逃げられない檻のなかで

舞尾

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その後

翌八月4

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 料理を食べ終わった俺たちはホテルを後にし、そして本来の目的である――俺の実家へ、向かうことにした。

「遥、ちょっとよっていいか?」
「え、あ、うん」

 声を掛けられ、足を止める。正人が寄りたいと言った場所は区役所だった。
 一体何の用事だろう?
 理由を聞く暇もなく、正人はスタスタと区役所へ入っていった。仕方がないので、外で待つ。
 数分後、正人は区役所から出てきた。

「一体何の用だったんだ?」
「いや、まあ、ちょっと」

 正人が俺に対して言葉を濁すのは珍しいことだったが、深く聞かないでおくことにした。
 せっかく政子さんとのわだかまりもなくなって心地良い気分になっている正人に、余計な詮索をして気が沈むようなことをしたくなかったから。
 俺達はたわいもない話をしながら、電車に乗るために駅へ向かった。


 電車が大きな音を立てて、止まる。ドアが開き、俺達は古びた駅に降り立った。各駅列車でしか止まらないこの駅は、利用する人もあまりおらず駅員もいない無人駅だ。
 けれど、俺には見慣れた駅。高校の時ずっと利用していた駅だ。
 ――懐かしい。十年前ぐらい前のことのはずなのに、なぜかものすごく懐かしさを感じた。

「改札はこっちだ」

 キョロキョロしている正人に声をかけ、先に進む。
 駅から出ると、駅前商店街があった。ここに住んでいた頃から廃れかけていた商店街は、今はほぼシャッター街になっている。その様子を見て、少しへこんだ。
 人もまばら、廃れた町。ここが、俺が育った場所だった。

「……なんというか、その……活気がないな」
「まあ、ここもお年寄りばかりだからなあ。商店街も継ぐ人がいなくて、閉まってるし」

 俺達が住んでいる村もお年寄りばかりだが、こことは違い活気がある。外に出るのが大好きなじいちゃんばあちゃんはよく外で井戸端会議をしたり、カラオケ大会を開いたりしている。
 それに比べ、ここは隣人同士の繋がりがあまりないのだろう。立ち話している人はほぼおらず、すれ違う人々は他の人など気にせず家路についていた。
 そんな故郷の様子を見て、やはり悲しくなる。その思いを頭から追いやるように、足を踏み出した。

「さあ、俺の実家に行こう」
「ああ」

 商店街の中を通りながら、実家に向かう。ここの商店街を通った方が早いからだ。
 ここに駄菓子屋があったんだとか、ここの肉屋さんにいつもコロッケ奢ってもらったとか、商店街を紹介しながら歩く。昔のことを話すのが楽しくて、たくさん正人に話してしまった。正人はたまに相づちを打ったり、聞き返したりしてくれる。それがとても嬉しかった。

 商店街を抜け、住宅街に入りしばらくすると、俺の実家が見えてきた。少し蔦がからまりつつある、古びた平屋の一戸建て。

「ここか」
「ああ。悪いな、古くて」
「いや、生活感があって良いと思う」

 生活感か、ものは言いようだな……俺はオンボロの家としか思えないけど。正人の気遣いに苦笑した。
 鍵を開け、横開きの戸を開く。前回訪れたのは退職手続きの為にこちらへ戻った時だ。それ以来ここには来ていない。だからほぼ一年間、この家は使われていなかったことになる。
 玄関から中に入ると、目の前は埃だらけだった。それに変な臭いもする。人が住まなくなると家は劣化するとはよく言ったもんで、約一年間で確実に老朽化は進んでいた。

「これは……ちょっとヤバいな」
「掃除しようか。遥、道具はあるか?」

 この状況を見かねた正人が提案をしてくれ、二人で家を掃除することにした。
 窓を全開にし、掃除道具を取り出す。

「ガスだけ止めてて、電気と水道は止めていないんだ。だからブレーカーを入れると電気つくと思う。」
「分かった」

 正人がブレーカーを入れると、家の中がパッと明るくなる。良かった、ちゃんとつくみたいだ。
 水道と電気の基本料金を考えると、誰も住まないのに止めないのはもったいないとも思った。けれど、それまで止めてしまうとこの家が完全に死んでしまうような気がして出来なかった。
 蛇口を捻ると水もちゃんと出てきて安心する。まだ家としての機能は保っているようだ。

「さて、じゃあ掃除するか!」

 バケツに水を入れ、雑巾やほうきを使い、俺達は一斉に掃除を始めた。


 リビング、洗面台、台所……それぞれ掃除していくたびに、ここに住んでいた時のことを思い出し目を細める。
 ばあちゃんも、ここで料理していたな。そのレシピを俺が習って、作るようになって……いつの日かの光景が目に浮かぶ。
 あまり眺めると感傷に浸りそうだったら、慌てて思考を切り替えて、もくもくと掃除を再開した。

「そういえば、正人どこに行ったんだ?」

 確か玄関辺りを掃除していたはずだったが……玄関に行っても姿が見えない。
 ――まさか!
 焦りながら玄関近くの部屋の開けると、思った通り正人はその部屋――俺の部屋にいた。社会人になると同時に一人暮らしを始めたので、大学の時まで使っていた。
 どうやら部屋を詮索しらしい。正人が手に持っているものを見て俺は絶句した。

「お前っ何やってんだ!」
「遥、こんなのが好みだったんだな」

 正人は俺が隠していたエロ本やエロDVDを持っていた。恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
 そんな初めて家に来た彼女みたいなことをしないでほしいんだけどな!!

「どこでそれ見つけた!?返せよ!」
「禁断の教師と生徒、禁断のナースと患者……へぇーふーん……あ、警察官モノもあるじゃないか」
「やめろおおおお!!」

 もう顔から火が出そうだった。
 そうだよ、一時期職業系にハマっていたんだよ。眠っていた記憶が最低の形で露になってしまった。

「そうか、コスプレが好きなのか……俺が制服着ていた時の方が反応いいしな」
「んなわけないだろ!はい、これで終わり!」

 無理矢理奪い取りエロ本達をベッドの下に滑り込ませた。一番奥の壁に当たった音がする。これでもう容易にはとれないだろう。
 本当にこれどこで見つけたんだ!?俺も忘れていたものばっかだぞ!

「ここはいいから!もうでてけ!!」
「遥待ってくれ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

 散々いじり倒して何聞くんだよと思ったが、クローゼットの中を指差されて止まる。
 そこには緑のブレザーと黄土色のズボン――俺の高校の制服が入っていた。

「あれはどこの学校の制服だ?」
「……柳第一高校。ここから一番近い高校だよ。ここから二、三駅先にある。」

 知らないな、と正人は首をかしげていた。それもそうだ。あんまり偏差値が高くないのだから。だから大学は良いところにと相当頑張ったんだ。

「正人は?」
「明瞭高校だ」
「うぇっあの最難関の!?だっ大学は!?」
「帝東大」
「……すごいなお前」

 帝東大学って言ったら国内最高峰だぞ。キャリアになれなかった、じゃなくて、ならなかったと言ってた時点で、多分頭がいいのかなとは思っていたけど……予想の上を行っていた。
 そんな知能持っているなら俺のエロ本もって茶化さないでほしい。

「遥は?」
「文政大。お前と比べると全然だ。……ってか、何で今こんなこと初めて知ってんだよ」

 友達なら普通に知っているようなこと、体まで合わせているのに知らないだなんて。おかしくて笑えてきた。

「俺、正嗣に言われたこと、めっちゃショックだったんだからな」
「言われたこと?」
「正人について何も知らないということ」

 軽口で返したやったが、それでもやっぱり傷ついている。恋人なのに従兄弟の方が正人のことよく知っているだなんて、情けなさすぎる。

「……それは悪かった。遥には全て教えるよ。どこから話す?」
「んーどんな学生時代だったとか。あ、でも掃除しながらな」

 それぞれ放置していた掃除道具を持って、再び掃除を始める。
 俺は玄関に繋がる廊下、正人は玄関を掃除始めた。

「学生時代か……そんなにいいものじゃなかったな。行く学校も部活も決められていたし」
「えっ!?そんなことも決められてたの!?」
「ああ。キャリアになるために、父から全てを決められていた」
「政子さん何も言わなかったのかよ?」
「母さんのいないところで言われていたからな。前にも言っただろ、俺はほとんど一人だったって」
「お前……よくグレなかったな……」
「いや、グレてるよ。キャリアにはならなかったしな」
「ノンキャリアの警察官になることは、全くグレてなくない?」

 むしろグレていた少年が改心してなるような職業じゃないか?
 廊下の埃を掃きながら思う。

「俺の周りにはそう言ってくれる人がいなかったから。なろうと思えばなれるのに、なんでならないんだと責められていたし」
「正人……」
「学生時代はあまり好きじゃない。だから遥に言わなかったんだ」
「そうだったのか……なんか悪いな、聞いてしまって」
「遥が謝ることじゃないだろ。それに全て話すって言ったしな」

 あまり良い思い出がないのに、話してくれたことをとても嬉しく思う。
 塵取りでゴミを集めて、ゴミ袋の中に入れていると、正人から聞き返された。

「遥は?どんな学生時代だったんだ?」
「うーん取り立てて何も……楽しかったイメージはあるけど部活には入らなかったし」
「どうして?」
「バイトと家事かな。じいちゃんばあちゃんの年金に頼るわけにもいかなくて」
「……遥は偉いな」
「その、唐突に誉めるのやめてくれないか」

 こっちがどういう返事したらいいか困ってしまう。
 ふわふわした気持ちを誤魔化すように拭き掃除を始めた。

「そうだ、正人は何の部活に入っていたんだよ?」
「剣道だ。一応、柔道も習わされたが剣道の方が続いた」
「うわーめっちゃ正人っぽい」
「部活は少しだけ楽しかったかな。全国まで行ったし」
「全国!?いつ!?」
「高校だ」

 レ、レベルが違う……!
 俺が楽しくわいわいやってた時に、ストイックに練習していたのか。なんだか申し訳なくなる。

「なんかごめん」
「なんで遥が謝る必要がある?」
「いや俺高校めっちゃ遊んでたし……」
「どこで遊んだんだ?」
「それはーー」

 それから沢山、正人が今まで歩んだ人生を聞いた。
 俺とはまた違う、大変な人生だ。そんな中で、側にいる人物を俺に決めてくれて……嬉しかった。


「ありがとう正人!だいぶ綺麗になったよ」
「綺麗になってよかったな」

 日もだいぶ傾いてきたころ、掃除は終わった。埃もなくなり、異臭もしなくなった。
 きれいになった家を見て満足する。古いけれど、ちゃんと住める家に戻ってよかった。

「正人、ちょっと来てくれ。」

 本来訪れて一番最初にするべきことだと思うが、家の汚さに掃除を優先させてしまった。今回の旅行はこれが目的だったのに。掃除が終わったのならば、本来の目的を果たさないといけない。
 正人を仏間に呼んで――仏壇に開いた。

「ちゃんと挨拶しないとな」
「……遥」
「ああ、両親と祖父母だ」

 そこには、両親の写真と祖父母の写真、そして全員の位牌があった。
 仏具の鐘を鳴らし、手を合わせて祈る。
 一分ぐらいそうしていたあと、顔をあげて写真を見た。

「右側が遥の両親か?」
「うん。少ししか覚えてないけれど……」
「遥はお母さん似なんだな」

 写真には、三歳位の俺を挟んで、幸せそうに写る夫婦がいた。確かに顔はお母さん似で、髪色はお父さん似だ。

「で、こっちがじいちゃんばあちゃん」
「とても嬉しそうなだな」
「ああ、これは俺の入行式の写真だな。二人ともすごく喜んでくれた」

 懐かしい。この日は盛大に祝ってくれたっけ。
 ばあちゃんが豪華な食事を用意してくれて、じいちゃんから会社勤めの極意を教わった。

「俺が働き始めて安心したのか、じいちゃんは入行して一年後に脳梗塞で亡くなった。そこからだんだん、ばあちゃんが全てのことを忘れだして……亡くなる前には俺のことなんて完全に忘れてた」
「……そうだったのか」
「ばあちゃんの症状が重くなりだしたあたりから、付き合っていた彼女と疎遠になっていったな……ばあちゃんの介護をしないといけなくて、彼女とデートなんて全くしていなかった」
「遥……」
「ばあちゃんが亡くなって寂しくて、でも彼女とは疎遠になっているから甘えられなくて、仕事に没頭した。やっと寂しさに慣れて、俺の人生これからだって思ったら上司に身代わりになって左遷されてさあ……あのときはショックより怒りが来ていたな。何がなんでも戻ってやるって」

 あの時の自分を思い出して苦笑する。ド田舎に飛ばされて、めちゃくちゃ荒れていたなあ。

「……都会に戻らなかったこと、後悔してないか?」
「政子さんにも言っただろ?正人がいないと困るって。正人がいなくなったら、今度はきっと寂しさで潰れてしまう」

 後ろからぎゅっと抱きしめられる。その温度がとても心地よくて、寄りかかった。

「……遥、前言っていただろう?父親の詳細が分からないって」
「……ああ、そうだけど」
「親族に失踪している人や行方不明の人がいないか、正嗣に調べてもらった。名字が一緒だから、まさかの可能性もあるかもしれないって」
「本当か!?」

 勢いよく後ろを振り向く。体ごと正人の正面を向いたから抱きしめてくれた腕を振りほどいてしまった。
 ごめん、まだ血縁がいるかもしれないという可能性に興奮しているんだ。それが正人の親族だと、とても嬉しい。

「……悪い、いなかったんだ。そういう人は……」
「そう、か……」

 そんな奇跡があるわけがないか……でも、期待してそれが外れた時はやっぱり悲しい。
 俯いて、正人の続きの言葉を聞く。

「でもな、やっぱり血よりも何よりも俺は遥が大事だ。俺を孤独から救って、母さんとの仲も取り持ってくれた……遥が大事で愛おしい」
「正人……」
「それでも、血縁がいないことが気になるのならば俺が遥の居場所になろう」

 そうして渡されるものは、綺麗に四つに折られたの紙。広げると、パートナーシップ宣誓書と書かれていた。

「これ……」
「そっちでは法的な効力がないから、必要となればこっちも。こっちは警察に勤めているうちは難しいだろうから……少し待ってもらうことになるけれど」

 再び渡された紙には、養子縁組届と書かれていた。これは本当に俺の家族になってくれるということの証。
 駄目だ、涙が溢れてくる。
 もう一人だと嘆かなくていいのだ。

「俺で、いいのか」
「遥以外嫌だ」
「子供は産めないぞ」
「家族に憧れていたけれど子供がほしい訳じゃない。それより愛する人と一緒にいたい」

 嬉しくて、嬉しくて涙が止まらない。
 その涙を正人は拭ってくれた。

「じゃあ、一つだけ、条件がある」
「何だ?」
「俺より先に死ぬな。もう見送るのは嫌なんだ……俺を看取って」
「ああ、最後のその時まで一緒にいよう」

 正人がいるかぎり、俺はもう一人にならない。
 お父さん、お母さん、じいちゃん、ばあちゃん。俺今とても幸せだよ。

 目を閉じ、降りてくる唇を待った――



 澄んだ綺麗な青空、小川のせせらぎ。
 そして見渡す限りの山、山、山。
 この小さな村が俺の住む場所だ。

 俺はもうここから逃げられない。逃げることができない。

「正人、いってきます!」
「いってらっしゃい、遥」

 この幸せな檻の中で一生過ごすのだろう。
 この、逃げられない檻のなかで。


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感想 3

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みんなの感想(3件)

たこ焼き大根

完結お疲れ様です…!!!最初から最後まで楽しんで読ませていただきました…!!
彼らの未来が幸福に溢れんことを✨

ウハーーーーッほんとにこのお話に出会えて良かった……

解除
ルーシエ
2020.05.30 ルーシエ

完結おめでとうございます🎊

ハッピーエンドで良かったです😄
末長くお幸せに😊

解除
たこ焼き大根

めっっっっっっっっっっちゃ好きです。バリ好きです。大好物です。
漫画の方も読ませていただきました。徹底したヤンデレっぷり、大好きです。
遥が正人の服を着たときの描写や、遥の心情もしっかりと書かれていて、楽しくドッキドキしながら読めました。もう撃ち抜かれる心が無いほどに遥と正人がてぇてぇです

解除

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