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5 白猫セシルの縁談

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ヴィクトールが皇国に帰還してすぐ、セドリックは普段はあまり使われない応接間に呼ばれ、急いでその扉を開けた。


「陛下の御前、失礼致します」


丁寧に深くお辞儀をして、顔を上げ、その部屋に居る面子に一瞬思考が停止する。



「セ、シル······?」

「ああ、俺が研究室長に頼んで連れてこさせた」

「成程。陛下の御意志であれば納得致しました。」



そして部屋にいるもう一人の人物に目を向ける。
黒騎士団団長のジョシュアだ。

赤茶の短髪に恰幅の良い熊のような男。腕っぷしの強さで平民から成り上がり、人望の厚さもあり騎士団の団長にまでなった真の実力者である。
未だに敬語は苦手なようだが、とても面倒見の良い、団員思いの団長として知られている。



「さて、揃ったな。まず、セシル嬢、本当に久しぶりだな。」

「········は、い、」

「研究室長も貴女に感謝していた」

「········い、え、」

「セドリックの離れに住んでいるのだろう?何か困っている事はないか、」

「·········っ、いえっ!せどりっくさまは、いつも良くしてくださって·········ます、」

「そうか。なら良い。そういえば、貴女は獣人族の国ドラファルトの出身だったな?」



“ドラファルト”と聞きセシルの身体がびくりと跳ねる。それを見たセドリックは彼女の隣に腰掛けた。



「セシル、大丈夫ですよ。陛下は別に無理矢理貴女を追い出すつもりはないのです。」


セシルはセドリックを上目遣いで見つめると、小さく頷いてからヴィクトールを見た。


「········は、い、」

「追い出すというつもりではない。だが、君はもう成人したのだろう?成人した獣人族には番がいると聞いている。違うか?」

「·········は、い。つがい、はいます。おもに雄の、えぇと、、男の方がわかるのだ、と。」



「ん、その認識に相違はない。それで、貴女ももう婚期だろう?だが、もし番がいるとしたらドラファルトで番を探すのが良いのではと思ったのだ。
番(あれ)は厄介だ。あまり関与したくはない、」

“前例があるからな”
とヴィクトールは机にあった紅茶を取って、啜った。



『前例』とは、このルドアニア皇国の誕生記と共によく話される内容だろう。

実は、初代皇帝と結ばれた四人目の妃、女神『サーシャ』には番がおり、それが獣人の国の王であったという伝説のような話だ。
嘘か本当か、真相はもう分からないが、番を失ったその竜王は邪竜へと堕ちていったという有名な話である。


セドリックはそんな逸話は信じていない。
邪龍だろうと、女神だろうと関係はない。彼にとって大切なものは現皇帝陛下ただ一人だからだ。
彼は下を向いて黙っているセシルの背中を摩った。


「セシル、この国の遥か昔の伝説のような話です。女神『サーシャ』を番と認識した竜王がいたそうなのですが、女神は番が分からずに初代皇帝と結ばれたのですよ。その際少々揉めたようなので、それからはこの国でも獣人族の番の重要性はよく言い伝えられていましてね、」


「·········な、なるほどです·········でも。セシルは、あそこには帰りたく、ありません········」


「そうか。では、皇帝として貴女をこの国に歓迎しよう。だが、一応この私にも責任はある。セシル嬢、君が良ければ、ジョシュアと結婚しないか?」


「·········へっ?」
「は?」


セシルとセドリックは目を見開いて目の前に座るジョシュアを見た。彼も聞いていなかったのだろう、唖然として固まっている。



「へ、へいか?俺、結婚っすか、、?」

「ああ、お前ももういい歳だろう。決まった相手はいないと聞いているが、確かか?」

「いや、確かに決まった相手はいませんけど。·········いや、まじか、」



セドリックの脳は完全に停止していた。
脳内で繰り返されているのは、”セシルがジョシュアと結婚する”という言葉のみである。



「セシル嬢も好意を寄せている異性がいるなら断ってくれて構わない。ただ、この国の貴族は結婚の際に色々と決まりがあってな。獣人族の貴女には到底受け入れられる事ではないだろう。だから、平民出身のジョシュアであれば良いかと思ったのだ。」

「確かに、俺の奥さんなら『慣らし五夜』とかいらないっすもんね、」


「あぁ。平民では『慣らし五夜』は血筋を気にする商家等以外はやらなくても良いようだしな。それに、お前にはゆくゆくは”男爵位”を授けようと思う。だが、一代目の当主だ。あの儀式に関してはそこまで世間体を気にする必要ないだろう、」


「な、、男爵、、?えぇと、自分は別にいいっすけど。まあ、でも········時間は欲しいっす」


ジョシュアはセシルを盗み見た。
あまりの衝撃にセシルもセドリックも微動だにしない。セシルとセドリックは想いあっている同士なのではなかったか。とジョシュアは思った。

『上層部では周知の事実だった気がするんだけどな。陛下は、知らないのか、、?』


「あぁ。俺は政略結婚を推進しているわけではない。あとはお前たちでお互いの相性を見ると良い、」


そういうとヴィクトールはセドリックを見た。


「セドリック。セシル嬢とジョシュアの時間を取れるように調整してくれ。お前が管理しているのだろう?────────、セドリック?」


「────っ。はい。お心の·······ままに」


セドリックの反応に少し首を傾げたヴィクトールは席を立った。


「では、この件はまた今後。そうだ、セドリック。お前も婚約者候補ができたと言ったな?それも同時に進めよう、」


セドリックの婚約者候補と聞いて、セシルは身体を震わせる。扉が閉まり、取り残されたジョシュアは二人に漂う不穏な雰囲気と沈黙に耐えきれずに席を立った。


「、っじゃあ、俺は騎士団があるから·······」

「っていけよ」

「─────え?「セシルを研究室まで送っていけと言っているのです」」


ジョシュアは言葉を発したセドリックを見た。
彼は肘を机に置いて両手でこめかみを抑え俯いたまま顔はあげない。



「っ、、じゃあ、セシル嬢。俺が研究室まで送るから。行こう?」

「·········は、はいっ·········。おねがい、します、っ」


セシルは退出する前に一瞬セドリックに視線を送り、諦めたようにジョシュアの後を追っていった。




一人応接間に残されたセドリックは机をおもいきり叩く。



「───────っ。何故だ。お前は、、、お前もっ、私から離れるのですか───────」




彼の心はどうしようもなく苦しい感情に支配され、息ができないほどに悲鳴をあげていた。
そしてその心の答えと対処法は国一番の頭脳を持つ優秀なセドリックでも分からなかった。

いや、純粋に分かりたくなかっただけかもしれない。
自分の大切にしてきた物を取られたくないなど。





※この作品は『不本意すぎるこの世界で―』 https://novel18.syosetu.com/n2302hx/
と同世界に生きる宰相セドリックの物語です。こちらででてくる人物は皆同じ世界の人たちになります。二人の挿絵はそちら0話に載せてあります。
アルファポリスでは”最強の皇帝陛下に重愛に囚われた、私の世界攻略”という題名で公開中です。
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