【R18】白猫セシルは堕天使な宰相に囚われる

猫まんじゅう

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3 二人の関係に名前はない

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白猫セシルは獣人の暮らす、竜王の統べる国、
“ドラファルト”に在る小さな里で生まれた。


この世界の獣人族は獣に近い見た目で生まれる。
それはセシルも例外ではなく、真っ白な白猫として生を受けた。

成人する十六歳にもなれば普通の人間の見た目になれるのだが、獣人族は皆基本的には耳と尻尾のみがついている形態を取る。

耳や尻尾があったほうが俊敏に動けるから。と言われているがそれが本当かは分からない。



セシルの生まれた里には猫獣人の中でも白猫族のみが暮らしていた。猫という種族上、どうしても同じ種族間でも争いが絶えないためだ。

中でもセシルの家系には特殊な家系能力があった。
魔力回路が見えるという『魔眼』を持つことである。そして、魔力量を豊かに持って生まれたセシルは翠と蒼のオッドアイの美しい『魔眼』持っていたのだ。



元々の体力では普通の人間よりは圧倒的に有利な獣人達はこの世界で魔法の知識に秀でている方ではない。だからセシルの家系能力の『魔眼』の価値はあまり知られていなかった。

だが、その美しいオッドアイの瞳の白猫の噂は瞬く間に広まった。そのため、他の猫族が白猫族を惨殺しようと計画を立てるのに時間はかからなかったのである。




────────ある日の夜、
血気盛んで戦闘には強い自信を持っている黒猫族によってセシルの一族は皆殺しにされた。
最後の足搔きでセシルの母はまだ猫形態であった小さなセシルを我が身を犠牲に、裏口から逃がした。


「貴女は生き延びて、人一倍幸せになりなさい」


そう微笑んだ母の最期の顔は今でも忘れない。


間一髪の所で難を逃れた白猫セシルは、昔冒険者をしていた父から聞いていたリドゥレラ中立国を目指した。平和な誰も殺されない安全な場所を目的地に決め、一人で必死に逃げたのだ。



勿論、子猫であったセシルが簡単に逃げられるはずもなかった。中立国を目指す道中で迷い、山奥まで追いかけてきた黒猫族数人と奴隷商人に捕まった。

だが、そんな状況でもやはり黒猫族の者達はセシルの能力については知らない様子だった。

ただ、美しいその少女が邪魔だっただけ。
獣人族の竜王の宮に捧げる妃は種族ごとに一人と決まっている。その席を白猫族に取られたくなかった、ただそれだけで彼女の一族を惨殺したのだ。

そして、奴隷商人にセシルを売り払い、巨額の金銭を受け取る事で同意していた。




そんな悪徳な人身売買の裏取引が行われていた最中に現れたのが熊獣人ノアだった。


「俺の森で汚ねえ取引するたあ、いい度胸じゃねえか」


この森で木を切って、それを売る商人としてこの山奥で生活しているらしい彼は、その巨体と同じくらい大きな斧を振り回す。

そう、ここは彼の縄張りだ。地の利では彼に叶うものはいないだろう。彼はセシルの首根っこを持つと走って川まで駆けた。

猫族は水が苦手である。黒猫族たちはかなりの勢いで流れる大きな川を見て散ってゆく。

奴隷商人から大金を貰った事に満足した様子の黒猫族たちを一瞥し、ノアは自嘲気味に笑った。
『セシルが邪魔ならば、彼女をまず殺さなければ意味が無いのに。詰めの甘い馬鹿な奴等だ。』と。
そして目の前で立ち竦む奴隷商人を見遣ると雄たけびをあげる。


━━━━━━━━グアァァァ


という腹の底からの響き渡る声を轟かせながら、身体はみるみるうちに熊の形態へ変化していく。


これを見て、恐怖に逃げ出さない人間はいるのだろうか?否である。本能的に藁をもすがる思いで逃げていく人間たちを見送ってから、ノアはセシルを安全な場所まで連れてきた。



「大丈夫か?」

「··········ごめん、なしゃい、」



それがノアとセシルの最初の会話。
そして護衛のような形でノアに同行してもらい目的地であったリドゥレラ中立国までやって来て、そこで出会った若かりし頃の冒険者の彼に保護された。
セシルはその人の名前を呼ぶ。



「せど、りっく、さま·······」



遠い遠い、昔の夢だ·········あの時、優しく微笑んだ彼に差し出された手を取って─────────、



目を開けると、もうよく見知った銀髪に紫の瞳の彼が自分を見下ろしていた。
あの時とは見た目も性格も全く違うが、同じ人。



「せどりっく、さま、·········」

「セシル、また魘されていたと聞きましたよ。なぜ呼ばなかったのですか?」

「せどりっくさまの、お手をわずらわせるわけには・・・」


セドリックの氷のように冷たい手が額に当てられてセシルはびくりと体を揺らした。


「大丈夫。今日は意地悪はしませんよ、」


セシルがセドリックに連れられルドアニア皇国に来たのは丁度十歳になった頃だった。
そこで、セドリックがラズベル侯爵家の嫡男という偉い身分の人であった事を知る。

本当であれば、彼と一緒にいて良い身分ではないのだ。それは分かってはいたのだけれど。
彼は彼女を手放さなかった。
猫形態のままのセシルを彼は最初、部屋で匿い、そしてその三年後に彼女の宮を建てたのだ。



「······っ、せどりっく、さま、お辛いですか?」

「私を心配しているのですか?ははっ、貴女に心配されるようでは私もまだまだですね。」


セシルは知っている。
彼が、本当は皆が言うような冷酷な堕天使なんかではないと。

だが、セドリックがこのセシルの宮を建てた時に全ては変わっていた。彼の両親は既に居らず、執事のジェイドだけが残り、邸はただの建物と化していたのだ。



「せどりっくさまの、きれいな魔力がゆれて、る」

「そうですか、では乱れを直してください?」



セシルはセドリックの中に流れる魔力の流れを見ながら彼の額に自分の額を合わせる。
本邸にいたときのセドリックは機械のようで少し怖かったが、この宮ができた後は少しは穏やかな時が増えた。少なくとも自分と共に過ごしている時はあまり魔力は乱れない。


「セシル、口づけを。”調教”の成果、きちんとだせるでしょうか、」

「········は······い、」


セシルはセドリックの銀色の短い髪を掻き分けるようにして彼の顔を両手で固定すると、その唇に自分のものを重ねた。


宮が作られて直ぐに、セシルは安定して人の形態をとれるようになった。その時からセドリックは彼女に口づけをするようになる。
でも、口づけ以上はせず、彼女の嫌がることはしなかった。


だがつい先日、自分の失態で彼を怒らせてしまったのだ。確かに、あの時、彼の銀色の魔力は怒りに乱れていた。

そして『しおき』として行われた、口づけよりの先の、肌の触れ合い····とそこまで思い出してセシルは恥ずかしさに顔を赤らめ、俯く。


少し強引で、無理やりに近かった行為それだが、彼にされるのは何故か嫌ではなかった。


セドリックのいつも言う『調教』や『しおき』という名のそれらは、痛いことは一切なく優しく甘く蕩けるようなものなのだ。

でもセシルにはそれが何かは分からなかった。
きっとセドリックにも本当の意味でのそれが何かは分からなかったのだろう。

二人はあまりにも不器用で人を信じることなどできず、ただお互いの寂しさを隠すように寄り添っていただけだったのだから。


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