアレク様ももうご存知かとおもいます内容です。 私には記憶がありません。 今の私はこの国のことも、この国の王太子のことも、さらには未だに彼の名前すら知りません。 そんな者に、王太子妃という立場は務まりません」


 これはリリアーナの本音だった。
 この王太子に兄弟がいるかどうかは不明だが王太子妃になるということは高確率で次期王妃になるということを指す。
 国のために公爵令嬢という立場で他国に嫁ぐのならともかく、自国の王太子と結婚し王太子妃になったのにその自分の国のことを何も知らないなんて国民にどう顔向けできるだろうか。


「今まで王太子妃になるために教育をうけてきたと聞きましたが、その内容も何も覚えていないのです」

「ほんとに、礼儀も全くなってないしな」
「クリストファー殿下」
「ったよ、」


 アレクセイは"クリストファー殿下"と初めて名前をつけて呼んだ。 そうか、クリストファーというのか、とリリアーナは男の名前を認知する。
 リリアーナが名前を知らないと言って直ぐに分かるように軌道修正してくる点、やはりアレクセイは優秀なのだろう。

 そのアレクセイは気にする様子もなく、悪態をついた王太子に黙って聞くように促した。傍からみるに、二人はとても気心のしれた仲のようだ。


 本当に、この王太子の一言余計なのだけれど。
 喉まで出掛かった彼への嫌味をグッとのみこむ。一応······一応だが、この国の王太子なのだから。


「なるほど、確かに記憶がないのはファルスから報告聞いていますし、先程の私への態度からみても間違いなく私を知らないようですしね。 ただ、貴女はとても聡明で優秀だと皆が知っているほど有名なご令嬢でした。そんな貴女であれば、この国のこと、他国のこと、礼儀作法など覚え直す事は容易いでしょう」


「お褒め頂き光栄です。 ですが、私は聞くところによると魔法も使えない落ちこぼれなのでしょう。 元来、王太子妃になるような器ではないのです」


 理由はよくわからないが、アレクセイはリリアーナを王太子と離縁させたくないように動いているように見える。少し目を伏せて悲しそうな表情で。演じるのよ、リリアーナ!負けてはいけないわ、とリリアーナは自身に喝を入れる。


 先程から話が離縁に向かわないように受け答えしている点もリリアーナをこの国に引き止めるためなのだろう。
 だが、リリアーナとてここで引き下がるわけにはいかないのだ。 早急に離縁してこの王城とやらを脱出し穏やかな、平凡な生活を手に入れるという展望があるのだから。
 それならば、この辺りで爆弾を投下しても良いかもしれない。とリリアーナは顔を上げてニッコリと微笑み言葉を発した。


「それに、クリストファー王太子殿下はレーボック子爵のルリナ嬢をご懇意にされているとか。 それはとても親密な関係だと聞きましたよ」


 “ルリナ”という名前が出た瞬間にアレクセイの表情が一変し、気不味いものに変わったのをリリアーナは見逃さなかった。



「私、記憶が戻ってから、最初にそこにいらっしゃる王太子殿下から言われたのが"愛することはない"でした。だから"側室をすぐに娶る"というようなお話も。
 その理由がルリナ嬢であることは明らかなようです。私は結婚直後からそんな不誠実な夫を持ちたいとは到底思えません。
 私、人並みには幸せになりたいと思っております」


「ですが、リリアーナ様。 貴女は仮にもこの国に二つしかない公爵家の御令嬢でいらしたのですよ?
 貴族令嬢特に高位の貴族たるもの、政略結婚は少なからず一般的にある事かと思います。それに、殿下を庇うつもりはありませんが、彼も王太子として世継ぎを作らねばなりません。王太子として、次期国王として側室を何人も娶る事例はこの国以外でも数多く存在します」


 アレクセイはリリアーナの思った通りやはり手強い。
 だが、これも想定内だ。公爵令嬢という立場、それに伴う政略結婚、王太子や国王の側室問題について言われる事は容易に考えられたこと。

 それでも引くことはできないのだ。
 そう、全てを手に入れるためには確実に離縁しなければ何も実現しない。


「確かに、アレクセイ様の言う通りですわね」

 リリアーナは大きく息を吐き出して、テーブルにおかれたままま、口をつけていない冷え切った茶を飲み干した。気合を入れなくてはいけない。


 そう、第二ラウンドの始まりなのだから。
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