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12 セドリックの懺悔
しおりを挟むセドリックが初夜を放棄し、セシルの宮に籠ってから三日が経った。ジェイドは侍女すらも入れないその宮の前でただ呆然と立ち尽くす。
『皇帝陛下にはもうお伝えしたのだろうか?』
あの夜、婚約者シエナとの初夜の途中で、セシルが急に発情し、セドリックが彼女の宮へ入室したきり出てきてこないのだ。
ジェイドが主人であるセドリックに代わり神官、巫女、シエナに謝罪をし“緊急の事態によりセドリックが家を空ける事になった”旨を説明したのだが。その結果、初夜は中止。『セドリックとシエナの初夜は不成立』という事で、二人は未だ夫婦にはなっていない。
時を同じくして、皇城の皇帝ヴィクトールの執務室には本日予定していなかった客が二人来ていた。
蜜月休暇を取っている“筈”のセドリックは勿論いない。
「タリタン子爵が陛下の面会を求めて来られております。」
「ほう?」
「それから、ジョシュア様も来ていらっしゃいますが」
城付きのメイドに急にそう告げられヴィクトールは困惑した。
「············、そうか────────────、」
セドリックの初夜の日、確かに彼が自分との魔力回路を遮断したのだ。このタイミングで子爵とジョシュアが来るとすれば······と、そこまで考えて立ったまま自分の言葉を待っているメイドに指示を出す。
「────────では、どちらも通してくれ。」
そして、いまヴィクトールの前には、タリタン子爵とジョシュアが座っていた。
「「陛下の御前、失礼致します」」
「要件を聞こう。心当たりがなくはないのでな、」
「はっ。まずは自分から。今日、セシル嬢との面会の予定だったんですが、まだ登城してないみたいなんです。陛下なら何か知ってるかと思って、」
「なるほど。では、タリタン子爵は」
「はい。セドリック様を尋ねて来たのですが、蜜月休暇でいらっしゃらないと言われまして。」
「······、そう認識しているが、?」
「はい。ですが、お恥ずかしい話、我が娘は未だ初夜を終えておらず·····。婚姻すらできていないと·····」
緊張からか冷や汗をだらだらと流しながら、申し訳なさそうに言う子爵を見てヴィクトールは大きく頷いた。
「なるほど。よく分かった。今回の件、どうやらセドリックが一人突っ走っているようだ。二人共、この件は暫し私に委ねてくれるか?追って沙汰をだそう。もし何かあれば、それ相応の願いを聞いてやろう。部下の失態は私の失態でもある、」
「い、いえ!陛下が失態などと!ありえません。陛下がこの件に介入して下さっている時点で恐悦至極に存じます。」
「あぁ、陛下の失態はありえませんよ。自分は大丈夫っすから」
「では、また追って連絡する」
二人が退出した執務室でヴィクトールは重々しい溜息をついた。
「あの、馬鹿者、」
ヴィクトールは転移魔法を瞬時に発動する。
目的地は勿論、ラズベル候爵家である。
ヴィクトールの魔力をいち早く感じて、ラズベル家の優秀な執事ジェイドは候爵家の玄関前で待機した。そして扉を開け、深くお辞儀をする。
「御前失礼致します。皇帝陛下、ようこそいらっしゃいました。」
「いますぐにセドリックを連れてこい」
出迎え早々、冷めた目で言葉を放つヴィクトールにジェイドは更に深く腰をおった。
「それが、全く出て来られず·······。私では力不足のようでございます。申し訳ございません。」
「では、私をそこへ、」
「はっ、お心のままに。ご案内致します」
ジェイドはヴィクトールを離れの宮まで先導し、二人は離れの玄関前に立った。
「セドリック様。陛下が来られました」
ジェイドが少し強めに扉を叩き、声をかけるが反応はない。
それを見たヴィクトールは徐ろに玄関の扉に手を翳すと真っ黒な魔力をだした。そしてそれはその宮を取り囲むと、候爵家自体に掛かっていた魔法も全て含めて無効化する。
そしてパキン、という音と共に、その圧力に耐えきれず窓が砕け散った。
「────ヴィクトール様········」
その突然の現象に部屋の中が騒がしくなり、少しして扉が開き乱れた髪のセドリックが顔を覗かせた。
「セドリック、何回も呼んだのだが?」
「はい·········」
「直ぐに支度をせよ、お前の執務室で待つ。二度はないぞ」
「はい·········直ぐに参ります」
ヴィクトールはセドリックの執務室の椅子に腰掛けていた。半刻も待たないうちに扉が開き、セドリックが入室するや否や崩れるように土下座をする。
「陛下、此度の事、大変申し訳ございませんでした。罰なら、如何様にも。」
部屋で急いで湯浴みを済ませてきたのだろう髪は濡れている。魔法で一瞬で乾くはずのそれも行わずに来たのはパニックに陥っていたからだろうか。
「此度の事、とは?」
セドリックは床を見ながら苦しそうに言葉を吐いた。
「·········私の初夜の日、セシルが、発情しました」
「ほう?」
「·········」
「、で?」
「·········緊急でしたので、私が、対処致しました」
「何故、俺かジョシュアに連絡しなかった」
「·········本当に、申し訳ございませんでした」
━━━━━━━━━━━━刹那、
ぞくぞくとした悪寒が走り、座っていたヴィクトールの声が土下座をしている自分の耳元でした。
「オイ、誰に謝っているんだ?おまえ、相手を間違えているのではないのか──────────?」
そう脳が認識した瞬間、鳩尾に強い衝撃が入る。
「っ、ぐ、、、、っ、」
自分の身体が浮き、そして重力によって誘われるように地面へと叩きつけられた。
「··········っ··············ゔっ、、」
「俺ではないよな?俺は、別に何もされてはいない。お前の性格は分かっているつもりだが───」
ヴィクトールは鳩尾を抑えながら床に伏せったまま動けないセドリックの胸ぐらを掴んで引き上げる
「─────そのお前の価値観を相手に押し付けるのはやめたらどうだ?お前の毛嫌いする神殿と何等やっていることは変わらないのだが、」
そして彼の耳元でそう言うと、掴んでいた手を放し、セドリックは再度床に倒れ込む。
「私はお前にも、ジョシュアにも結婚やその相手を強制してはいない。それに、ジョシュアにも言ったが当主となったとしても親というしがらみもないお前達がしきたりをそれほど気にする必要もない。
貴族の正妻にするのに初夜は必須だが、な。
そして、それをお前は彼女から奪ったのだろう?」
ヴィクトールから再び闇が漏れ出し、セドリックは動けない身体に鞭を打ち、頭を地につけた。
「セシルには、本当に申し訳ないことをしたと───「それは、彼女に伝えたのか?それに、蜜月休暇を使いながら、彼女を離宮に軟禁し、本来妻となっているはずのシエナ嬢を蔑ろにするなど、」」
“━━━━━━━━━おまえ、ナメているのか?”
ヴィクトールの深紅の瞳が覗き込んでいるのを見てセドリックは言葉を失った。
「────────ッ、」
「とりあえず、お前には二日間猶予をやろう。
セシル嬢は皇城で保護させてもらう。そしてシエナ嬢は本日既にタリタン子爵の元へ返した。
頭を冷やせ、シド。先程言った事ゆめ忘れるな。
私は、お前達家臣にはなるべく思い通りにさせてやりたいと、そう思っている」
そして、ヴィクトールは執務室を出るとジェイドにセシル嬢を皇城に連れてくるように指示し、転移で皇城へと戻っていった。
一人執務室に残されたセドリックはヴィクトールの言った内容を頭の中で繰り返す。確かに、親も既にいない自分には柵がない。だから『慣らし五夜』という古いしきたりを気にする必要もそこまで無いのかもしれない。
たが、候爵家当主であり宰相という地位が自分を追い詰めていた。こうあるべきだ、と固い考えに固執して。
ただ最初はセシルを匿って、魔眼の能力を皇国に還元すれば良いとだけ思っていたのに、いつの間にか、守るだけの存在からその存在に救われるようになって。
セドリックはジェイドを呼び、静かに、だが強い決意を胸に告げる。
「宝石商を呼んでください。明日に。急ぎでお願いしますね。」
囚われていたのは、案外、自分の方だったのかもしれない。
セドリックは椅子に座り、濡れた髪を押し付けるように凭れ掛かると目を閉じた。
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