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その後
翌五月3
しおりを挟む時は過ぎ去り、正人が研修に出て今日で約二週間。
俺も一人の生活に慣れ――ていない。飯は気が付くと二人分用意してしまってるし、一人で寝るダブルベッドはとても冷たい。
日に日に潜めていた気持ちが少しずつ大きくなっていく。それを無理矢理押し込んで、俺は今日も仕事へ向かった。
午前中は会社で事務処理をし、午後はお客さんとのアポ。それも終わると俺は駐在所へ向かった。
最近、仕事があらかた終わったらよく駐在所へ向かうようになっていた。もちろん、畑中さんに保険を勧めるという大義名分もある。畑中さんは他社の保険に入っているが、こちらに乗り換えないかと絶賛勧誘中だ。
なんだか正人にやっていた事と似ていて、思い出し笑いをしてしまう。そんなこと考えていたら、いつの間にか駐在所に着いていた。
「こんにちはー」
「あっ遥さん!朝ぶりです!」
入り口にいる俺に気づいた畑中さんは、ニコニコと笑って出迎えてくれた。やはりその姿は大きな犬を思わせる。
「丁度良かった。遥さんに聞きたいことがありまして」
「俺に?」
「失礼ですが、遥さんは高取と血が繋がっているわけではないのですか?」
「はい、たまたま名字が同じなだけです」
そう告げると畑中さんは難しい顔をしてしまった。別に同じ名字なだけだが、これに何か問題でもあるのだろうか?
そのことを追及しようとしたら、ヒソヒソと話し声が聞こえてきた。男子二人と女子一人の声。この声は近所の中学生、通称悪ガキ三人組の声だ。どうやら駐在所の玄関先で作戦会議をしているらしい。
「健治、今日も行くの?」
「うるせえ優太!今日こそは勝つ!このまま負けっぱなしじゃいられねぇ!なあ撫子!」
「ああ!私の作戦通りにすれば間違いない!今日こそは勝ってくれよ!健治!」
「お前ら何やってるんだ?」
話している内容が気になって、俺は三人組に話しかけてみた。三人とも何故ばれたという顔をしている。
いや、めちゃくちゃ聞こえていたから。お前ら。
「なんでこの時間に遥さんがいるんだよ!」
「うーんと、それは……仕事だ」
快活そうな健治が、俺を指差して言う。八割はサボりに来ているのだけれど、いたいけな少年少女達に面と向かって言うことは出来なかった。アポイントは取っていないけれど営業で来ているし、仕事といっても差し支えないだろう。
「お前達こそこんな時間にどうしたんだ?昼の三時ぐらいってまだ学校じゃないのか?」
「中間テストで午前中までだ!だから勝負しに来た!!」
誰と――と言おうとしたら、後ろからぬっと畑中さんが現れた。畑中さんも俺より大きいから、いきなり現れると驚く。
「お前達また来たのか?」
「勝負だ!清兄!」
「そうだ!今日こそ清兄に勝つぞ!」
「お久しぶりです。清兄さん」
すると悪ガキ三人組がそれぞれ畑中さんに話しかけた。どうやら顔見知りの仲らしい。
「この悪ガキ達と顔見知りなんですか?」
「ええ。祖母の家に帰るたび、この子達と遊んでいたので。健治が俺を倒そうと躍起になってるんですよ」
「勝負しろや!」
そうこうしているうちに、悪ガキ三人組リーダーの健治VS畑中さんの戦いが始まってしまった。
戦いの種目は相撲のようで、お互い取っ組み合っている。やはり畑中さんが優勢だが、健治も中々負けていない。小さい頃から見ていた少年の成長に、畑中さんは嬉しそうに微笑んでいた。健治は必死に踏ん張り、撫子と優太は健治にヤジを飛ばしている。そのヤジから、約百戦目だと言うことを知った。
その『四人のいつもの光景』を見て、息が詰まる。
この村で、一番新参者は俺。俺が知らない関係があっても、なんら不思議なことじゃない。でも、それを目の当たりにすると、少しだけ心が苦しくなる。
それを必死で押し込み、その場を静かに去った。
四人は取っ組み合いに必死で、俺が消えた事に気づいていない。それで良かったと思う反面、消えた事に気付いてほしいと思う気持ちもある。
「めんどくさいな……俺。仲間外れにされたわけじゃないだろ……」
しかし、心はどんどんと沈んでいく。
正人がいないこの村に、少しずつ自分の居場所がなくなっているような気がした。
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